第9話 帰り道の途中

 未来が再び入ったダンジョンは以前の洞窟とは、雰囲気が変わっていた。


「ダンジョンだよな?」


 未来はそう言ってぐるりと辺りを見回した。

 以前のダンジョンは薄く灯りが照らす洞窟であったのだが、今、辺りを見渡したダンジョンはレンガ作りの壁、床、天井に整備されていた。


「この前と場所が違う訳でも無さそうだけど……」


 未来が入ってきたゲートの魔法陣の側には以前置いて行った剣が2本地面に刺さっている。

 ということはレンガ作りになって雰囲気が変わってしまっているが、以前脱出した場所と同じ場所なのだろう。


 これも、ダンジョンという地球の未知の部分がもたらした変化なのかもしれない。


 未来は、とりあえず以前使っていた剣を引き抜くと、忘れる前にスマホの画面を操作してタイマーをセットした。

 以前はこの場所に来るまで脱出する術はなかったが、今回はここに戻って来れば帰ることができる。

 家族に心配をかけないようにする為に、ダンジョン探索の時間を決めて戻って来れそうな距離を探索する事にする。


 しばらくゲート近くのダンジョンを徘徊していると、以前と同じようにゴブリンが現れ、それを何の苦も無く倒した。


「やっぱり、ここでこうしてゴブリンと闘っていたから井尻達が怖くなかったんだろうな」


 ゴブリンを呆気なく倒したものの、今でも向かってくる姿は井尻達の何倍もの威圧感を感じるし、初めてゴブリンと対峙した時は死にたくないと必死になるほどの恐怖を覚えた。

 今ではゴブリンの力は強くなってはいるものの、攻撃の仕方がワンパターンであるし、慣れもあって苦戦するようなこともない。


 その後、何体目かのゴブリンと戦っている最中に、不意にスマホのアラームが鳴った。


 未来は緊張した中で鳴ったアラームの大きな音に驚いてビクリと体を震わせたが、それはゴブリンも同じであった。

 この隙が致命的な隙にならずに済んだ事に未来は胸を撫で下ろす思いで、ゴブリンを一気に倒すと、スマホを取り出して鳴りっぱなしのアラームをオフにした。


「焦った。時間の確認の仕方は考えないといけないな……」


 設定していた時間になったので、未来はゲートに向かいながらそんな事を呟いた。

 今日はタイマーを仕掛けたが、ゴブリンがしょっちゅう出てくる訳ではないので、タイマーよりも自分でこまめに時間を確認した方がいいかもしれない。

 いちいちスマホを取り出すのは面倒くさいので腕時計があればいいのだが、未来は腕時計を持っていない。

 買うにしても漫画のようにダンジョンから金目の物が取れる訳ではないので買うにはハードルが高い。


「いや、百均とかでも買えるし明日見に行ってみようかな」


 色々と考え事をしながら、未来はゲートの前に剣を突き刺して、以前と同じようにダンジョンから出るのであった。



 ダンジョンから公園に戻って来て、家まで帰る道のりは陽が落ちており、コンビニの周辺などは明るいとは言え、道路は街灯の灯りで薄暗く、先程のダンジョンの方が明るく思えた。


 そんな家までの道中、いつもならこの時間の路地では滅多に人に会わないのだが、今日はたまたま人を見かけた。


 それも、暗い夜道で少女を男が数名で囲っている所に出くわしてしまったのである。


「ついて来ないでって言ってるでしょう!」


 声を荒げながら、少女が男達から逃げているように見える。

 少女は未来と同じ学校の制服を着ている女の子で、街灯に照らされた金色の髪に、丈の短いスカートのギャルっぽい印象の美人で、見た事があれば覚えていそうではあるが、クラスの同級生さえも全員ちゃんと把握いないし、教室からあまり出ない未来は知らない少女であった。


 いつもなら巻き込まれないように息を潜めて立ち去る未来であるが、井尻の攻撃を避け、さっきまでゴブリンと戦って倒して来た事から少し気が大きくなっており、今日は普段とは違う行動をとった。


「あの、その子は嫌がってるみたいですけど?」


 そう声をかけた未来の方を見てギャルっぽい少女は驚いた顔をした。

 当然男達も未来の方へ一斉に振り向く。


 街灯に照らされた未来をみて、このような事に首を突っ込みそうにない見た目であった為に男達が鼻で笑った。


「関係ない事に首突っ込むと怪我するぞ? 勇気は買ってやるからどっか行きな」


 男達のリーダーであろう男がドスの聞いた声で言ってくるが、未来は井尻の時と同じように全く威圧感を感じなかった。


「大人が寄ってたかって女の子に迫るのはかっこ悪いですよ?」


「てめぇ! アニキが見逃してやってんだからとっとと失せろや!」


 男達の中の1人が威勢よく未来の方へと歩いてくる。


 未来は、その男を躱すように走り出すと、男達の間瞬く間にをすり抜け、ギャルっぽい少女の元へと移動すると、少女の手を掴んで走り出した。


「え? ちょっと!」


「早く! 走って!」


 未来の少女の手を引く力は意外に強く、立ち止まっていれば少女は転けてしまうので、未来に手を引かれるがままに走り出した。


「おじょ、テメェ! 待ちやがれ!」


 男達は不意を突かれた事に呆気に取られていたが、声を上げて未来と少女を追いかけはじめた。


 逃げると言っても少女の足の速さにも限界があり、男達にすぐに追いつかれてしまいそうである。


 しかし、未来はなんとなく逃げ切れる自信があった。

 それは、ダンジョンで上がったステータス故の今までにない不思議な自信であった。


 できる。


 そういう確信があった。


「ちょっとごめんね!」


「え? 何、きゃあ!」


 未来は少女に謝ると、少女をお姫様抱っこの形で持ち上げた。


「舌噛まないように口塞いでてね!」


 未来は、まるで漫画のワンシーンのようなセリフを言うと、少女を抱えたまま飛び上がった。

 セリフだけでなく、行動までも漫画のように、家の屋根を飛び移るように逃げていく未来と少女の姿を、男達は口を開けて見ているしかなかった。

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