第5話 復讐劇を誓いましょう


 

 谷底の淵で青紫色の美しい炎が宵闇を照らす。青紫の炎は蝶となって、私の眷族の元へ向かう。

 屍となった眷族が復活するまで、今しばらく時間が掛かりそうね。


 始めたのは、人間側だ。

 降りかかる火の粉は払う。

 まずは国を一望できる場所に行こうかしら。

 ふと自分の姿を確認すべく、大きめの鏡を魔法で作り出した。


 くすんだ髪は艶やかな蜂蜜色に代わり、真っ白な肌と石榴のような瞳は吸血鬼らしい。服は焼け焦げてしまったので、真っ赤なドレスを魔法で作り出す。瑞々しい薔薇の花が使われたドレスを身に纏い、背中は蝙蝠の翼があるので、背中が見えるドレスにした。


 これから夜会に行くような装いになると、少しだけ気分がいい。

 吸血鬼女王として覚醒して、これ以上ないくらい怒ると頭は少しだけ冷静になるらしい。


 今から王家に突貫して、恐怖を刻み込みながらこの国を滅ぼす。王家、貴族、教会……どこからがいいかしら。それとも眷族をねずみ算式に増やしてから王族や貴族、教会をじっくりと滅ぼすのもありよね。磔、火炙り、拷問、やることはたくさんあるわ。簡単には殺さない。……ああ、どの方法が一番、辛いだろうか。一瞬でなんて絶対に終わらせてやるものか!


 パキパキ、と自分の影が黒薔薇の形へと変わっていく。目覚めばかりの眷族はどうにも弱々しい。

 ああ、そうだ。何をするにも空腹ではいけない。この土地の預けていた地脈を返して貰おう。


 大地に根を張り、この国の地脈に随時干渉し奪い返す。昔、始祖、吸血鬼女王の力を恐れた者たちが切り離した。幾重にも術式と契約を重ねて、私たち一族を弱らせた──とされているが、実際は違う。


 人と生きていくには大きすぎる力だから、地脈との接続を切って、人間に歩み寄ったのだ。

 統治を人間に譲ったのも、後ろ盾として動いたほうが良いと判断したから、二千年と持たずにその関係が崩れるとは想定外だったけれど。

 ごく、ごくん。

 ああ、黒薔薇が青紫色に戻っていく。


「これで地の利は八割抑えた……。ふふっ、守り手の癖に脆弱になったものね」


 グォオオオオオオオン!

 地下深くから凄まじい咆哮が、地面を通して伝わってくる。


『おのれ、我らから略奪するとは……』

「略奪? お前たちが魔界で居場所がないからと、役割を与えただけなのを忘れたのか?」

『……っ』


 この地脈をねぐらにしていた古き竜たちには少し可哀想なことをしたが、所詮この世は弱肉強食。

 理想なき力は秩序を崩し、力なき理想は絵空事になる。古き竜はぎゃあぎゃあと喚いていたが、軽く地下を睨んだら黙った。気骨のある竜はいないのかしら。

 逆上して襲ってくるようなら八つ当たりできると思ったのに、残念ね。


「お前たちが人間を管理しなかったからだろうに何をいう。この地を貸し与えた時の盟約を忘れたのか? 人間を庇護するだけで増長させた責任をお前たちにも取って貰うべきかしら?」

『ひっ……、こんなことができるのは……まさか……』


 そう。全てを壊し尽くすと決めたのに、何を甘いことを思ったのだろう。この国を更地に変えて、血だまりにすれば少しは怒りも収まるかしら。

 流れ込んでくるエネルギーの奔流が心地よく感じられる。

 始祖、吸血鬼女王の意志に私は圧倒される。膨大な情報に意識がもっていかれそうだ。けれど悪くない。身を委ねてしまえば楽になる。


 全てを壊し尽くし、人間を滅ぼす。

 残酷で、無慈悲な最期を与えるのだ。

 自分の心も体も人間から逸脱しつつある。

 ああ、人間らしさ、情なんて不要。ここで地震を起こして、国の半数を殺そうかしら。

 それとも地脈をずらして土地の恩恵ごと奪って、少しずつ凶作を齎すのも面白そう。


「ふふふっ、人間を全て滅ぼすまで、止まらな──」

「おねーさま!」

「ねぇさま!」

「ぎゃふっ!?」


 私の両頬に突貫してきたのは、小さな蝙蝠たちだ。しかも可愛らしい。私の覚醒で生まれた使い魔だろうか。そう思っていたのだが、この魔力は覚えがある。

 怒り狂っていた心が大きく揺らぐ。


「…………まさか、ルイス? ローザ!?」

「はい、おねーさま!」

「そうです。僕たち死にかけていたのですが、ねぇさまの覚醒で、蝙蝠に転属して生き延びました!」

「おねーさま、消えないで! ローザ、毎日朝早く起きて、ご挨拶もちゃんとできるようになりますから! 人参も食べるようになります! 泣くのを我慢しますぅ! だから!」

「僕だって、ねぇさまのお役に立てるようにします! 拷問だって、諜報活動だっておてのものです! それにピーマンも食べるようになりますから!」


 ローザとルイスのお願いが可愛らしい。……いや、ルイスは途中で拷問とか、諜報活動とか物騒なワードが出てきたけれど! 

 ああ、でも私の知っている弟と妹だ。


 始祖、吸血鬼女王の意識に身を委ねてもよかった。リリスたちに復讐できるのなら、全てを壊したあと自分が消えても良かった。

 けれど弟妹を残して私だけリタイアなんてできない。復讐の後のことまで考えて、この子たちの幸せを守らなければ――死にきれない。揺らいでいた心が決意に変わる。


 ふと始祖の意識が薄れて私の中に溶け込む。まるで始祖が自分の意志で眠ったかのようだった。なんで? ありがたいけれど。


「ねぇさま」

「おねーさま」

「……大丈夫よ。ローザとルイスを残して消えたりしないわ」

「約束ですよ!」

「そう約束!」

「ローザ、ルイス、ああ、もうなんて可愛らしくて、愛おしいのかしら! 大好きよ」


 十センチ前後のまん丸なフォルムの可愛らしい黒と紫の蝙蝠は、モフモフしているではないか。おまんじゅうのような弾力がある。弟妹をひとしきり愛でたことで、激昂していた感情がだいぶ収まった。


 生きていた。

 死んでしまったと思っていた大切な、大切な、私の大切なルイスとローザ。

 始祖と完全に同化してしまったら、心が温かくなることも、涙を流すこともなかっただろう。

 頬を伝って止めどなく涙が流れ落ちる。


「僕もねぇさまが大好きです! 大きくなったら結婚してくれます?」

「あー、駄目。おねーさまは私と結婚するの!」

「ふふっ、まあ、嬉しいわね」


 殺意と怒りと復讐だった心に、人間だった頃の温かみを取り戻す。それはある意味、私にとって大きな分岐点だっただろう。

 復讐の権現と化すか、あるいは叡智ある吸血鬼女王として統治を望むか。それこそが私のバッドエンドを回避する徹底的な差異。全てを失っていたらバッドエンドでもよかったけれど、今は違う。そんな未来を望まない。


「よかったわ。二人がいなかったら、ノープランで王家に突貫するところだったもの」

「おねーさまは、冷静沈着に見えて昔から直情型ですものね」

「ねぇさまのためにも、頑張って良かった! えらい? えらい?」

「ええ、二人が私にとっての救世主よ」


 私は小さな弟妹を両手に包むようにして抱きしめた。

 復讐はする――これは覆らない。

 我ら一族を不要だと切り捨てたこの国を、王族、貴族、教会を絶対に許さない。リリスの暴挙も見逃すわけにはいかない。


 でも、それだけじゃつまらないわ。

 ……ああ、そうだわ。『ざまあ』な復讐劇なら面白いかも。ふふっ、とびきり目が覚めるような舞台をご用意しなくては。

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