箱になる呪い
仲仁へび(旧:離久)
第1話
俺は配達ドライバーだ。
有名な企業で働いている。
でも環境はすごく劣悪なんだ。
休憩させてくれないし、休みの日もとらせてくれない。
こんな会社やめてやる!
と思っても、悲しいかな。
実行に移せない。
生活の事とか、今後の事とか考えるとためらってしまうんだ。
健康大事で働くのが理想だけど、世の中正しい事やってればうまく行くなんてわけじゃないし。
鬱憤はたまっていくばかりな俺達は、ついついストレスを別の方向へ向けちまうんだ。
それは、荷物の箱に対する八つ当たりだ。
箱の奴。
本当は自分でも飛んで、配達先に行ける癖に、俺達に運ばせているんだぜ?
そんな怠惰な箱にはお仕置きしてやらないといけないよな。
だから俺は、箱を寒空の下に放置してやるんだ。
どうだ、酷いだろう。
後は餌もやらない。
箱には箱専用の餌があるのだが、お腹を空かせて腹が鳴っていてもやらないことにした。
それに加えて、箱を「箱」呼びにしてやるんだぜ。
これはもう酷い。
人間を人間扱いしていないものだ。
佐藤さんや内藤さんとかを、「おい人間」って呼ぶようなものさ。
状況は変わらないけど、こうすれば俺は気持ちがスカッとするんだ。
でも、箱の奴もやられっぱなしではなかったらしい。
俺達に逆襲し始めた。
箱の世界で拝められている箱の神様が、配達員や配達ドライバーに呪いを放ったんだ。
それで、箱に酷いことをする人間に、箱になる呪いがかけられた。
皆、箱になっちまう。
佐藤さんや、内藤さん、加藤さん、藤崎さん、白谷さん。
箱に対して横暴な振る舞いをしていた彼らは、皆等しく物言わぬ箱になってしまった。
俺は仕事なんてしていられる心境じゃなかった。
すぐに家に帰って布団をかぶって、ガタガタ震える事しかできなかったよ。
頼む、俺に呪いをかけないでくれ!
俺は弱い人間なんだ。
誰かに当たり散らさないと生きていけないくらい弱いんだ。
呪うならもっと上の人間にしてくれよ。
なんで、俺達ばかりこんな目にあわなければならないんだよ。
こんな目に遭いたくなければ、行動しろ?
できるわけないだろ。
だって、仕方がなかったんだ。
俺は意気地なしで、勇気がないから。
弱い奴に気持ちを吐き出してぶつけるしかないじゃないか。
本当は知っていたんだ。
箱は怠けて自分で飛んでいかないんじゃないって。
箱は猛スピードでしか飛べないから、そんな事をしたら中身が滅茶苦茶になってしまう。
だから箱は飛べても飛ばなかったんだって。
俺達を信頼して、自分の身をゆだねてくれていたんだって。
でも、そんな事に気が付いても遅いよな。
俺は箱に意地悪をしすぎた。
翌朝、目を覚ました俺は自分の体が箱になっているのを知った。
俺と言う人間は失踪扱いになってしまった。
それで、遺品を整理するために、俺が住んでいた部屋に両親がやってくる
久しぶりに見た両親は酷い顔をしていたよ。
親より早くこの世から消えた(ようにみえる)息子なんてひどいよな。
ごめんよ母ちゃん、父ちゃん。
俺は2人に何度も謝った。
でも、親族は俺の正体に気が付かない。
こんなところにちょうど良い箱があるとばかりに、俺に遺品を詰め始めた。
満杯になった箱は、両親の車で実家へと運ばれて行ってしまう。
捨てられなかったマシだけれど、気分は暗かった。
俺は、このまま箱として生きなければならないのだろうか。
これからの人生、人間にはもう戻れないのだろうか。
箱化の呪いを受けたショックのせいなのか、その後の記憶はまったくなかった。
気が付いたら実家の自分の部屋に積んで置かれていた。
懐かしいななんて感傷にひたる心の余裕なんてない。
俺は、絶望の気持ちでいっぱいいっぱいだった。
我に返った俺は、重い体を浮かばせる。
箱の体の使い方なんてわからなかったけれど、不思議とその瞬間にどうすれば良いのか理解できた。
もうすべてがどうでも良くなった俺は、窓に向かって猛スピードで飛び始める。
制御できないほどの猛スピードだ。
当然、窓ガラスをぶちやぶって、空の果てまですっ飛んでいく。
地上はもう遥か眼科。
窓から目を丸くした両親が空を見上げていたが、それもすぐに豆粒のようになってしまった。
もうやけだ。
やけくそだ。
我慢すれば良い事ある、なんて皆言っていたのに、全然良い事なんてなかったじゃないか。
殴られても意地悪されても仕返し何てしてはいけないって、言っていたから我慢していたのに。
その結果がこれなんてあんまりだ。
もう俺は人の事なんて気にせずに自由にやりたい事をやってやる!
俺は心の赴くままに空を飛びまくった。
行った事のある場所、行った事のない外国、不思議な場所。
様々な場所へ飛んでいった。
風の日も、雨の日も、晴れの日も。
毎日毎日飛びまくった。
それはとても楽しい毎日だったけれど、なぜだか心の中にぽっかりと穴があいたような気分になったのだ。
やがてどっかからどっかへ飛んでいく大型の飛行機が目の前に現れた。
箱は急には止まれなかったので激突。
飛行機は無事だったけど、俺は墜落してしまった。
地面に激突した俺は、箱だから何とかなった。
けれど、中身は滅茶苦茶だった。
子供の頃に一生懸命授業で作った粘土の工作。
初めてできた彼女からもらったガラスの写真スタンド。
おじいちゃんおばあちゃんが一人暮らしを始める前に飼ってくれた、お茶碗セット。
ああ、俺はとんでもなく愚かだった。
誰かに虐げられていた俺は、間接的に誰かの思いを虐げていたようだ。
こんな俺には、箱を虐める資格なんて、どこにもなかったんだな。
目を覚ますと、時計のアラームが鳴っている事に気が付いた。
どうやら夢だったようだ。
当たり前だ。
箱が生きている世界なんてファンタジーすぎる。
ふぁあとあくびをした後、出勤のために準備をしていく。
今の仕事にストレスは溜まっていたけど、不思議と昨日までに胸の中にあった、何かにぶつけたくなるような暗い負の感情は消えていた。
箱になる呪い 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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