第2幕
第7話 魔王との交渉
『勇者は魔王を倒し、彼も力尽きて倒れた』という知らせは大国ラディルを駆け巡り、南のシルクサティ国、西のティアヌ帝国に広がった。大半の人類は魔王が滅んだことに喜び、祝杯を挙げていた頃、私はその魔界へと赴いていた。
そもそも魔王と人類が対立しているのは、それぞれの勢力図を調整するための仕掛けであり、自作自演なのだ。そしてその事実を知るのは、魔王とラディル大国国王と教皇聖下、そしてナイトロード公爵のみだ。
私は始祖の記憶で分かっただけだけれど、そう考えると従兄はなぜ勇者として魔王を殺すことにしたのか。直接確かめる必要があるわ。
大国ラディルの北の果てに存在する魔界――魔王領土では、大国ラディルよりも生活水準が高く、町並みも瀟洒な家々が並んで美しい。
瘴気を発する黒紫色の花々が咲き誇っているが、それを除けば普通の国であり、町だ。
もっとも常に瘴気が蔓延しているので、人間は入国する前に死ぬ。この国は瘴気によって守られているといっても過言ではない。
そんな魔族の首都では、魔王の死を嘆いて暗く沈んだ空気――などは全くなく、子供たちは中央広場で遊び回っており、店も通常通り開いている。人通りも多い。
魔族は瘴気を取り込む体質のせいか肌の色が褐色、あるいは薄紫とさまざまだ。
彼らは人の擬態も可能なので、多趣味かつ芸術分野に対して好奇心旺盛な魔族は人間界に遊びに来ることも多い。知らないのは人間だけだったりする。
そもそも魔獣や魔物は魔王が放っている訳ではなく、自然発生する神々が作り出したシステムなのだ。恩寵と厄災は種族の成長、土地を定期的に浄化するためにも必要な行為だったりするが、それは神々視点であって、人間が理解できないのも無理ないわ。短命で先のことなんて考えない短絡的な生き物だもの。
始祖の知識を体に馴染ませながら、魔王城を目指した。
私の体は元人間だが、覚醒後は毒や瘴気など無効化される。幼いルイスとローザも眷族かつ身内なので大丈夫だが念の為に《毒無効化》、《精神攻撃無効化》、《瘴気無効化》の魔法をかけておく。過保護? 何それ?
ルイスとローザは私の肩の上で、魔王領地を興味深く観察していた。キャッキャしているのが、実に可愛らしい。ああ、癒やしだわ。
「おねーさま、今度、おねーさまと一緒にお買い物がしたいわ」
「まあ、良いわね」
「ねぇさま。僕も!」
「ふふっ、じゃあルイスとローザが人の姿を保てるようになったら三人で行きましょうね。その時に好きだけ欲しいものを買ってあげるわ」
「「やったー」」
あー、本当に可愛い。大好き。二人とも人の姿だった時は、お人形さんのように可愛くて、良い子たちなのだが、ゲーム設定ではローザは出てこない。
ローザは二年前の襲撃前まで私を嫌っていたから、お姉ちゃんは嬉しいよ。ルイスが私にベッタリだったことで、よく癇癪を起こしていたのに、今ではルイスと同じくらいの重度のシスコンに成長している。
ただお姉ちゃんは、君たちの将来がちょっと不安だわ。二人が結婚するまでは恋愛なんてしない! うん。そうしましょう!
途中から転移魔法でショートカットしたが、それは魔王城への手続きが面倒だからとか、距離があるからでは断じてない。
魔王が敗れたとなれば、魔王は廟で眠りにつく。その廟は人間や他種族に向けてのポーズだけなのだが、それを知っている者は私と、魔王の側近と死神と、冥王と邪神ぐらいだろうか。
騎士達の目の前を堂々と素通りして、宮殿内に滑り込む。
吸血鬼女王の能力である《不可視化》、《感知・索敵不可》によって私の姿は見えない。
廟といっているものの、立派な宮殿にしか見えない。宮殿を囲む高い城壁は環状で小塔にも繋がっているらしいが、コチラには用はない。内部の建造物は洗練されて、華美すぎず調和の取れた内装に溜息が漏れた。
さて此度の魔王の趣味はなんだろうか。数百年単位で趣味が変わる人だったようだし……。作曲、絵描き、執筆とこのローテーションを繰り返す変人。
奧の扉をくぐった瞬間、絵の具独特の香りに「ああ。今回は絵描きなのね」と言葉が漏れた。広々とした部屋に出るとキャンパスと、向かい合う男がいた。
白のチュニックに黒のズボン、裸足。随分と軽装だが当の本人は気にせず、一心不乱に筆を走らせていた。
外見は二十代の青年で、褐色の肌に尖った耳、四本の捻れた黒い角、長い黒髪を無造作に一つに結っていた。始祖の記憶とは異なり、黒縁眼鏡をかけているし、顔や服は絵の具まみれだ。
一体いつからここに籠もっているのかしら。
ゲーム設定でも黒縁眼鏡はかけていなかったけど、素だと眼鏡をかけているとか?
「今代の吸血鬼女王アメリア・ナイトロードと申します。魔王アルムガルド様、少しお聞きしたいことがあるのですが……」
「…………」
「魔王様?」
「………………」
あ。これ気付いているけれど、無視しているわね。
彼は筆を止めることをしない。《葬礼の乙女と黄昏の夢》で魔王アルムガルド・クレスケンスルーナは冷酷非道、血も涙もない魔族であり、人類を滅ぼし世界征服を目論んでいる――というラスボスらしい設定だったのだけど……。
ちなみに幾つかあるルートの中で、ラスボス数がダントツ一位! 二位は悪役令嬢アメリアだったわね。アルムガルドは好きな俳優さんだったわ。私の好きなキャラは真っ先に死ぬキャラか、ラスボスなのはなぜ……。そりゃあ、二次創作で生存ルートの作品が出るわけだわ。
始祖の記憶だとゲーム登場時のキャラと全く異なる。そもそも魔王、及び魔族は根っからの芸術馬鹿。絵画から芸術品、音楽や本などの娯楽要素の詰まった物が大好きで、自分で作り上げる者から他種族の
人間との諍いも、娯楽の一つ程度にしか考えていない。その最たる者がこの魔王である。
ゲームの知識と始祖の記憶を元に、魔王が
ふふふっ! 取り合わないなら、絵描きが飛びつく話題を出すまで!
私の頭の中でゴングが鳴る。
さあ、交渉開始よ!
「……はぁ、そうですか。せっかく吸血鬼女王として覚醒したので、挨拶に寄ったのですがお忙しいようですね。今後の話もしようとアルムガルド様に特別な絵の具や筆、キャンバスを持参しましたが……これはどうしましょう」
「!?」
「人魚族の涙から取れた真珠と貝殻の白い絵の具」
「なに!?」
すごい食いつきだった。すでにキャンパスから私に視線を向けている。ふふふ、驚くのはまだ早いわ!
「ラディル大国にある
「あの幻の!」
「砂漠の国シルクサテゥ国から得た
「どれだけ取引しても、商人が無いと行っていたものばかりではないか!」
「100パーセント
扇を開いて口元を隠す。憂いに満ちた顔をするためにルイスとローザが泣きそうな顔を想像したら、予想上に悲しくなってきた。本当に泣きそう。
「ぐすん、……ああ、でもアルムガルド様はあまり興味を持って貰えなかったようですね。申し訳ありません」
「そんなことはないぞ!」
「いえいえ。私が居るのに気付かないフリをしてまで、お話をしたくなかったのでしょう。そんな者からの贈り物なんて、嬉しくもないですよね。荷物になりますし、他国の商人にでも売ってしまおうと思います」
「……っ、あ、いや」
キャンバスに食らいついていた紫色の双眸はしっかりと私を見ていた。だが、もう一押しと踵を返す。
押して、押して、押しまくってからの素早く撤退。
「次に良い商品ができましたら懲りずに尋ねますので。それではごきげんよう」
「ちょっ、ちょっと待て!」
呼び止めるのも聞かずに、さくさくと廊下に出た。立ち止まる振りなどもせず本当に帰る。
だいたい魔王と
あ、もしかして政務が面倒だから引きこもるために、死んだことにしたとか? 従兄はお人好しだから一肌脱いだのかもしれない。
そう思ったら余計にムシャクシャしてきたわ!
「ま、待て。待てと言うのに! ナイトロード!」
「アメリアです。アメリア・ナイトロード。始祖の記憶を持ちながらも、心を持った別人ですのでお見知りおきを――以上ですわ」
一度立ち止まり、裾を摘まんで優雅に挨拶した。アルムガルドはこれで話ができると安堵したようだが、そのまま踵を返して正門に向かって廊下を歩く。
「──っ、アメリア!」
かかった。やっぱり趣味命のアルムガルドは、追ってくると思った。これが死神や邪神では通用しなかっただろう。
広々とした廊下に警備兵などは見当たらない。アルムガルドの足音が近づいたので、振り返った。
「余に会いに来たのではないのか!
「ええ。魔王が封印される――までならいいですが、死んだことによって世界の均衡を崩したのは、どういったお考えあってのことですか?」
私の冷ややかな視線に、アルムガルドは「ああ」と頭を掻いた。
「なんだ、勇者から聞いていないのか。邪神を封じている空間が揺らいだため、魔獣が増えだした。さすがに魔王は倒したってことにしておかないと、邪神対策のままならないだろうという結論に至ったのだ。封印の儀式の前に魔物や魔獣が溢れ出るのが通例だしな。254年前と同じ周期だとも勇者に話したぞ。故に勇者に魔王討伐という箔を付けて、邪神の封印に備えるようにアドバイスしたのだが?」
「は?」
プリプリと怒る魔王は、腕を組んで勇者との交渉内容を話す。始祖の記憶ではもっと淡泊な男だったが、この数千年の間にだいぶ面白い感じに変わったらしい。ちなみにゲーム設定のキャラの面影はゼロだ。残念なことに、冷徹な魔王様は留守のようだ。
「……勇者は魔王を倒したことで用済みになり、人間に殺されましたわ」
「はあああ!? 何考えているんだ、人間は! 馬鹿なのか! いや短慮な馬鹿だった!!」
「ちなみに邪神が復活した話も初耳ですわ」
「ホ・ウ・レ・ン・ソ・ウぅううううううう! 基本的なやつ!! 本当に、人間は馬鹿すぎるだろう! ってか、なんで勇者が殺されているんだよ! アイツ英雄だろうが!」
ぐしゃぐしゃの髪をさらにぐしゃぐしゃにして、アルムガルドは叫んだ。
この人、本当に魔王なのだろうか。ゲームよりも感情豊かだ。
兎にも角にも、どうやらこちらはこちらで事情があったらしい。であるなら少しは態度を軟化させても良いかもしれない。
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