第44話 武勇伝

 非公式に2回目のダンジョンアタックが行われた翌朝、未来はいつものように妃子と悠里を迎えに行くため早めに家をでた。


 昨日、ダンジョンから妃子を連れ帰った未来は、妃子を家まで送ったのだが、妃子の両親は欅神楽の屋敷におらず、未来の家で待っていた。


 未来の母親に急に家を飛び出した理由を説明してくれていた為、未来が家に帰って来た時に未来の母親は「あんたもやるようになったわね」と言葉をかけただけで未来に深く話を聞こうとはしなかった。


 妃子が無事帰って来た事を妃子の両親が妃子と抱き合って喜んだ後、時間も遅いのでちゃんとしたお礼は後日という事でお礼だけ言って帰って行った。

 お礼だけといっても何度も何度も頭を下げて感謝を伝えてくれたし、未来としては頼まれたからではなく、自分が妃子の事を助けたかったから助けに向かっただけなのでお礼など要らないと断ったのだが、昨晩の様子だと断れていそうにない。


 妃子達が帰った後、未来は両親から何も聞かれなかったが自ら自分の事情を話した。


 とはいえ全てを話したわけではなく、心配をなるだけさせない為に最初の自分がいなくなっていた1週間をダンジョンで迷っており、ステータスが上がっている事を話しただけなのだが。


 両親は未来の話を聞いた後、それ以上の事を何も聞かずに「あの時、無事に帰って来てくれて本当によかったわ」や「もしもあんたの手に負えなくなった時にはちゃんと相談しなさい」と言ってくれた。


 その後、日和家のリビングには遅くまで灯りがついていたみたいなので色々と言いたい事や聞きたい事を我慢してくれたのだとは思う。



 そんなこんなで、一応昨日の出来事が嘘のような日常が戻って来た。


 2人を迎えに行った後は、いつものように3人で登校して学校の玄関で妃子と分かれて未来と悠里は自分達のクラスへ向かう。


 教室に入ると、いつもとは違って何やら盛り上がっている様子であった。


 しかし、クラスメイトとあまり関わりのない未来はそれを気にせずに自分の席へ向かう。

 悠里も未来と一緒に未来の前の自分の席へ向かい、カバンの中身を机に移していると、盛り上がっているクラスメイトの中から虹花がパタパタと走って来た。


「おっはよ! 悠里に未来ん!」


「おはよう」


「おはよう虹花。何だか今日は騒がしいのね」


 未来は虹花の挨拶に手を軽く挙げて答え、悠里は挨拶のついでにクラスの様子を虹花に質問した。


「ああ、なんか井尻がダンジョンに入ってレベルを上げてきたんだって。右手は怪我しちゃってギブスでぐるぐる巻きだけど、レベルが上がってるのは本当みたいで左手で石砕いたりして武勇伝を語ってんのよ。男子はその手の話が好きだしさ。女子の中にも強い男に憧れる子はいるでしょ? 私はわざわざいつもより早くから来て自慢話してる奴は嫌だけどねー」


 虹花は楽しそうに笑いながら聞いて来た話を語ってくれた。


「へえ、武勇伝ねえ……」


 悠里は学校までの道中で、昨日の出来事を妃子から聞いていた為、冷めた目で井尻の方を見た。

 未来もあの時自衛隊員の下敷きになっていたのが井尻だと聞いているので自慢話をしている事に苦笑いである。


 悠里がクラスメイトの集まりの方をみた事で興味があると勘違いしたのか、井尻は悠里や未来の居る方に近づいて来た。


 これまでの経緯でどうしてそのような行動を取れるのかは理解不能だが、嬉々としてこちらに向かって来ながらダンジョン探索の話を悠里に話してくる。


「高宮聞いてくれよ! 俺はダンジョンを自衛隊の人達と冒険してレベルを上げてきたんだ。利き腕はその時怪我しちまったけどほら、逆の手でも普通の人よりも強いぜ!」


 確かにレベルが上がった為に機敏になった動きでシャドウボクシングのようにギブスを付けていない手で殴るような動作をした。

 そして昨日のダンジョンでの話を脚色して気分良さそうに話していく。


「だからそんな奴と居るよりも俺といた方が安全だと思うぜ?」


「おかしいね、私が聞いた話とは全然違うみたい」


 話をそう締めくくった井尻の言葉に悠里が苛立った様子で言い返した。


「井尻君は自衛隊の隊長さんの命令を無視してモンスターに突っ込んだ挙句モンスターにやられて騒いでただけだって聞いたけど?」


「な!」


 井尻が悠里の言葉を聞いて顔を顰めた。


「それに、井尻君の無茶な行動のせいで井尻君を守って自衛隊の人が2人死んだんだよね。そんな自慢気に話すような事はないと思うの」


 悠里の話は少し違う所はあるとはいえ、大体合っている。途中で気を失った井尻だが事実を言われて先程までの勢いは消え失せ顔を赤らめて黙ってしまった。


 これまで井尻の武勇伝を聞いて騒いでいたクラスメイトも、悠里の話を聞いて井尻の事を先程とは逆の軽蔑の目で見ている。


「真斗、お前それはないと思うぜ……」


 遂には未来にやられても井尻の応援をしていた友達さえも真斗が自分のせいで人が亡くなっているのにそれを隠して自慢気に武勇伝として話をしていた事に引いてしまっていた。


 その後、チャイムが鳴って先生が来たので話は有耶無耶になってしまったが、クラスの中で真面目な悠里の話をみんなが信じたので井尻の信用は地に落ち、誰にも相手にされなくなってしまい、学校で孤立してしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る