第3話 シンシアの過去


 人で賑わっていた市場の通りを抜けた俺達は、それとは対照的な町外れにある寂れた場所に辿り着く。そこに有ったのは、大きいが一件の朽ち果てそうな屋敷だった。


「着いたわ。ようこそ、私達の孤児院へ」


「孤児院?」


 なんとシンシアが家と言っていたのは、孤児院の事だったらしい。道理で俺のような奴を迎え入れてくれる訳だ。

 

 そしてようやくここで待ち望んだ通り、身体が俺の自由になる。


「フフフ、リベロが頭の中で考えている事は何となく分かるわ」


「えっ!?」


「私が不用心だと思ったんでしょ?」


「あ、ああ。そ、そうなんだよ! 良く分かったな、シンシア」


 彼女が頭の中と言った時、奴等の事がバレたと思い一瞬焦ったが、そうではないと知り安堵する。と、同時に彼女が俺を気安く招き入れた事に対して得心がいったのだった。

 

 孤児院と云う位だ、大勢の子供達と住んでいるのだろう。

 

 そしておもむろに俺は、目の前に建つ孤児院と言われた建築物を見る。うん、申し訳ないのだがはっきりいって本当にボロい……あばら屋と形容した方がしっくりくる。窓は所々割れており一応、怪我をしないようになのか内側から板で覆ってあった。

 

 屋根も穴が空いていてきっと雨漏りが酷いのだろう。壁はもっと悲惨で、穴が空いた箇所に木の板を無造作に打ち付けただけの修繕が施してあった。隙間風が凄そうだ。

 

 外観でこれでは中の様子は容易に推察できる。


「……ビックリしたでしょ? 余りにボロボロで」


「え? あっ、お、おもむきがあっていいな!」


「フフ、いいのよ正直に言って。リベロは顔に出易いから直ぐに分かるわ」


 俺はシンシアにおもんぱかり口を濁したのだが、彼女にはお見通しだったようだ。

 そんなに俺って顔に出てるの?

 

 彼女は両手で顔を触る俺をにこやかに見つめた後、重い口を開き語ってくれた。 


「……半年程前にね、ここの院長だったポーラ先生が亡くなって、私が後を引き継いだの」


「亡く、なった……?」


「そう……でも老衰だったから。長い間私を含めて、沢山の子供達に愛情と慈しみを与えて下さったわ。読み書き算術も一通り教えてくれた全員のお母さんだったの……」


「そう……だったのか……ん? 今、私も含めてって言った?」


「ええ、私はこの孤児院の出身なのよ」


 そう言ってシンシアが話してくれた内容はこうだった。

 

 十歳の時に偶然、辺境伯のお嬢様と知り合いになった。年も同じで、気の優しいシンシアの事を気に入ったお嬢様は彼女を専属侍女として辺境へ連れて帰ったのだという。

 

 これが今から五年前の出来事。

 

 それから四年余り、メイドとしての仕事と行儀作法などを身に付けつつ過ごしたシンシアは、孤児院から一通の手紙を受け取った。


 その手紙には院長であったポーラ先生の容態が芳しくない、と書かれていたそうだ。

 そこで彼女は雇い主である辺境伯とお嬢様にお暇を貰い、孤児院に帰って来たのだという。


「院長先生は長年ここで孤児達を送り出したんだろ? 他の卒院した人は?」


「……連絡はしたけどダメだった。みんな結婚して家庭を持っているか、国外にいるか、既に亡くなっているかだったわ」


 シンシアは首を横に振りつつ、俺の問いに答える。

 

 この世界の結婚年齢は早い。それこそ成人と同時に結婚し、家庭を持つ人もいる。大体二十歳前後で結婚するのが普通だ。まあその分、平均寿命も六十歳位と短いのだが。


「卒院者で連絡が取れる独身の女性は私だけだったの」


「男の卒院者は?」


「ダメ。独身の人もいたけれど、家事育児とか一切出来ない人達ばかりだった」


 男でも俺みたいに家事が出来る奴は当然いる。だが圧倒的に数は少ない。家事育児は女性がやるものだという固定観念があるからだ。

 

 俺は両親が畑仕事で忙しい為に、小さい頃から弟妹の面倒を見つつ家事をこなしていたから苦じゃないがな。


「うーん、でも確か孤児院って、お手伝いさんとかいなかったか?」


「居たわ。でもお給金が払えなくなってしまったから……」


「金が払えない? こういう所って、領主様とかから補助金が出てるはずだろ?」


「……補助金は…………ポーラ先生が亡くなった直後に、打ち切られたの……」


「ハァッ!? 打ち切られただって!?」


 シンシアの衝撃的な証言に、俺は思わず絶句した。何故なら平均寿命が短いこの世界に於いては国の差異はあれど、次代を担う子供達は未来の宝なのだ。その子供達を孤児だからといって、無下な扱いをするなど国が許容する訳がない。


「私もおかしいなと思って領主様のお屋敷にお伺いを立てたのだけれど、門前払いされてしまって会う事すら出来無かったわ」


 その後の事もシンシアは色々話してくれた。


 商業ギルドから業務提携で派遣されていたお手伝いさんは、給金が払えない為に当然だが契約は打ち切り。


 ただそのお手伝いさんは良い人で、その人の家に行くと時々クズ野菜なんかを無料で分けて貰えるとか。また肉屋のおじさんも親身になってくれて、いつも新鮮なお肉を安く分けてくれるそうだ。実は今日もその帰りだったらしい。


「初めに話した地上げが始まったのも、実はその頃からなの……」


 院長先生が亡くなった後すぐに、そいつらは現れたという。きっぱりと断ると執拗な嫌がらせが始まり、この見た目幽霊屋敷な外観も実はそいつらの仕業らしい。

 

 しかも何故か町の人達も先の二人以外は急に余所余所しくなり、今まで孤児院を気に掛けてくれた人達にも無視をされる始末だとか。


「何だそれ!? ひでぇな! 衛兵には届け出なかったのか?」


「もちろん言ったわ……でも領主様と同じで、全く取り合ってくれなかったの……」


「そんな、馬鹿な……!?」


「フフ、でも今日はリベロと一緒だったから帰り道も楽しかったわ。ありがとう、リベロ」


 そう言って、ハニカミながら笑うシンシア。

 ……許されて良い訳がない、こんな現状。

 

 怪しい、怪しすぎる……。町の衛兵は、管轄する領主から権限を貰って治安を維持する謂わば領兵みたいなものだ。

 国の管轄では無い為、領主の匙加減ひとつでどうにもなるという、ある意味領主が腐っていると根っこまで腐っている状態になる諸刃の体制だ。

 

 もちろん国も、そんな致命的な制度を放っている訳ではない。町の治安維持が正常に機能しているかを監視する、国家直属の監査役が存在しているらしい……らしいというのは、誰も見た事が無いからだ。

 

 その監査役の調査により、取り潰しになった貴族が何家か存在するというのを、俺の村に出入りしている商人の人に聞いた事がある。

 訴えようにも、見た事もない監査役じゃ会う事すら無理だろうし……。


 閑話休題


 それでもシンシアは諦めずに、何とか頑張って子供達を飢えさせないように必死に遣り繰りをしてきたと聞かされた。暇を頂く時に辺境伯が持たせてくれたお金と、これ迄に貯めた給金を崩しながら孤児達と細々と暮らしてきたそうだ。


「……でもそれももう、近いうちに尽きそうなの……」


「え、どうするんだ!?」


「今私の伝で、この土地と建物を購入してもらえないかって相談してるの……あっ、もちろん悪徳業者とは別の人で、とても良い方達なのよ?」 


「良い人だからといって……」


「もし売れたら子供達と、何処か静かな田舎に行って暮らそうかなって……」


 シンシアが俯きながら、これからきたるであろう孤児院の展望を語ってくれた。

 

 さらに日々の暮らしが優先で建物の修繕は二の次になってしまい、現状この有り様なのだという。


「ただ、やっぱり修繕もしないといけないから、素人なりに見よう見まねでやってはいるのだけど……日焼けばっかりしちゃって、建物も私も見た目が酷い有り様でしょ?」


 そう言って俺に苦笑いを向けるシンシア。

 そうか、日焼けをしている理由はこういう訳があったのか……。


「そんな事はない! 建物は別として俺はシンシアを、酷い有り様なんて思ってない」


「フフ、有り難うリベロ。お世辞でも嬉しいよ」


 くそっ、なんていう事だ! 恐らくシンシアの容貌を見る限り、自分の食い扶持も子供達に優先して分け与えていたんだろう。なんだこの子! おい、ここに天使がいるぞっ!?


【天使発見】(´TωT`)(´TωT`)(´TωT`)(´TωT`)

          ⊃[ええ娘や~]⊂


 脳内の奴等も泣いてんじゃねぇか! 何か初めてお前らと分かり合えた気がするぞ。この奇妙な脳内の奴等が住み着いた為に、俺は散々な目に遭っている訳なのだが、今は少しだけ感謝をしていた。

 

 そのお陰でこうして心優しい天使みたいなシンシアに出会った訳だ。はっきり言って今は、村に帰るとかはもはや考えられなかった。彼女の状況を何とか改善させたい、いやしなければダメだ、子供達の為にも。


 親父、お袋、みんな、すまない! 俺は心の中でそっと、帰りを待ちわびている家族に謝罪をした。

 

 金も権力もない畑を耕すしか能のない俺だけど、とりあえずこの奇妙なスキルが俺にはある。お前達、頼むぞ! 少しだけ俺に力を貸してくれ!


【我田引水】_(:3」∠(:3」∠(:3 ∠(:3」∠

           \[まかせろ!]/


 寝てんじゃねぇかよ!!! 自分の田んぼだけ水を入れんな! 任せられないよ!?

 

 ……コイツ等で本当に大丈夫だろうか、心配になってきた。




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