catching shooting stars
「お姉さんも星を捕まえに来たの?」
公園のベンチに座って物思いにふけっていると、不意に言葉をかけられた。
振り向くと、ベンチの脇に男の子が立っている。
座っている私とほとんど同じ高さの目線……ずいぶん小柄だが、いくつだろうか。
「君、一人なの? お父さんか、お母さんは?」
この公園は住宅地からも離れたところにあり、夜は全く無人になる。大人の私でさえ少し怖い。そこに、せいぜい三年生くらいにしか見えない子供が夜中に一人でいるなんて、親は何をしているのか。
「一人だよ。お父さんもお母さんも病院にいるんだ」
無邪気に返してくる様子に、私は自分の質問の無神経さを悔いた。
顔色を変える私にはお構いなしに、その子はもう一度質問を繰り返した。
「ねえ、お姉さんも星を捕まえに来たんでしょ?」
「私は……ちょっと疲れちゃったから、休憩しに来ただけよ。あの、星を捕まえるって?」
そう答えると、男の子は呆れた顔をした。大人の癖にそんなこともわからないの? と書いてある。
「流れ星を捕まえて大事に持っていると、どんな願い事でも一つ叶えてもらえるんだ」
そう言われてみると、確かに男の子は、小さな虫取りカゴを腰に下げている。
「流れ星に向かって三回願いを唱えられれば叶うっていうのは聞いたことがあるけど……」
だいたい流れ星なんて、本当に地表に降ってきているわけじゃない。子供向けの童話で読んだのか、誰か身近な大人にでも揶揄われたのか。
「うーん、それも嘘じゃないけど」
男の子は難しい顔をして見せた。大人相手に講釈をたれるのが嬉しいらしい。
「流れている間に三回言える願い事なんて、早口言葉の達人じゃなきゃほとんど無理じゃん? でも、星を捕まえたら、早口言葉が出来なくても願いが叶うんだよ」
「そうなんだ」
この子はたぶん早口言葉が苦手なんだろう。子供の夢を向きになって否定することもない。
「あっ、信じてないでしょ?」
「信じてる信じてる」
「そう?」
男の子はいつの間にか、私の隣に座っている。足をぶらぶらさせながら、真っ暗な空をひたすら見つめている。
私もつられて空を見上げた。暗い暗いとばかり思っていたのに、そこには無数の輝きがある。星って、白だけじゃないんだ。赤、青、黄色……さまざまな色の光が瞬いている。
自分の持っていた悩みが、ちっぽけなものに思えた。仕事の失敗の責任を取らされて降格し、恋人にも振られ、ここに来たときは、死にたいくらいに塞いでいたのに。
もし今流れ星を見つけられたら……私は何を願うだろうか。
地位、お金、恋人……なんだか、そんなもの、本当は欲しくないのかもしれない。
「あっ」
空に一筋の閃光が走る。それと同時に彼が走り出した。星の流れた方向の草むらで、一生懸命探している。
見つかるわけない。流れ星は、宇宙のゴミだ。ここから途方もなく離れたところで、燃え尽きてしまっているはずだ。
それでも、見つかってほしい、と思った。一生懸命草むらでゴソゴソしている彼ががっかりするところは見たくなかった。
「あった!」
彼が高だかと手を振り上げる。
「えっ、ほんと? 見せて!」
思わず駆け寄ると、彼は誇らしげに掌を開いて見せた。
「ほらっ!」
「え、これ……コンペイトウ?」
そこには、大きい緑のと小さいピンクのと、二つのコンペイトウが寄り添っていた。
「途中で割れちゃったみたい……お姉さんに、小さいの上げる」
ピンクのコンペイトウをぼんやりと受け取った。
「あ、ありがとう」
「ケースか何かに入れて、毎日話しかけてあげるといいんだって」
虫取りカゴに緑のコンペイトウをおさめ、手を合わせる。
「どうか、妹が無事に生まれてきますように!」
ああ、それが彼の願いなのか。だから一人で、こんなところまで来たのか。
知らず笑みがこぼれる。
「星、捕まえられてよかったね」
「うん!」
「もう遅いから、帰ろうか。途中まで一緒に行こう」
「うん!」
虫取りカゴの中のコンペイトウが足音に合わせてカラカラ音を立てる。
満面の笑みの彼の手を取って歩きながら、私もピンクのコンペイトウにそっと祈りをささげた。
彼の妹が、無事に生まれてきますように、と。
2013年09月24日 00:08
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