第58話 旅行の始まり《新幹線2》
「いっせので〜3! く、やるわね」
「次は私の番ですね……いっせので……1!」
虹花審判の元、妃子と悠里の次の電車で未来の隣をかけた戦いが行われていた。
種目は指スマと言われる遊びで、手を両方共グーにした状態で前に出し「いっせので◯」のタイミングで数字と一緒に任意で好きな数の親指をあげる。
相手も同じタイミングで親指を上げ、自分の言った数字と上がった親指の数が合えば片手を引っ込める。
先に両手を引っ込めた方の勝ち。というシンプルな心理戦ゲームである。
現在は妃子はまだ両手を出しているが、悠里は先程本数を当てた為、片手になり一歩リードしている。
悠里の掛け声と共に悠里が親指を上げ、それだけなら勝ちなのだが同じタイミングで妃子も親指を両方とも上げていた為、悠里の勝ちは決まらずに順番は妃子へと移る。
「いっせので〜1!」
妃子の掛け声で上がった指の数は1本。
これで妃子は片手を引っ込め、悠里と条件が同じになった。
待ったなし、どちらか先にもう片方の手を引っ込めた方の勝ちである。
「さぁ、追いついたわよ。次で逆転勝利を決めてやるんだから覚悟し——」
「いっせのでゼロ!」
「え!ちょっと、ずるくない? 今のなしぃ!」
妃子が話している途中で悠里はいつもより早口で話して指を上げなかった。
不意をつかれた妃子も指を上げるのが間に合わず、指スマは悠里の勝ちである。
「これは悠里の勝ちだけど大人気ないと言うか、卑怯というか。そんなに未来んの隣に座りたかった? 未来んの前でもそれ位の行動力があればねえ」
妃子が悔しそうにする横で、虹花がニヤニヤとしながら悠里に尋ねた。
虹花の言葉に悠里の顔は徐々に赤みを浴びていく。
「こ、これは勝負だったから、相手の意表を、付くのも戦術の内で、だからね——」
「はいはい、そうですねぇ。そして、負けちゃった妃ちゃんは残念でした。勝負は気を抜いちゃダメですよぉ」
虹花は、悠里をあしらうように分かってるからといった風に手を振ると、悔しそうに肩を落としている妃子を慰めるように頭を撫でた。
そして、いつものような悪戯顔を浮かべている。
「そんなかわいそうな妃ちゃんには残念賞を贈呈しましょう。近鉄特急は前の椅子を回転させればボックス席として使えます。そうできるようにチケットは取ってありますからね。なので、未来んの隣で距離が近いのは悠里ちゃんですが、未来んのお向いで未来んの顔をずっと見れる席は妃ちゃんに贈呈しまーす!」
虹花は拍手をしながら妃子にそう言った。
という事はだ。
次は名古屋から目的地までは2列席だから未来の隣の席なら2人で会話が弾むね。と虹花に乗せられて始まった未来の隣の席の争奪指スマ勝負であったが、席をひっくり返して4人で話しながら目的地まで行けるのであれば、勝負の必要はほぼ無かったという事になる。
虹花の手のひらの上で転がされ、未来の隣の席を奪い合った2人は顔を赤くする。
「ならさっき勝負は必要なかったじゃない!」
「いやぁ、2人の未来んへの本気度がわかって楽しかったよ。未来んはいつ気づくんだろうね?」
「未来は自己肯定感が低いからね。私達が押さないとダメだと思うけど、ねぇ」
虹花の疑問に妃子が苦笑いで言葉を濁した。
「難しいですよね」
言葉が足りなくても通じ合ってるかのように悠里も苦笑いである。
「さて、余興も終わったし駅弁食べよ!」
「虹花、余興って……」
「まあいいわ、楽しかったし。でも、次は負けないからね!」
妃子が、ホッとした様子で駅弁を温める為の紐を引き抜いた。
それに対して「次も負けません!」と相槌を返しながら悠里は温め機能のない駅弁の蓋をあける。
その様子を、虹花は楽しそうに真ん中の席で聞きながら自分も駅弁を食べ始めるのであった。
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