涙箱

八木寅

涙箱

 私は秘密の箱を持っている。それは、涙箱。涙を入れる箱。私の悲しみを涙とともに吸い取ってくれる箱。


 私は小さいときから泣き虫だった。小学生になっても泣き虫は続いていた。泣き虫なせいで、お母さんが「泣くのを止めろ」と怒り、それが恐くてよけいに泣いたこともあった。


 涙を消せたらいいのに。

 その想いに気づいたのか、おばあちゃんが私に涙箱をくれた。

 亡くなる少し前に。おばあちゃんは私にこっそり、箱を見せた。これがあるからおばあちゃんは笑顔でいられたと、次はあなたが使ってねと。


 涙箱はポケットテイッシュに似て小さくて、持ち運びやすかった。どこでも使えた。登校中にお尻を蹴られたときも、ボールをお腹に投げつけられたときも、帰り道にとおせんぼされたときも。家に着いたら、また泣いたんでしょと疑われて怒られたときも。


 涙箱を開けば、涙も悲しみも消える。私は笑顔でいられる。感情にあるのは楽しい気持ちだけ。


 涙箱のおかげなのか、私は笑顔でいられることが多くなった。中学生になって、涙箱に頼ることも少なくなってきた。


 けど、私はやっぱり、まだ涙箱が必要だ。今日は一日中手放せない。

 友だちから言われた言葉がつらい。いや、実際には友だちではなかったのだけど。「お母さんに友だちになってあげてと言われたから友だちになってただけだから、もうつきまとわないで」なんて真実、知りたくなかった。いままで友だちだったのはウソだったなんて。

 だれも悪くない。お母さんは優しさのつもりだっただろうし、友だちもそうだったのだろう。感情のやり場がなくて、涙となってあふれてきて、箱を開ける。


 帰ってきてからも何度も繰り返した。今日はお母さんもお父さんも仕事で帰りが遅い。気づけば部屋に夕日がさしこんでいる。箱にフタを……できない?

 私の涙が一気にはいってぱんぱんだからか、フタが閉まらない。


 えいっと、力任せにフタをしたら、割れて、涙が飛び出てきた。

 ぴょんぴょん。涙のかたまりははしゃぎだした。「箱の外にはいろんな色があるんだね。こんなおもしろいオモチャがあるの? この人形かわいいね」と、子どもみたい。

 私は楽しくなって、涙といっしょになって遊んだ。そしたら、涙は家の外も見てみたくなって、庭に出た。外はもう暗くなりだしていて、玄関前の電気をつける。エントランスだけ照らす光のなかで、涙はクローバーを発見して、「葉っぱがキレイ」って眺めだした。私は四つ葉を見つけると幸せになるよと教えてあげた。四つ葉を探しだす涙。私も探してみる。


 四つ葉を見つけたとき。涙は汗をかいて小さくなっていた。「幸せだね。幸せの葉っぱもあるし、いろんなものや色があふれていてる」「そうだね」


 そうだよね。私にはいろんなものがあるよね。友だちがいなくても。


 涙はにっこりうなずくと、風に吹かれて夕闇へと飛んでいった。その先の夜空には涙のような青白い星が瞬いていた。

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涙箱 八木寅 @mg15

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