第42話 ダンジョンからの脱出

 未来は、地図で確認した門の方向へ脇目も振らずに進んでいた。


 たまに銃をもったモンスターも出るが、これまで色違いはのゴブリンは出るものの、ホブゴブリンのような上位種は出て来ていないので瞬く間にゴブリン達を倒して通路を進んでいた。


 今までダンジョンの中で未来のスタート地点以外に行き止まりを見たことがないが、それが今はありがたかった。


「無事でいてくださいよ、妃子先輩」


 これまで戦ってきたモンスターよりも弱いモンスターばかりを相手にしており、相手が銃を使ってきたとしても、気をつけていれば当たることは無かったので、未来の悪い癖がでてしまった。


 いや、別に相手を舐めてかかった訳ではない。

 妃子の元へ急ぐあまり、弱いと認識したモンスターへの慎重さが欠けてしまっていたのである。


 出現したゴブリンは、まず赤いヤツを優先して倒していたのだが、撃ち漏らしが起こってしまった。

 他のゴブリンの影に隠れていた赤いゴブリンが未来の視野の外で、銃を発砲した。


 音を聞いて未来は気づいたが、タイミング的に未来はその銃弾を避ける事ができない。

 しかも、その銃弾はあろう事か未来の頭に命中する軌道であった。


 やらかした。


 未来の背中に一気に冷汗が噴き出した。

 妃子を助けに行かなければならないのにこんな所で終わるのかと自分を責めた。


 そして、そのまま銃弾は未来の額に命中する。


 カキン。と金属同士がぶつかった音がした。


 未来の額にぶつかった銃弾は未来に擦り傷さえもつけずに弾かれてしまった。


 未来はこれまで《魔力(物攻)》を持つ赤いモンスターに気をつけていたが、銃は剣のような物理的攻撃ではなく飛び道具としてカウントされる為 《魔力(物攻)》の影響を受けない。


 以前ゴブリンの手から離れた剣が壁に刺さらずに地面に転がっていたように、モンスターの手から離れてしまえば効果外であった。


 なので《魔力(物防)》を持つ未来の体にスキルの効果のない攻撃は効かず、弾を弾き飛ばしたのであった。


 何が起こった分からずに戸惑って動きを止めた未来であったが、次に迫るゴブリンの攻撃を視界に入れた瞬間無意識下で体を動かして敵を全滅させた。


「何とかなった……」


 モンスターを全滅させた後に未来は生き残った事を実感しながらもすぐに妃子の事を考えた。


「急がないと」


 その時、未来が向かおうとしていた方向から無数の銃声が聞こえた。


「妃子先輩!」


 未来は、銃声の聞こえた方へ全ての力を使って急いだ。


 そしてたどり着いた先にはゴブリン達が銃を構え、その先には数人の人が倒れていた。


 それを見た瞬間、未来の頭は真っ白になった。


 未来は一瞬でゴブリン達に近づくと、一瞬にして全てのゴブリンを屠った。


 そしてゴブリンを倒し終わった後に、倒れた人が少し動いたように見えた。


「妃子先輩、ここにいますか?」


 未来がこんな質問の仕方をしたのは、ここに妃子はおらず、別の場所でまだ無事でいる事を願っての言葉であった。


「み、未来……」


 倒れている人の下から妃子の声がしたので、未来は慌てて上に載っている人をだかした。


「うぉ!」


 未来が妃子の上に覆い被さって守っていた自衛隊員の部隊長を投げるように退かしたので、意識のあった部隊長は驚きの悲鳴をあげながら壁際まで投げ飛ばされた。


「妃子先輩、無事で良かった……」


 妃子の顔を見て、ホッとした様子で未来は妃子の名前を呼んで起こす為に手を差し出した。


「未来……痛っ」


 妃子は涙を浮かべながら未来の手を掴んで立ちあがろうとしたが、足に受けた銃の傷に顔を顰めた。


「妃子先輩、怪我が!」


「うん。なんか痛みはもうそんなに感じないんだけど力を入れたら痛いみたい」


 未来の顔を見てホッとしたのか、妃子は苦笑いしながら返事をした。


 その2人の目の前で、妃子の足の傷がゆっくりと治っていく。

 痛みを感じなかったのは治っていく予兆であったようだ。


 妃子のスキル《魔力(回復)》は、自分の魔力で自らを回復する自己再生のスキルであり、周りが予想したような《ヒーラー》としての能力はなかった。


 目の前で治った傷を見て、未来と妃子は顔を見合わせた。


「なんか、治っちゃったみたい」


「みたいですね……」


 怪我が治った妃子の無事な様子を見て、未来は胸を撫で下ろした。


 余裕ができた事で、周りの様子がちゃんと見えてくる。


 息絶えた自衛隊の服を着た2人、その下で顔は見えないが伸びて気を失っている人が1人、そして未来に投げ飛ばされだ後に呆然とした表情を浮かべている自衛隊員が1人。


「私は、助かったのか?」


 絶体絶命だと感じていた状況からモンスターが全て倒された状況を見て部隊長が声を漏らした。


 その言葉に未来はカッとなって部隊長に向けて言葉を放つ。


「助かったかじゃないでしょう! 僕がこなければどうなっていたか! 一般人を無理矢理巻き込んで全滅とか、ふざけるなよ!」


 未来は部隊長の襟元を持ち上げて声を荒げた。

 部隊長が苦しそうな声を上げるが関係ない。

 普段の未来から想像できない声の荒げ方に妃子も驚いた顔をしている。


「うぅ、すま、ない……」


「未来、もう大丈夫。それに、部隊長さんも多分、私と同じ被害者だから」


 妃子の言葉を聞いて未来は部隊長の襟元から手を離す。未来が急に手を離したせいで部隊長は尻もちをついた。


「僕は妃子先輩を連れていきますから貴方はそこに転がってるまだ息がある人をお願いします」


「君達は奥へ進むのか?」


「僕達の事は——」


「わ。分かっている。他言せず、隠し通すことを誓う!」


 部隊長の言葉を聞いて、未来は妃子を肩に担いだ。

 前回のようにお姫様抱っこではなく、まるで盗賊が姫を攫うかのような見た目である。


「未来、自分で歩けるから!」


「一刻も早くダンジョンを出たいので」


「じゃあこの前みたいにお姫様抱っこで良いじゃない!」


「今からモンスターを倒しながら走らないといけないんですよ。両手が塞がってたら戦えないでしょ? 口閉じないと舌噛みますからね!」


 未来は妃子に注意すると、自分が来た道を戻るように走り出した。

 肩に担がれている妃子の視界から部隊長がどんどん遠ざかっていく。


「未来、ありがとうね。助けに来てくれて」


「舌噛むって言ってるじゃないですか。それに、妃子先輩の声は走りながらだと聞こえないんですよ! 話すなら大きな声でお願いします!」


 担がれている妃子のほうが未来の頭より後ろに顔がある為、走っていると声が流れて未来には聞き取りづらかった。


「未来、私、未来の事が好きだよ」


「だから聞こえないから大きな声でお願いしますって!」


 妃子は自分の死を予想した時に、未来に伝えたかったと後悔した言葉を小さな声で呟いたが未来の耳には届かなかった。


「ううん、なんでもない! ちゃんと無事に送り届けてよ! 私の護衛なんだから!」


「任せてくださいよ! ほら、ゴブリンが出た!舌噛むから口閉じて!」


 次の妃子の声は叫ぶように口にした為、未来にきちんと届いた。

 それを聞いて未来は気合いを入れてモンスターを手早く蹴散らすと、足を止めずにダンジョンを走り抜けてゲートへと急ぐ。


「あ、妃子先輩、目を閉じてください。ここからは知られたくないので!」


「えー!」


「先輩!」


 未来は語気を強くして妃子に言い聞かせた。

 そんな事はないと思うが、妃子が1人でゲートからダンジョンへ入ってしまうことを避けたいのでゲートの場所は教えたくないのだ。


「分かったわよ!」


 未来の雰囲気を察して妃子は大人しく目を瞑る。


 そうして、ダンジョンを脱出した未来は妃子を家まで無事に送り届ける事に成功したのであった。




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