ある日、世界に出現したダンジョンは、開門前にバカスカ敵を倒した僕のせいで難易度が激高したらしい。

シュガースプーン。

一章

第1話 ダンジョンが現れた日

「なんだよこれ……」


 少年は、洞窟の壁に書かれた文字を見上げ、そこに書かれている内容を見て声を震わせた。



 遡る事数時間前、少年は高台にある公園の入り口の反対側にある崖に面した柵を跨いで腰掛け、夕日を眺めながら涙を流していた。


 理由は、好きな同級生に突発的に告白してしまい、断られたからであった。


 今の世の中、告白には並々ならぬ覚悟がいる。

 なぜなら、告白して断られた場合、虐めの加害者になってしまう事があるからだ。


 セクハラ、パワハラ、モラハラなど色々なハラスメントがあるが、それは全て相手の受け取り方次第。

 相手が嫌だと感じれば、それは全てハラスメント認定を受ける。


 告白も、相思相愛であれば嬉しい出来事だが、好きでない相手や、嫌いな相手からの告白は立派なハラスメントとみなされ、相手が告白されたのが気まずくて学校に行きづらいともなれば、虐めと言われてしまう。


 そして、それを先生に、いや、友達にでも相談でもされた日には、虐めとしてクラスで晒し上げにあってもおかしくない。


 少年がため息を吐きながら、丘の上のこの辺りで1番高い場所にある公園の柵から町を見下ろすと、そこに並ぶ家はとても小さく見える。

 気持ちがネガティブになっているせいか、飛び降りたらどうなるだろう。などと考えてしまうが、少年にはそんな勇気はなかった。


 夕日が沈んだら帰ろうと、何度目か分からないため息を吐いて、だんだんと落ちていく夕日を見ていると、今まで考えていた事が吹っ飛んでしまうような、とても大きな地震が起こった。


「な、なんだよ、これ、あ、嫌だ。あっ!」


 柵を跨いで腰掛けていた少年は、必死に柵にしがみついたが、大きな揺れに力が足りず、崖から転げ落ちてしまった。


 死ぬのかな。


 そんな事を思いながら、崖を転がり落ちる途中で、少年は意識を失ってしまった。



 そんな事があったが、少年は死ぬ事はなく、よく分からない洞窟で目覚めた。

 奇跡的に打身だけなのか、痛む体を呻きながら起こして周りを確認すると、洞窟の中なのに、ぼんやりと明かるく視界が確保でき、洞窟の行き止まりに居るらしい事がわかる。

 そして、行き止まりの壁は何故かそこだけ文明的に平らにならされたようになっており、その壁には何か文字が書かれているのが確認できた。


『ダンジョン入場者へ。

 これより、地球は体調が戻りかけてきた為、常在菌の選別を行う。長らく、大きな氷のせいで風邪をひいていたが、体温がやっと活動できる程に戻ってきた。そして、これから体調を戻して行く中で、体に棲みついてしまっている常在菌の選別を行おうと思う。当時の常在菌が死滅してしまった為、新しく環境を整えなければいけないのだ。ダンジョンには常在菌の内、善玉菌に欠かせない栄養と悪玉菌を殺す免疫を用意した。私の体調を理解して、善玉菌となるか、悪玉菌として死滅するか、頑張るといい。ある程度ダンジョンシャーレでの培養に成功したら、本格的に体調を戻していこうと思う。それまでに、立派な善玉菌になってくれるように願っている』


「なんだよこれ……」


 少年は壁に書かれた文字を読んで震えた声を漏らした。


 意味がわからないイタズラ書きのようだが、今起こっている事は、この文章の通りのことが起こっている。


 行き止まりとは反対の一方通行の道から、見たこともない緑色の小人。少年の予想が合っていれば創作物に登場するゴブリンが一体ヒタヒタとゆっくりこちらに歩いてきている。


「これからどうなるんだ? どうしたらいいんだよ!」


 明るさのある洞窟の中で、現在地も分からない少年は混乱した頭で考える。


 物語としては面白い内容だが、現実に起こっても面白いことなどない。

 この状況で、帰宅部の自分に未来があるとは思えなかった。


 目の前のゴブリンは自分よりも小さい子供のようだが棍棒を握りしめ、笑う口に見せるのはギザギザとした鋭い歯であった。


「ギャオ!」


「うわあ!」


 ゴブリンは棍棒を持っているのに、少年を押し倒すように飛びかかってきた。


 少年は悲鳴を上げながらも、体が反射的に相手を押し飛ばすように手を伸ばした。


 見た目が凶悪なゴブリンだが、一般的な学生の少年の力にも劣っていたようで、突き飛ばされる形で壁に向かって倒れた。


 頭を打って血を流しているゴブリンは、動きが鈍りながらも気持ち悪い鳴き声を上げながら少年を睨む。


 少年は、ゴブリンが手放した棍棒を拾い上げると、無我夢中でゴブリンの頭へ振り下ろした。


 何度も、何度も、ゴブリンはピクリとも動かなくなっても気づくことなく恐怖感から疲れて気が済むまでずっと。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。もう、大丈夫か? うっ」


 自分でやったのだが、息絶えても殴り続けたゴブリンは見るも無惨な見た目になり、その酷さに少年は膝をついて吐いてしまった。


 ひとしきり吐き終わった後、少年はふらふらとした足取りで立ち上がった。


 少年が息を整えていると少年の目の前に半透明の液晶のような画面が浮かび上がった。


「初めて免疫を倒した者?」


 少年はその画面に映し出された文字を読んだ。


「本当に、物語みたいじゃんかよ……」


 誰もいない洞窟だからか、少年の呟く様な小さな声でも反響して大きく響いていた。


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