第10話 女神フォーティリアとスキルの謎


 微睡みの中にたゆたっていた意識が覚醒してゆく。


「ここは……どこだ?」


 俺は確かブッチとの戦いで力を使い果たし……っていうか、審議のスキルが切れて気絶したんだっけ?

 

 俺は開けてきた視界で周辺を見渡す。

 物語的には”見知らぬ天井だ”がやりたかった所だが生憎天井が無い。

 

 無い所か空はどこまでも広く青空が広がっている。床には真っ白な雲の絨毯が一面に敷き詰められている。触る手の感触はフカフカだった。


「俺はまだ……夢を見ているのか?」


「……これは夢であり、現実でもあります――ようこそ神界へ」


「うわっ!?」


 突如、気配を全く感じなかった後ろから声がし、俺は振り向き様に驚きの声を上げてしまった。


「フフ、驚かせてしまいましたか? 私は緑と豊穣を司る女神、フォーティリアと申します」


「……ふぉーてぃりあ……様?」


 見上げる視線の先にいたのはまさしく自身が言うように、正しく女神であった。


 あの名も知らぬお金持ちの少女も女神であったが、それはあくまでも人間基準であった話だ。

 

 この目の前にいる女性は、人間の美という理から外れている。語彙力のない俺がもどかしい。


 美しい、綺麗だなどでは形容すらできない埒外の存在。その女神様が俺の眼前で後光を背に優しく微笑みを携えていたのだ。


「フフフ、そこまで思われたら悪い気はしませんが、私は美の女神ではありません。もしリベロさんが美を司る女神ラウレイアに会ったら、卒倒してしまうかもしれませんね」


 フォーティリア様が恐ろしい事を仰った。


 この信仰心篤い国に住んでいるので、美の女神ラウレイア様の事は当然知っている。美だけでなく、芸術や音楽の女神様でもあり踊り子をはじめ、貴婦人やその分野の文化人などに広く篤く信仰されている存在。


 緑と豊穣の女神でもあるフォーティリア様がここまでお美しいのだ、美を司るラウレイア様に至っては最早想像すら出来なかった。本当にショック死するかもしれない。


「……あれ? 女神様がいるという事は、ここは天国……? という事はショック死する前に俺、もしかして死んだんですか?」


「大丈夫ですよ、あなたは死んでいません。気絶したので少し説明をする為に、魂を神界へ呼び込ませて貰いました」


「神界……へ? そういえばさっきから俺の心の声もダダ漏れだったような……?」


「申し訳ありません。心苦しいのですがこの神界に人間が来ると、私達には思考が聴こえてきてしまうのです。この作用ばかりは私達でもどうする事もできませんので、何卒ご承知おき下さいませ」


 フォーティリア様が俺に対して礼を尽くす。俺は存在がちっぽけな人間だ。あの戦いだって、スキルやセバスさんの力がなければどうにも出来なかった。

 

 俺が孤児院を守ると偉そうな事を言っていても、結局は守られる側の男だった。そんなひ弱で矮小な人間である俺に神である御方が頭を下げている。


「あ、あの大丈夫ですから……俺なんかに頭を下げないで下さい」


「フフ、あなたは噂通り、お優しい人なんですね」


 フォーティリア様が俺に微笑みかけてくれる。


 何の取り柄もないから、人に優しくはあれとは心掛けてはいるつもりだが、女神様に直に目の前で言われるとこそばゆいものがあるな。もちろん悪い気はしない。


「ああ、私の事はリアと呼んで下さい。長くて言い辛いでしょう?」


「あ、いえそんな……そ、それじゃ、お言葉に甘えまして――リア様」


 女神様を愛称呼びなんて不敬どころじゃないが、ご本人が言っているんだ。

 問題は無いハズ……だが神職の人の前では止めておいたほうが無難だろう。


「さて、本題なのですが……リベロさん、あなたのその脳内にあるスキルの件です」


「俺の脳内のスキル……ですか?」


「はい。そのスキルははっきり言って、私にも理解ができないものなのです」


「……リア様にも理解ができない?」


 女神であるリア様にも理解ができない……俺はリア様の顔を見る。片手で肘を支え、もう片方の手で頬杖を付いている。表情もとても困った顔をされていた。


「私達神は神気がある所ならば、人間や動物の思考を読み取る事は可能です。ですが、あなたの脳内に住み着いたというスキルは、全く干渉できません。思考も何もかも理解ができないのです」


「……えーと、申し訳ありません。このスキルって、リア様が授けてくださったものなんですよね?」


「通常ならそうなのです。実は本来あなたには”緑の癒し手”という農作物が良く育つスキルを与える予定だったのです」


 緑の癒し手……おおっ! 農夫である俺にこれ以上ふさわしいスキルがあるだろうか! これだよ、これ! 俺が求めていたスキルはこれだよ!!! ……ん? でも何で変わったんだろうか……?


「あ、えー、な、何で予定が変わったのでしょうか?」


 言葉に出さなくても俺の思考を読んでいるリア様なら、分かってくれていると思うのだが、俺は敢えて聞いてみたのだった。


「……非常に申し上げ難いのですが、それは私の父である創造神ナユタが勝手に付けてしまったんです……」


 え? い、今、創造神様って聞こえてきたが……空耳じゃないよな?


 創造神ナユタ様と云えば、この世界を創造せし始まりの神であり、多くの妻である女神様との間に子供である神々を授かりハーレム神としても有名だ。


 今目の前にいるリア様も子供の一柱で、確か正妻の良妻賢母と幼馴染みを司る女神アイリ様との三番目の子供だというのを、昔絵本で読んだ事がある。

 

 ……自分で言ってて何だが、幼馴染みを司るって昔から良く分からなかったな。きっとツッコんでは負けな気がする。


「勝手にという事は、リア様の意思に反して……という事ですよね?」


「その通りです。あなたのそのスキルは父の故郷である地球という、異世界の匿名掲示板というものから発祥したネットミームの一つ、AA審議中というものらしいです」


「……申し訳ありません。不勉強なもので、リア様が仰った言葉が俺には何一つ分かりません……」


「ええ、私も自分で言っていて良く分かってはおりません――そうですね……この世界風に言うのであるならば、以前流行した”騎士の落書き”が意思を持った、という所でしょうか?」


 リア様が俺に同意を促してくる。ああ、なるほど。あの騎士の落書きか、それなら何となく理解が出来た。


 実は十年程前、王都を中心にある物が大流行した事があったのだ。それがリア様が仰った”騎士の落書き”事件だ。

 

 ある脳筋の騎士さんが居た。その人は普段は外回り専門の部署で働いていたのだが、その日は運悪く休んだ同僚の代わりで内勤になったそうだ。


 当然内勤なんて向いていない脳筋の騎士さん。暇を持て余し、うっかり提出する重要書類に落書きをしてしまった。


 消せば良かったのだが、さらにうっかりしてそのまま提出。当然上司の知る所になるのだが、ここでさらなる不幸が襲う。

 

 その上司がいる場所に新聞社の記者が偶々同席していたのだ。


 その記者も騎士さんの落書きを知る事になるのだが、ここで思いもよらぬ事が起きた。


 その落書きを面白がった記者が悪ノリし、新聞記事にして載せたのだ。

 

 ここでまたしても騎士さんには驚愕の出来事が起こる。


 只の落書きだったのだが何故か民衆の歓心を買い、王都を中心として大流行をし、数多くの関連グッズなどが大量に生産され出回ったりしたのだった。

 

 かくいう俺も実はそのグッズを持ってたりする。

 当時は五歳で、そういうものに目が無かったから仕方がない。


 これが”騎士の落書き”事件のあらましである。ちなみにその件の騎士さんはどこぞの部署へ飛ばされたとか何とか、出入りの商人さんに聞いた……可哀想過ぎる。


 閑話休題


「なるほど……大体分かりました。それで今からでもこいつらを外して、緑の癒し手を貰えてたりとかしませんでしょうか?」


【教育的指導】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

         ⊃[電撃ビリビリ]⊂


「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばぁぁっっ!!!」


「だ、大丈夫ですか!?」


 リア様が突然、俺を襲った電撃に驚き声を上げる。


 ええ、問題ありません。もう慣れたものですよ、あっはっはっはっは!

 

「ええ、大丈夫でっす!」


 俺は口から煙を吐き、再びアフロになった頭と煤が付いている顔に笑顔を称え、親指を上げながらリア様にそう答えた。

 

 まあ正直、神界までこいつらが付いてくるとは思わなかったんですが。居たんだね、お前ら……。

 

【一蓮托生】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

        ⊃[ずっと一緒]⊂


 ずっと一緒か……ほんの少し前なら確実にお断りをしていた所だが、何故だろうか今はそんなに嫌じゃ無くなっている俺がいる。


「リベロさんが脳内でスキル達とどんなやり取りをしているのかは存じませんが、その様子ですと今は良い関係性みたいですね。安心しました」


「まあ、良い関係かは分かりませんが、こいつらに大分助けられているのは事実です」


「そうですか、それは良かったです。スキルとは基本的に、その人の手助けになるべきものですから――ちなみにそのスキルの正式名称は”脳内ジャッジ”と言います」


「脳内ジャッジ……ですか」


「ええ、私の父がそう命名しました。父曰く『この世界でそのスキルに、もっとも適した人物を選んだ』そうです」


「それが俺……という訳ですか?」


 俺はリア様の口から聞いた創造神様の言葉に少し絶句をしながら、返答する。


 選ばれたのは嬉しいが、俺は平凡な農夫だ。正直何故俺が? というのが頭によぎる。


「父はたまに人間に試練を与える事があります。但しこれは、乗り越えられる試練である事が前提条件です。これが試練かはまだ判別は付きません。ですが、この脳内ジャッジのスキルと共に、意味があるものだと私は確信しております」


「試練……」


「……申し訳ありません。もう少しお話をしたかったのですが、どうやら時間が来てしまったようです」


 リア様がそう仰ると、真っ白い空間だったこの場所が暗転し、黒い霧が霞がかったようになる。


「え? あれ?」


「目覚めの時が来たようです。どうかあなたの未来に、祝福があらん事を――」


 呪文のような文言を最後に俺へと投げ掛けられると、リア様の御姿が蜃気楼のように消えていく。


 それと同時に身体が重力に引き寄せられるような感覚に陥り、下へと落ちていった。そして俺の意識はまた途絶え、虚無の世界へと旅だったのだった。



______________________

ここまでお読み頂きありがとうございます!


残り二話、エピローグの前後編で完結です。是非、最後までお読み頂けたら幸いです!


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