シュレディンガーの猫なリフレイン
神在月ユウ
リフレイン
「高見君、シュレディンガーの猫って知ってる?」
黒いサラサラの長髪を揺らす先輩が、僕に向かって微笑む。
「しゅれ……なんです?」
僕は馴染みのない言葉に首を傾げた。
部室の机に腰かける先輩は、クスリと笑う。
「量子力学に関する思考実験よ。箱の中に、放射性物質と
博識な先輩は、僕にもわかるように説明してくれる。
「放射線が出る確率が50%となる場合、猫の生死の確率は、箱を開けてみるまで、50%ずつ共存しているの」
先輩はわかりやすく説明しようとしてくれるが、ちょっと難しい。
「ちょっと、難しかったかしら?」
「え、あ、すみません……」
「フフ」
小首を傾げながら、凛々しくも聡明な微笑をたたえる先輩に、思わず見入る。
「高見君、この前告白してくれたでしょ?」
そう、僕は先週、この先輩に「付き合ってください」と告白した。
でも、返事はまだもらっていない。
「返事、まだしていないじゃない?」
そう、だから、僕はもやもやしている。
てっきり、この
「なんだか、同じような状況だと思わない?」
先輩は普段からいろんな本を読んでたくさんの知識を持っている。
それ故の余裕か、先輩はいつも高みから僕を見下ろしているように思える。
しかし、不思議と不快ではない。
それだけの雰囲気を先輩は持ち、僕に向けている。
「まだ告白の結果が出ていない、わたしと高見君が恋人同士になる確率50%」
僕はごくりと喉を鳴らす。
「このままただの先輩後輩でいる確率50%」
思わず胸が苦しくなる。
「さて、結果はどうなるかしら」
いつもミステリアスな先輩は不敵な笑みを浮かべ、僕を見やった。
「で、いつまで昔の思い出に縋ってんだよ」
久々に実家に帰ってきた弟に高校時代の思い出話を聞かせたら、そんなことを言ってきた。
「なによ、いいじゃない。わたしの輝かしい栄光のロードよ」
「厨二くさい言い方やめろ」
生意気な弟は、大きなため息を
せっかく、後輩の高見君の演技まで完璧にこなせたというのに。
「つーか何年前の話してんだよ」
再度、弟がため息を
「高校の頃だから……30年前?」
わたしは自室のベッドで横になったまま、着慣れたグレーのスウェットの上から尻を掻き、頭の中で年数をカウントした。
いや、本当に懐かしい。
「いつまでも独り身で実家に……」
「釣り合う男がまだ現れてないだーけ」
呆れ顔の弟の言葉に、わたしはスマホを取り出して弄る。
「何してんだよ」
「マッチングアプリ」
またも、弟のため息。
幸せ逃げちゃうぞー。
「わたしに釣り合う30くらいの高身長イケメン年収2千万以上の王子様探してんの」
「誰が選ぶんだよ、こんなアラフィフでデブで無職の女」
失礼な。このわたしのワガママボディを前にデブとは。
豊満なバストに魅惑のヒップラインだぞ?
「だいたい、無職じゃなくて家事手伝いよ」
そこも、しっかりと訂正しておく。事実無根だ。
こんな話をしていると、急にお腹が空いてきた。
「おかぁさーん、お腹空いた~!」
本日何度目かわからないため息が、弟から漏れる。
そんなことより、アプリに戻る。
他人より頭のいいわたしは、高校・大学卒業後も世間から理解されることなくこれまで過ごしていたが、本来魅力的な存在なのだ。
学生時代もおどおどする後輩を手玉に取り、可愛がってあげた。
告白された結果は、2週間引っ張って、フっちゃったけど。
わたしは新しく登録したアプリにプロフィールを打ち込んでいく。
「にじゅうごさい、え~っと、りょうりが、とくいです、っと」
弟が黙って部屋から出ていった。
ため息はなかった。
うん、いいことだ。
それはそうと――
「おかぁさーん、晩御飯なーにー?」
あと30分くらいでできるであろう夕食のことを考えながら、プロフィールの続きを打ち込んでいった。
シュレディンガーの猫なリフレイン 神在月ユウ @Atlas36
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます