第9話 剣と拳、二対の決闘
――時は少し遡る
リベロが少女にハイポーションを口に突っ込まれていた頃、セバスと呼ばれた紳士とボンズは決闘の為、外に繰り出していた。
「剣をどうぞ」
「……フンッ」
セバスが放り投げ、外の地面に刺さっていた剣を引き抜きボンズに投げ渡す。それを空中でキャッチしたボンズは、不満そうに鼻息を鳴らした。
「どうでも良いのですが、そこでのたうち回っているお味方は宜しいのですか?」
「……そんな奴は味方でも何でもない。弱い雑魚に興味はないのでな」
「そうですか。では、時間も惜しいので少しばかりお相手を致しましょう」
ボンズがセバスに言われ、痛さで転げ回っているブッチを一瞥し、捨て台詞を吐く。
セバスはその言葉にまるで興味のなさそうな素振りで、ボンズに応答するのだった。
「調子に乗るのも今のうちだ、おっさん。小僧との戦いで俺はまだ、スキルすら使用していなかったのだからな」
「そうですか。正直あなた程度がスキルを使おうと使うまいと、私は興味が一切ありません。負ける気は全くしませんので」
「貴様!? どこまで俺を虚仮にすればっ!」
ボンズがセバスの言葉に逆上し、今にも飛びかかりそうな勢いで詰め寄るが、それをセバスが片手で制す。
「私達は口喧嘩をしにきたのですか? 違うでしょう? 剣士ならば己の剣で、私の言を覆してみせなさい」
「!?……良いだろう、目にもの見せてくれる!――ポルトリア流剣術七代目宗家、ボンズ・ポルトリア」
「? 道場の宗家たる者が、このような暴虐。弟子に恥ずかしくはないのですか?」
「フンッ、既に我が道場など無い! あるのはカビの生えた肩書きのみ。構えろ!」
「…………我流、セバスティアン・グローデン」
二人は決闘の正式なスタイルで名乗りを上げ、お互いに剣を構える。そして互いの剣先が交互に重なり合った時、同時に口上を口にした。
「「闘争の神に誓う! 我、命を失すともこの決闘に意義は唱えず!」」
言い終わると二人の身体が一瞬光に満ち、闘争の神に祝福された事が示されたのだった。
雲に隠れていた満月が再び姿を現し、二人を観劇の主役ともいうべく照らし出す。
一陣の風が吹き、木の葉がひとひら地面へと舞い落ちた数瞬、幕は切って落とされる。
「「 いざ、参る!!!」」
◇ ◇ ◇
――そして現在
少し離れた場所ではセバスさんという人とボンズとの剣戟が聞こえていた。俺はブッチに歩を進めながら、二人を見る。剣の事は何も知らないが、セバスさんが圧倒しているのは理解が出来た。
俺が手も足も出なかった相手に、終始圧倒しているという事実。俺はこの時、無事に帰れたならある事をしようと密かに心に決めていた。
「……よう、ブッチ。随分と様変わりしたじゃねぇか?」
オーガのような形相で憤怒しているブッチに歩み寄ると俺は、半分挑発するような口調で声を掛ける。
「っ!?……オマエ! コロス!!!」
振り向き様に俺の姿を見留めると、躊躇なく物騒な言葉を口にし、間髪入れずに拳を振るってくる。
かなりブッチの奴に嫌われているらしい。
「おっと、あぶねぇ!……流石にスキルの影響か? 俺と同じで身体能力がマシマシって感じだな――っと、リミットはどの位だ?」
【怒髪天】(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)
⊃[残り5分]⊂
ちょうど五分か。
俺のスキルの制限時間が来るのが先か、ブッチをブチのめすのが先か……ふぅ。
脳内スキルの影響とはいえ、俺はいつの間にこんな戦闘狂になったんだろうな。俺はただ普通に暮らし、静かに畑を耕して農作物を作っていれば、それで幸せだった。
それが昨日までの俺。そして今日――俺は今、目の前にいるゴツくてでかい奴との殴り合いを嬉々として受け入れている。
さあブッチ、真っ向勝負の殴り合い、始めようか!
「ウガァァァァッッ!!!」
ブッチが両手を組みハンマーのようにして大きく振り上げたかと思うと、俺の脳天を目掛け素早く振り下ろしてくる。
「フッ!」
俺はそれを素早くかわすと、ブッチのがら空きの後ろに回り込む。
奴の空ぶったハンマーもどきは、轟音と共に地面を陥没させ、衝撃の凄まじさを物語っていた。恐らく身体能力を強化している俺でも、直撃されれば只では済まないだろう。
だがそんな情景すらも、今の俺は動じない。更にここぞとばかりに反撃に出る。
「おらぁぁぁっっ!!!」
利き腕である右の拳を強く握りしめ、ブッチの後ろから脇腹に向け弓なりのフックを打ち込んだ。
「グォォォッッッ!?」
打たれたブッチは効いたのか、片膝を付く。
衛兵のおっちゃんから、人体の急所を教えて貰ったのが役に立った。色々あるらしいが脇腹付近にある腎臓への攻撃は相当に効くらしく、歴戦の猛者であろうと悶絶する痛みだと教わった。
だが俺の攻撃は、一撃必殺とはいかなかったようだ。奴の分厚い筋肉とバーサーカースキルで強化された肉体に邪魔され、弱点である腎臓には届かなかったらしい。
「ガァァァッッ!!!」
油断していたからか、俺は逆にブッチの反撃を食らう。右腕を後ろに振り回し、裏拳を放ってくる。俺は咄嗟に空いている左腕を出しガードするが、致命的な体重差に圧倒されて為す術もなく、後ろへ吹っ飛ばされた。
「っつぅ!!!」
ガードした左腕の痛みが半端じゃない。幸い骨は折れていないようだが、痺れて感覚が無くなっている。そこへ奴の追撃がきた。俺が潰した左手首を庇う為なのか、走り寄ってきた勢いをそのままに飛び蹴りを仕掛けてきたのだ。
「ウガァァァァッッ!!!」
俺は咄嗟に転がりそれを回避する。ブッチが俺という目標を見失い、地面に身体が突き刺さった頃再度地響きが鳴り渡り、もうもうと立つ土煙が消えた先を見ると、先程よりも大きな陥没した地面が形成されていたのだった。
「うおぉぉぉっっ!!!」
俺はチャンスと思い、ブッチの起き上がりを待たずに懐に飛び込む。だが奴はそれを見越していたのか、地べたに座りながら振り向き様に、右腕でパンチを放って来る。
「ゴアァァァァッッ!!!!」
「うらぁぁぁっっっ!!!」
俺の放った右ストレートの拳と、振り向き様に放ったブッチの右拳が真っ向から互いにブチ当たる。その瞬間、爆発したと思われるような衝撃が俺達二人を包み込む。
重なった拳を起点にし、空気が反発したかのような振動が襲い、破裂して爆ぜた。
その共鳴した力の波動故か、陥没した地面がさらに地鳴りと共に陥没し、深く沈み込む。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」
「グガァァァァァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
いつの間にか立ち上がっていたブッチはスキルの影響か、潰れた左手首の拳も厭わずに俺に向けてパンチの連打を浴びせてきた。
俺はそれに応じるように奴が繰り出す拳に併せ、同じようにパンチを放つ。
お互いの拳が激突する度、どちらともなく血が吹き出し地面に散っていく。衝撃波と打撃音も重なり、月下に拳撃の咆哮が木霊する。
傍目から見たら子供の喧嘩染みているかもしれない。不格好な喧嘩。脳筋同士の打ち合い。華麗な技もへったくれもない只の殴り合いだ。
だがそれで良かった。俺にはボンズやセバスさんのように剣を扱う技術なんて無い。決闘における小手先の技なんてのも農夫をやっていたんだ、知る訳がない。あるのは多少、人より頑丈なこの身体だけ。
だから俺は今だけは、ひたすらブン殴る!
目の前のこいつを、ブッチを叩きのめす!
【怒髪天】(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)
⊃[残り1分]⊂
脳内に制限時間が迫っている事が表示される。
俺は今も恐怖に怯えているであろう、シンシアや子供達の顔を思い浮かべる。
『貴方は守りたい者があるから、ここに居るのではなくって?』
先程、少女に言われた言葉を心の中で反芻する。
そうだ。俺はもう只の農夫じゃいられないんだ。我ながら感傷的だとは思うが、みんなの居場所を守りたいと強く願ってしまったんだ。
「うおぉぉぉっっ!!! おらおらおらおらおらぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
俺は殴打する拳を更に加速させた。次第にブッチの手数を上回り、奴の身体に拳を叩き込めるようになってゆく。
「グアッ!? ゴガァァァッ!!??」
ブッチのパンチが弱まり始めると、俺はその隙を見逃さなかった。拳を眞下から突き上げるようにしならせ、繰り出す。
「ここがまたガラ空きだ!」
急所の一つである鳩尾に渾身のボディーブローを叩き込む。
「グボェェェェッッッ!?」
打ち込んだ瞬間、奴の身体は一瞬宙に浮き体勢も九の字に折れ曲がり、胃液という名の汚物が口から吐き出される。
ブッチにしたら晴天の霹靂だろう。一度ならず二度までも急所にブチ込まれたのだ。
流石の奴も、再度のダメージは大きかったようだ。吐き出す汚物も無く、粘り気のある緑色の液体が口から漏れている。
ブッチは腹を押さえながら、前屈みになり悶絶していた。
俺はここに勝機を見出だす。
地を蹴り、奴の背を遥かに越える高さまで飛び、ブッチが最初に放った技を応用し、両手を組んで有らん限りの体重と重力を乗せ、それをハンマーの如く振り下ろしブッチの後頭部に叩き込む。
「うおぉぉぉぉぉぉっっっ!!! これで終わりだぁぁぁっっ!!!!」
「ガアァッ!?」
叩き付けた瞬間、爆音と共にブッチは顔面から地面にめり込んでいった。
再度地面が抉れ土煙が立ち込める中そこに居たのは、うつぶせの状態で気絶しているブッチと、かろうじて立っている俺だった。
「……はぁはぁはぁはぁ」
俺は肩で息をしながら気絶したブッチを見下ろす。
一瞬死んだのか? と焦ったが、微かに後背が上下し呼吸をしているのを見て安堵する。
流石にどんなに悪党だろうと、人を殺す蛮勇を今の所俺は、持ち合わせてはいない。
だが、俺もやっぱり闘争心は溢れる男だったらしい。
この高揚感を抑えきれなかったのだ。おもむろに両腕を真上に突き出し、月夜に光る満月に向かって雄叫びを上げた。
「うおぉぉぉぉぉっっ!!!!! 勝ったぞぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
それはシンシアや子供達、あの少女とセバスさんに向けた俺なりのメッセージだったのかもしれない。
俺が発した咆哮は、夜空の虚空に吸い込まれていったのだった。
【悲報】(´»›ω‹«`)(´»›ω‹«`)(´»›ω‹«`)(´»›ω‹«`)
⊃[時間切れ]⊂
そこへ脳内スキルが姿を現す。
……また激痩せしてんじゃねぇか!
どうした!?
「……あっ?」
脳内に写し出された言葉を読み取っていると、俺の身体に異変が生じる。
急に身体全体に力が入らなくなり崩れるようにして俺は、仰向けに倒れ込んだ。
……もしかしなくてもこれって、スキルの反動というヤツなのか?
【正解】(´»›ω‹«`)(´»›ω‹«`)(´»›ω‹«`)(´»›ω‹«`)
⊃[ピンポーン]⊂
……”ぴんぽーん”って何だ?
全く、最後まで俺らしいというか何というか……ハハ、締まらないな……。
俺は煌々と光る夜空の満月を見つめながら、意識を暗闇の中へと沈めたのだった。
◇ ◇ ◇
「……どうやら向こうも決着が付いたようですね」
「……こ、殺……せっ!」
リベロの咆哮がした頃、もう一対の剣による決闘も勝負が付いていた。
満身創痍で地に伏しているボンズに対し、汗一つ掻いていないセバス。
もはや誰が見ても勝者がどちらなのかは、明白であった。
「昔の私ならいざ知らず、今の私は不殺を是としていますので、殺しません」
セバスの言葉に目を見開き、落胆と怒りの表情が顔に滲む。
「……き、貴様……も……お、俺の……し、死に……場所を……う、奪…のか……」
その言葉を最後に意識を断絶させるボンズ。
「……さて、ナイト殿を回収して、お嬢様と合流致しましょうか」
ボンズを見下ろしていたセバスは月を見上げ、そっと言葉を呟く。
先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、今はただ静寂だけがこの場を支配していたのだった。
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