第9話 記憶の整理と違和感

 アルムガルドは指パチン一つで、廊下に長椅子とテーブルを何もないところから出した。膝掛けまで用意してある。


「すぐに戻る!」

「一秒でも遅れたら、贈り物をその場で破壊しますからね〜」

「なんたる鬼畜! 悪魔!」


 叫びながらアルムガルドは奥に部屋へと消えた。さてと、私はアイテム・ストレージから、砂時計を取り出してテーブルの上に置く。


 中庭に近い場所だったので、美しい薔薇が咲き誇る庭を見ながら、長椅子に腰掛けた。

 柱一つ一つが芸術的なまでに美しい。

 ふう、……ゲームのキャラと実物が全く違って焦ったわ。なに、あのイケメンボイスで、気さくかつ芸術ラブな感じは! 

 魔王としての貫禄はゼロだけれど、ノリはいいし私と趣味が近いから話すのは楽しそうだわ。親友ポジションは、なかなか魅力的だもの!


 せっかくだから、少し記憶の整理をしてしまおうかしら。

 私が記憶を失っていた期間は二年。それまで様々なキャラの死亡フラグを一つ一つ潰し回っていた。

 できるだけ悲劇が生まれないように、よくウィルフリードを巻き込んでいたっけ。


 乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》は魅力的なキャラが多いのだが、あっという間に死ぬ。回想エピソードもあるが、そのキャラが序盤で亡くなったことで後々事件が勃発、問題が発生することが山のようにあるのだ。


 魔王アルムガルドはアメリアにとって鬼門だったけれど、吸血鬼女王として覚醒した今、魔王と相対しても特に問題ないのがわかってよかったわ。

 さて次は死神エーレン・ルドヴィクスとの交渉……。以前から商会を通して顔合わせをしていたけれど、ここ二年は記憶を失っていたから疎遠になっていたのよね。今回は先手必勝で贈った物が無事に受け取っていれば、良いのだけれど。


「ねぇさま。復讐のために魔王様や死神様、冥王様……そして邪神様にまで会うのですか?」

「そうよ、ルイス」


 私の肩の上に引っ付いていた蝙蝠ルイスが擦り寄ってくる。愛くるしくてしょうがない弟に、唇が綻んだ。

 お饅頭のような蝙蝠姿だが、本来は今年十歳になる超絶美少年である。

 そして私から離れるのを極度に嫌う重度のシスコン。ローザはマイペースさんなので髪に引っ付いたまま眠っている。それもまた可愛い。


「復讐の先のことも考えると、早めに会って協力を得たほうがいいと思ったのよ」

「ねぇさまの美貌に、惚れたりしたら嫌です」

「まあ! なんて可愛いことをいうのかしら」

「むにゃ。ルイスはお馬鹿ね。おねーさまの美しさと叡智を持ってすれば、惹かれないなんてことはないわ! おねーさまはみんなから愛されているんだもの!」

「ローザ……。でも私、ウィルフリード婚約者に裏切られているのよ。逆ハーなんてないわ」


 ローザの言葉は嬉しいけれど、婚約者に裏切られたので心が瀕死状態なのだ。もう恋とか愛とか情とかぽぽいって捨てたい気分。


 ウィルフリードのことなんて忘れてしまいたいのに、記憶を取り戻したことで、ウィルフリードとの楽しかった日々が脳裏にチラつく。さっさと忘れてしまえば──。


「え、ウィルフリード様は、私たちが殺されないように助けてくれたよ」

「……は?」

「悔しいですが、その通りです。……あと、ねぇさまの雰囲気が変わってから、何度か様子を見に尋ねてきていました……僕たちが追い返したけれど」


 ウィルフリードがなぜ? というかルイスが追い返していたの!? 

 なんだか想像したら微笑ましいわ。遠目でも良いから見たかった!


 私を殺した時は微塵も躊躇ってなかったけれど……、幼子には多少なりとも罪悪感があった? ゲームでも慈悲深くて、忠義者だったものね。


 ウィルフリード・ホーエンローエ。王国の第三騎士団団長。

 前世の私はウィルフリードが大好きで、いわゆる推しキャラだった。……それなのに? ファン失格じゃ!?

 外見がドストレートで、無愛想だけれど、女性に免疫のないツンデレ脳筋キャラ。朴念仁で、色恋に疎い。


 攻略キャラじゃないけど人気上位だったのは、騎士団としてヒロインを助けるシーンは勿論、攻略キャラとの間を取り持つ立ち位置だった。

 主君である第一王子ランベルトに忠誠を誓いながらも守れなかった過去と、第二王子の命は守るが負傷させてしまったと、暗い過去を持つ。


 それでも折れない天使族としての矜持と、言動に好感度が爆上がりするのだ。「なんで攻略キャラじゃないの!?」と人気投票でよくコメントが出てきていたのが懐かしい。


 だから転生した時に、ウィルフリードと幼馴染みの立場を獲得できて嬉しかったのを覚えている。彼が成長して、騎士の中の騎士になる姿を見ていくのは楽しかった。婚約者になった時も、推しを傍で支えようって浮かれていたわ。


 第一王子に忠誠を誓うシーンはなかったのがちょっぴり悲しかったな。私の知らないところで忠誠を誓ったかもしれないけれど見たかった!


『俺は────になるよう、──の剣であり続けさせてほしい』


 あれ? 

 忠誠を誓うシーンを見たような?

 ウィルフリードと一緒に無茶なことをしたこともあったけれど、思い出す記憶は胸が温かくなる物ばかりだ。悔しいけれど。


 ウィルフリードには、ウィルフリードの事情があった? 実は行方不明だった第一王子が人質に取られて、私を殺すように宰相たちが命令した?

 でも殺せなくて苦悩の末、最初から崖に落とした風に見せた?

 忠義もののウィルフリードなら、やりそう。ルイスやローザを殺さなかったのも?

 主人を守るため──本来なら萌える展開だが、自分に実害があると手放しで喜べない私は我儘かしら?


 んんんんーーーー。ウィルフリードに関しての復讐は保留!


 そういえば私が記憶を失っていた二年間は、従兄が勇者として名を馳せた頃だ。ゲーム設定では勇者の記述や伝承はあるが、勇者となる人物は出てこない。

 偶々従兄が『王城の聖樹に刺さっている剣をうっかり抜いちゃったんだよね~』とかの経緯で勇者となったと聞かされたが、今考えれば可笑しい。

 聖剣があった場所って、確か離宮の森の……。


 何か思い出しそうだったのだが、空間転移によって空気が撓んだ。

 コツコツ、と途端に靴音がする。

 次にラベンダーと香独特の香りが鼻腔をくすぐる、この香りは──。

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