第21話 相談

 未来は緊張した面持ちで妃子に案内された部屋のソファに座っている。


 隣には妃子、そして向かいの席には白いスーツ姿の妃子の父親が座っていた。


 部屋に案内されて、後から妃子の父親がやって来たのではなく、未来達が部屋に来た時には既にソファにどっしりと座って待っていたのである。


 別に、ダンジョンのモンスター達のように威圧感がある訳ではない。

 しかし、未来にとって踏み入れた事のない女性の家、初めて女性の父親に呼び出され、そして先程発覚したのは妃子の護衛を振り切って娘を攫った経験有り。


 ソファに座る妃子の父親の顔はニコニコとして笑顔だが、未来にはそれが好意的なものとして受け取ることができなかった。


「日和未来君」


「は、はい!」


 未来は妃子の父親に話しかけられて、声がひっくり返りながら返事を返した。


「そう緊張する必要はない。そうだ、私が焼いたケーキがある。せっかくだから食べながら話そうか」


 妃子の父親がそう言ってベルを鳴らすと、すぐに屋敷の使用人がやって来る。

 妃子の父親から話を聞くと、使用人は別室から切り分けられたシフォンケーキと紅茶を持って来て未来、妃子、妃子の父親の前に一つずつ置いて頭を下げた後、部屋を出て行った。


「さあ、食べよう」


 妃子の父親はそう言って一番先にシフォンケーキを美味しそうに食べ始めた。


「ふふふ、パパ、未来の緊張を解そうとしても難しいわよ。だって、私なんで呼ばれたのか伝えてないから。未来、そんなに緊張しなくても大丈夫、あなたが思ってるような事にはならないから」


 シフォンケーキよりも緊張で大きく唾を飲みこんだ未来を見て妃子が笑った。


 2人のその様子を見て妃子の父親は額に右手をやってため息を吐きながら頭を振った。


「なるほど。未来君、すまない。妃子の悪戯が過ぎたようだ。私が君を呼んだのは好意的な意味でだ。妃子、笑ってられるのは今の内だよ? 未来君、流石に私の前ではしないでほしいね、後でお仕置きに妃子のお尻をペンペンしてくれ。妃子にはそれ位の罰が必要だ」


「いえ、そんな事は、大丈夫です」


 未来は妃子の父親の言葉を慌てて顔を振って否定した。


「そうかね? うむ、ではまず今日呼んだ理由から説明しなければいけないね。私はね、未来君にお願いがあって呼んだんだよ」


「お、お願いですか?」


 未来が予想していた事とは全く別の話に、未来はおっかなびっくりながらも質問を返した。


「ああ。妃子や家の者護衛から話を聞いてね。君は妃子の護衛を撒くくらいの実力があるようだ。そこで妃子の登下校の護衛をお願いできないかと思ってね」


「護衛ですか?」


 妃子には既に護衛は居るはずだ。

 庭で水やりをしていた男や少しガラの悪い男など、あの夜には5人程の護衛がいた。


「既に護衛は居るのだがね、妃子が大所帯での移動を嫌がるんだよ。特に学校の登下校は同級生や学校の生徒達に変な目で見られると言ってね。私も妻も仕事柄敵が多い。いや、私はここに婿に来る時に引退さしたんだがね、それでも、1人で妃子を出歩かせるのは心配でね、そこで妃子と仲のいい君にお願いしたいと思ったわけだ」


 未来はなるほどと納得した。

 敵が多いというのはいまいち分からないが、妃子が言っていた過保護というやつなのだろう。確かに強面の5人に護衛されながらの登校は変な目で見られると思う。

 未来と一緒に毎日お昼を食べている所を見ると、もしかしたら妃子も友達が少ない、もしくは居ないのかもしれない。


 学校の中までは入って来ないとはいえ、護衛にビビって声を掛けにくいのはたしかである。


 未来がチラリと妃子の方を見ると、妃子と目があった。


「どうしたの?」


 首を傾げる妃子に未来は「何でもないです」と言って妃子の父親の方を向いた。


「妻は過保護でしっかりした護衛をというんだけどね、私はこの子の希望を聞いてあげたいんだ。なんで護衛を付けたくないかな理由は何となく分かるからね」


 未来は今までの偏見がなくなり、妃子の父親が話す時の笑顔がとても優しくみえた。

 十分貴方も過保護ですよ。という言葉を飲み込んで未来は質問をする。


「でも、僕だけだと不安じゃないですか?」


 妃子の父親は、未来の話は聞いただけで見たわけではない。未来くらいの少年が護衛5人の代わりが務まるとは普通は思わないはずである。


「私はね、黒田、妃子の護衛のリーダーをとても信頼しているんだよ。彼が妃子の提案に納得して君になら任せられると言った。それだけで十分だ。それに、妃子は君の事をとても気に入ってるみたいだしね」


 妃子の父親はそう言ってウィンクをした。


「妃子先輩はそれでいいんで——んご!」


 未来が妃子の意見も聞こうと妃子の方を向かうとした時、父親の言葉に顔を赤らめていた妃子はそれを見られないようにする為に、自分のシフォンケーキを未来の口に無理矢理突っ込んだ。


「聞いたでしょう? 私が言い出した事よ。未来はどうなの? 引き受けてくれるの?」


 未来はシフォンケーキを咀嚼しながら考える。

 自分も友達が居なくなって寂しい思いをした。

 妃子を自分が護衛をする事で少しでも友達を増やせるなら手伝ってあげたいと思った。


「分かりました。登下校の護衛を引き受けます」


「ありがとう! とは言ってもこれまで護衛が必要な事など起こった事は無いんだけどね。いや、一度だけ誘拐されたかな? 屋根の上を飛び去るようにして」


 最後の最後に意地悪なジョークを言う妃子の父親に、未来は流石は親子だと苦笑いであった。


「私は仕事があるので未来君はゆっくりしていきなさい」


 話が終わると、妃子の父親は部屋お出て行った。


 部屋に残ったのは未来と妃子の2人。


「どうする? 2人きりだしお仕置きのお尻ペンペンする?」


「しませんから!」


 妃子がいつもの悪戯な笑顔でからかってくるので未来は慌てて否定をした。

 妃子は楽しそうに笑いながら未来の手をつけていないシフォンケーキにフォークを伸ばす。


「私のは未来が食べちゃったから半分こしましょう?」


「……はい」


 妃子が器用にシフォンケーキを半分に取り分け、2人はお昼休みのように少しぎこちない話をしながらティータイムを楽しむのであった。

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