プレゼントの箱だってちゃんと
蔵
箱にだってこだわったし
「いいじゃんもうそれくれよ」
「やだ。よくない」
ヤスが、ふぅ、とため息をつくのがちょっと心にくる。そうだよねめんどくさいよね。わかってるけどちゃんとやりたいの。誕生日って1年に1回しかないじゃん、楽しみにしといてよって先月自分で言っておいて、完璧にできない自分が恥ずかしい。どうしていつもこうなるんだ。
「早くしないと誕生日終わるけど」
「……」
時刻は3月8日の23時55分。ヤスの誕生日があと5分で終わる。家が隣だからこうして窓越しに話せているけど、本当は今日の朝からずっとずっとずっと渡したくて、学校でも帰り道でもずっとポケットに入れていた。それがいけなかったんだよね。プレゼントを入れた箱。時間をかけて選んだのに、潰れちゃった。
家の壁の隙間に冷たい風が吹いて、ヤスがさむ、と手をこすり合わせる。ごめん。私がこんないつまでもうじうじして誕生日プレゼントの1つもすっと渡せないから寒い思いさせて、なんて考えていたら視界が滲んできた。いやさすがにそれはキモいって。ヤス困るよ。袖で目を擦っても視界が直らなくて、とうとうヤスの方を見られなくなった。呆れてるかな。
「さゆ」
「ごめん」
「そうじゃなくて」
名前を呼ぶ声がいつもより優しくて、ああ気を使わせているなとまた涙が止まらなくなって、こんなことなら誕生日プレゼントなんて窓から投げちゃえば良かったな、と今朝のバタバタを思い出す。いつもみたいにおはよーって窓を開けて、ヤスの部屋にポイって投げ込めば良かった。寝坊したから、今かわいくないから、って渡すのもったいぶった私がいけない。
高校に入ってからも毎日ゲーム三昧の私と違って、ヤスはずっとサッカー頑張ってるから、これからも頑張ってねって言いたかっただけなのに。それすらできない自分に腹が立つ。ぎゅっと左の拳を握ったら、指先が冷たい。
「箱、潰れてても良いから」
視界の隅に、精一杯伸ばした手が見える。毎年大きくなるような気がする手。たぶんまだ大きくなるんだろうな。
「中身が大事だろ中身が」
「でも中身大したものじゃないし……」
「きれいなのを渡したかったんだなっていうさゆの気持ちはわかったよ」
「うん……」
「でも俺は誕生日当日にそれをもらいたいんだけど」
ダメ?と困った声が降る。ダメなわけない。誕生日が終わるまであと2分。朝からずっと、ずっと渡したかったんだからね、という言葉は、うぐ、という不細工な音になって喉で鳴った。絶望と一緒に握りこんでいたせいで、青い包装紙に包まれた小さな箱はしわだらけ。こんなの、と一瞬怯んだ、けど、隣から「ん」と急かす声がして手を伸ばした。
「……はい」
「ありがと」
「ありがたく開けてよ。あとあからさまにがっかりしないで」
「注文多いな」
ガサ、と紙が開く音の後に、おお、と驚いたような喜ぶような小さな声が聞こえた。反応が怖くて瞑っていた目を開けると、細い夜空に、部屋の明かりを反射して輝くそれが見えた。ヤスが小さなそれを高く掲げて、キラキラした目でそれをくるくる回す。
「サッカーボールのキーホルダーじゃん」
「水戸FCのだよ」
「マジで?あ、ホントだ裏に書いてあるわ」
「普通のサッカーボールあげるわけないじゃん」
「さっすがさゆ様センスあるわ」
すげーこれどうやって買ったんだ?と私に聞いている風に言っているけど、目はキーホルダーにくぎ付け。本当に嬉しい時のやつだ。良かった嬉しい。喜んでくれてる。
「でしょう」
「もったいぶんなよな」
時刻は3月9日の0時0分。そのキーホルダーが入っていた箱さ、それもヤスが大好きな水戸FCのチームカラーに合わせたやつ探したんだよ、なんて言ったら、ホントだって笑うかな。結局箱なんて一瞬で用なしになるんだけど、それでもちゃんとしたかったんだよ。でもまあ、こんなに喜んでくれてるなら、良いか。来年は潰れないように朝起きたらすぐ渡すからね。
プレゼントの箱だってちゃんと 蔵 @kura_18
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます