第2話 あ、これ、そういうヤツでしたか。


 うおおおぉぉぉぉぉぉぉ…………!

 玉座の間に、大きな歓声が響き渡った。

「よし。よぉし!」

 広大な天井に映し出された戦場の光景に、王が玉座から腰を浮かし、感嘆の声をあげている。

「凄まじい。これが、勇者のみで構成された神聖軍……3名のみで、軍を名乗るだけの事はある」

 白磁の鎧に身を包んだ騎士団長ロドリックはその口髭を撫で付け、感心する様に言った。無骨な武人の目にも、神聖軍の戦力の強大さ、その頼もしさがありありと伝わっていた。


 玉座の間には、総勢100名強の人員が詰めていた。この国中枢を担う文官や武官だけでなく、著名な豪商や地方有力貴族、武名で鳴らした自由騎士等々、様々な面子だ。

 亡国の一戦となりかねなかった魔王軍との死闘を、全員が固唾をのんで見守っていたのだ。


 3日前、王の英断により神聖軍の招致を決定し、わずかその半刻後には交わされた魔王軍討伐の契約。

 実質的な戦闘期間は、2日間。

 このたった2日で、国軍の半数以上と多数の英雄を飲み込んだ、まさに最強とも呼ぶべきだった魔王軍をいとも容易く屠った勇者達は、画面の向こうで陽光に燦々とてらされて絵画の如く凛々しい姿を見せている。


 国中の主要都市の上空には、この玉座の間と同様に現地の光景が映し出されているはずだ。

 気のせいではなく、王国の大気が大きく震えていた。

 全ての町で、国民の感涙に咽ぶ声がこだましているのだ。

 その様を想像し、王は何年かぶりの満面の笑顔を浮かべていた。



「神聖軍、凱旋!!」「凱旋!!」「凱旋!!」


 およそ半日後、日の暮れる僅か前である。

 王城正門が怒涛の叫びと共に唸りをあげて開き始める。

 王は、本来ならあり得ない事だが、その門の前まで自らの足で歩いてきていた。

 

 戴冠して数十年。

 艱難辛苦の戦国時代を駆け抜けた若き日々。

 美しき隣国の姫を娶り、2人の男子を授かった、あの幸福。

 内政に力を入れ、築いた王国黄金期。

 愛しき王妃との死別。

 そして、魔王軍の襲来と、その後の戦いの日々。


 全てが、一歩一歩と前へ進む王の脳裏を過ぎ去り、そして入れ替わる様に大きな感動と喜びが波の様に押し寄せてくる。


 王が到着する時に合わせ、見上げる程の巨大な門は完全に開かれた。

 夕日が王国の街並みを照らす。

 風に揺れる豊かな黄金の稲穂の様に、無数の国民がそこには詰め掛けていた。城下の果てまで人がいるようだった。実際、そうだったのだろう。

 

 王の目の前には、勇者3人。

 石畳の上で跪き、顔を伏せている。

 

「陛下」


 3人の先頭、赤ローブの女が顔を上げた。

 

「神聖軍3名、魔王討伐の勅命を果たし、只今帰参いたしました」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


 国民と、大臣や兵士達、様々な声が高らかに上がり、大地を、空気を震わせる。


「勇者達よ……」


 王は、その老いた身体が震えるのを感じた。

 喜び、そして興奮、何より、この溢れる涙が身体を震わせる。鼻水すら愛しいと王は感じた。

 

大義だいぎであっだ…………!!」


 ぬぅおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!


 大歓声があがった。

 まさに、王国は救われたのだ。


 魔王からは。





「では陛下、早速では御座いますが、お支払いの件につきましてお話を」

「うむ」

 玉座の間である。

 昼と同様の顔触れが、勇者達と玉座に座る王を遠巻きに取り囲んでいた。

 まだまだ興奮冷めやらん顔である。

 早速酒宴を!という話がすぐさま上がった中、まずは玉座の間でしっかりと帰還の儀を、という運びになったのだ。

 そして王が玉座に座った途端、赤ローブの女が口に出したのが先程の言葉である。

 支払い?なんの話だ?

 周りからやや騒めきがあるが、魔王討伐の褒章だろうとの認識になり、勇者殿は気が早いな(笑)、意外にガメツイのだな(笑)などなど好き勝手にみんな口に出している。


「酒宴の後でゆっくりとその辺りを話したかったが、まぁ構うまい。そなたらは我が国の救世主!まずはさっぱりとその辺りを片付けてから、たっぷりとモテなさせて頂こう!」

 がっはっはっ!!と王は笑った。

 もう恐れるものは何もないとばかりだ。老臣の何人かはかつての王の様だ…!と感動するほど豪胆さを取り戻していた。

「ははっ!勿体なきお言葉。私共も上司…神の尖兵の一部に過ぎませぬ故、ご理解賜りまして感謝の言葉も御座いません」

 女は恭しく一礼する。

「では、契約の内容について再度確認させて頂きたいと思います。双方の署名を記した契約書をご提示頂けますでしょうか」

「うむ。オブライエン、ここへ」

「は」

 王の言葉に応じて、群衆の中から青年が進み出た。あの日、王と共にいた青年である。

 アイス・ミーニング・オブライエン。通称サー・オブライエン。王の懐刀の1人である。

「こちらでございます」

 サー・オブライエンは王に赤い蝋で封をされた書簡を1つ手渡した。

 王は封を切り、それを広げる。

「こちらで、間違いないな、ユーディン殿」

 女……ユーディンに書簡を向け、見せる。

「……は、それで間違い御座いません」

「ではそちらも」

「は。リングイング卿、こちらへ」

「……」

 漆黒の弓兵、リングイングが立ち上がる。

 この男の顔の作りは山岳狩猟民の平均的なもので、町の平民と比べると耳が小さく、目は比較的大きめだった。特徴的な深緑色の髪は、普通に見る分には黒と遜色ないが、光が当たると緑が透けて見える。

 リングイングは懐から、白い蝋で封をされた書簡を取り出し、そのままユーディンへ渡した。

 ユーディンは蝋を魔法の火で炙り柔らかくすると、静かにその書簡を広げた。

「こちらで御座います」

「……うむ、間違いない。オブライエン」

「はっ」

 サー・オブライエンは王とユーディンからそれぞれ書簡を受け取る。

 周囲は、あれはなんだ?というような興味の視線を向けて見守っていた。

「皆の者!!」

 と、王が叫んだ。

「我が国は、未曾有の危機にあった」

 そのまま語り出す。

「皆がよく知るように……かの地の底から、魔族の群れと、恐るべき魔王が現れたのが、10年前。我が国は、存亡の危機にあった。しかし!神より遣わされたこの神聖軍により、その危機は去り、我が国は恐怖から解放されたのである!」

 おぉ……!と周りで声が上がった。何度聞いても、今日は同じ様な声を誰かが上げ続けるだろうと思われた。

「しかし、余は一つみなに謝らなければならない」

 なんだ?王が謝る?なぜだ?なんのことだ?

 騒めきが広がる。

「この神聖軍は、余の要請に応え…魔王を打ち倒してくれた。しかし!しかぁし!」

 王の目がカッと開かれる。

「……タダでは、ない!」


 ごくり…

 誰かの、唾液を嚥下する音がした。妙に響く。

「もう一度言う…」

「タダではない」



 玉座の間に、暫し沈黙がながれた。

 それを破ったのも、また王であった。

「だがな、心配はない」

 王はニコリとした。

「彼らは、この支払いを後払いにしてくれたのだ。本来であれば、成否に関わらず要請に対する対価は前払いらしい。太古のかの大帝国も、その様な交渉をされたそうなのだ。しかし帝国はその支払いが出来ず、魔神によって亡国の憂き目を味合わされた。本来ならば、我が国もそのような運命を辿るはずであった。だが」

 固唾を飲んで周囲が見守る。

「だが、我が国の現状を知った彼等の上司……神は、何と慈悲深く、魔王討伐の成功をもって、後払いとしてくれたのだ!全ては我が国のために、とな!」

 おお!

 皆の顔に喜びの色が浮かんだ。

 神への祈りが通じただの、我が国の臣民が善良だからだの王の人徳だの好き勝手いっている。王はその流れに任せた。暫し落ち着くまで言葉を待ってから、王は続ける。

「そして目出たく魔王は打ち取られ……いや、消し炭になったが、ともかく、我が国は救われた。よって、ここに我、ダレノカレ14世の名において、彼等に、神に、支払いをせねばならんのだ!!」

 カカァ!!っと背後で効果音が流れそうなほどの表情で王が強く言い切った。

「さぁ勇者達よ!」

 バッとマントを羽ばたかせる勢いで王は立ち上がり、慇懃にユーディンへ語りかける。

「その支払いの額を言うが良い!!」


「3420億Del(デル)です」


「ん?」

 王は聞き違えたと思った。

 

「3420億Del」


「は?」


 ユーディンが王に近づく。

 鼻先に息が掛かる距離だった。


「3420億Del、です」




 王国の通貨単位はDelという。

 日本円換算で、1Del約80円。

 つまり、日本円換算で、27.36兆円の額である。


 

「ほへ?」

「払って頂けますね?」


 ユーディンは、城に来た時と同じのっぺりとした笑顔を浮かべていた。



 あ、これ、そういうヤツでしたか。

 と、サー・オブライエンは、始めに自分が感じた胡散臭さに納得した様に手を打った。





 神聖軍と王国間の契約書(改訂版)


第一条(契約の目的)

本契約は、王国の平和と安定を守るため、神聖軍による魔王討伐の支援を受けることを目的とする。


第二条(支援の内容)

1. 神聖軍は、王国からの要請に基づき、魔王討伐のための軍事支援を行う。

2. 支援の範囲は、魔王及びその配下の魔物の討伐に限定される。ここでいう「魔物」とは、人類に敵対する人工物を含む生命体であり、容姿や形状によって決まるわけではなく、人語、あるいは独自の言語を使用できる知的生物を指す。


第三条(対価の支払い)

1. 王国は、神聖軍の支援に対する対価として、金銭を支払う。

2. 支払いは、討伐成功後777分以内に行われるものとする。

3. 対価の額は、討伐の成功度合いに応じて、以下の算定基準に基づき後日算定される:

総額= (時間費用率×総時間) + (魔物数費用率×魔物の数) + (武器魔法費用率×使用武器魔法の種類数) + 損害回復費用+ リスク手当

4. 対価の総額は、討伐に関わる神聖軍の人件費、物資費、及びその他の経費を含む。


第四条(クーリングオフ期間)

王国は、契約締結後72時間以内であれば、本契約を無条件で解除することができる。


第五条(未成年者の契約取消権)

未成年者が保護者の同意なく本契約を締結した場合、保護者は契約全体または当該部分を取り消すことができる。


第六条(契約の解除)

1. 本契約は、魔王討伐の成功をもって終了する。

2. 討伐が不成功に終わった場合、本契約は無効となる。不成功の定義には、魔王の機能が一時停止後に再確認される状況や、その可能性が否定できない場合を含む。これは、魔王が物理的または形而上学的に存続し、直接的、間接的、または予期せぬ方法で活動を再開することを意味する。


第七条(秘密保持)

本契約の内容は、双方の合意がある場合を除き、第三者に開示してはならない。


第八条(契約の有効期間)

本契約は、王国及び神聖軍の代表者が署名した日から発効する。


第九条(附則)

本契約に定めのない事項については、双方の協議により決定する。


ア・トサーキカンガ・エーヌ王国 国王 ダレノカレ14世✌️

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