ライオンの森
私が小学生に上がる少し前の歳のころ、季節は真夏だった。3つ上の兄と2つ上の姉と私の3人で、ライオンの森へ探検に行こうという話になった。
『ライオンの森』は私が勝手に付けた名前で、田圃の中にポツンと見える小さな森の形が、遠目からライオンがスフィンクス座りしているシルエットに見えたからだ。
その森は私たちの家から3〜4キロ離れた場所にあった。まだ5歳ぐらいの私にはかなり遠い距離に感じたので、まさに冒険だった。
水筒と麦わら帽子、お気に入りのポシェットを身につけて、兄と姉を追いかけた。
兄と姉は普通の道路を抜けていくのはつまらないと思ったらしく、田圃の畦道をわざわざ選んで進んだ。
二人と身長差が違う私はかなり遅れて後をついて行った。
兄と姉はなかなかついてこれない私をいつも邪険にしてたので、「早くー!」と急かす声が何度も耳に響く。
土の畦道や水路の為の掘りなど湿り気があり、歩きにくく、普通の道で行けば30分程度のところ1時間近くかけて目的地に到着した。
ライオンの森に近づくにつれて、シルエットはだんだんライオンっぽさをなくし、こんもりとした森の前に立った。
田圃の真ん中に、そこの敷地だけ木々が密集し茂っている。
「やっと着いた!あそこの隙間から中に入ろう!」
兄が先頭になって、比較的草木が茂っていない隙間から森の中に入ることになった。
炎天下の中を歩いてきたのに森の中は涼しいというよりも、寒い感じだ。
木々の大部分が広葉樹のようだが、森の中にはたくさんの竹が生えていて、地面は竹の落ち葉が広がり、踏みつけるとカサカサ音を立てる。
「うわ!なにこれ…」
姉が足元を見て声を出した。割れた陶器の皿がチラチラと落ち葉の隙間から見える。
「ここ、人が住んでたのかな…」
その言葉に私はぞわっとした、まだ人が住んでいたら不法侵入者として怒られてしまうかも…、ましてや不審者だったりしたら自分たちが危ないと思った。
「古そうな皿だし、昔のやつかな…?」
兄は強気な口調でそう言い放ってずんずんと奥へ進んでいく。
少し進むと、異様な光景が広がった。
自分たちがいる足場より、3~4メートル地面が低くなっている場所に出た。
異様だったのは、低くなった地面に埋もれるように古めかしい茅葺き屋根の家が建っていたからだった。
ぞわぞわと悪寒が全身に伝わる。
家の見た目は1階建ての木造で、すりガラスの窓が見える。実家の昔からある土間の物置のような外観だった。
さすがに、兄姉も驚いたようで
「ちょっとやばくない…?いつの建物だろ…」
「やばいかも…中に死体とかありそう、行ってみよう…」
好奇心旺盛な兄が、地面を下り建物の中に入っていこうとした、私と姉も怖かったが、どうしても気になり後に続いた。
建物の入り口は窓ガラスが割れ、ほとんど木組みだけ残っている状態で、易々と中に入ることが可能だった。
室内は部屋の敷居であった大きな木組みだけが残っていた。調度品などはなく、竹の落ち葉の下に陶器の欠片や、茶色の薬瓶の残骸らしきものが散乱していた。
状態的に、かなり昔に建てられたものだというのは分かった。落ちている薬瓶の雰囲気からもどこか戦時中からあるような雰囲気が伝わった。
私は、全身の寒気と背中が重たくなるような感覚に襲われて、早くその場から離れたかった。兄姉も同じだったらしく、3人無言でその森から脱出した。
外は相変わらずの炎天下で、まるで別世界のようだった。
さすがに死体などはなかったが、なぜ、こんな昔の建物が隠されるように存在しているのかが気になって仕方がなかった。
家に帰り、祖父にライオンの森で見た光景について話した。
「あー、あそこは昔、隔離病棟だった場所だな。
戦時中の頃はな、結核患者を病棟に入れて、治るまで隔離していたんだ。
昔は今みたいにちゃんとした治療法がなくて、よく結核になって死んだんだ。
身内で1人でも結核になったら、家族全員隔離病棟にいれられるっつう噂も当時あったな…。
まあ、ほとんどの患者は完治できず、あそこで死んだらしい。
今は薬で結核が治ることが分かったから死ぬまで隔離するなんてことはないけどな。
ずいぶん前にあの病棟も必要なくなって、閉鎖したはずだが…建物は残ってたのか…」
祖父からはそういう話を聞かされ、少し注意もされた。
「まぁ、あんまりいい土地じゃないからもう近づくなよ」
たまに、その森の前を通ることがあったが、いつの間にかバリケードのようなトタン板で覆われ中へ入れなくなってしまった。
あれから、10年程経った頃、
自転車で高校へ向かう途中、例の森の前を通り過ぎる。
ライオンの森だった場所に新しい葬式場が建っていた。
それまで忌み地としてずっと手つかずに残り続けた森は、現代になって死者を弔う場所へと変貌した。
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