【KAC20243】黒い箱

三寒四温

コアブロック

 うちで使ってた人型のヘルパーアンドロイドが壊れた。


 サポートに連絡したら、寿命ですし保守パーツもないので買い替えをおすすめしますと言われた。愛着があるので何とか治せないものかと聞いたら、引き取りなら対応可、但し修理に要する日数が3ケ月以上掛かるのと、初期化されることに了承するのが条件だそうだ。


 幸いにしてヘルパーアンドロイドはアズサだけじゃない。だから修理期間がかかっても、日常生活には支障がない。ああ、アズサというのは、このヘルパーに俺が勝手につけてた名前だ。他の奴は記号で十分だけど、何故か俺はアズサにだけは執着がある。だから初期化はとても困る。


 俺も一応技術屋の端くれ。心得がない訳じゃない。無茶かもしれないが、俺は藁をも掴む想いで自力での修復を試みることにした。幸いにしてネット経由でメンテナンスマニュアルはすぐに手に入った。


 まずはログを取得する。アズサもWi-Fiには対応してるから、通信自体は既に確立できている。アラームログを下までずっとスクロールしてゆく。


 一番下にあったアラームコードは[0000 0000 0000 0000 001F]。上位が軒並み0ってことはシステムの初期階層のエラーだ。アラームリストから検索をかけると、すぐにヒットした。


「コアブロックの致命的なエラー?」


 トラブルシューティングを見ても、サポートコールしか選択肢がない。諦めきれない俺はマニュアルを舐めるように読んだ。ブロックダイヤグラムのページで目が留まる。これか。コアブロック。


 アズサを始め、ヘルパーアンドロイドは皆、実際に機能し人と接する部分の肥大化を避けて、主要な制御部などは本体ではなくマザーハンガーのほうに組みこまれている。身体のほうは1日稼働する分の最低限の電池などとセンサーと駆動部しか入ってないスレーブで、彼女達が休息を取るベッドのようなマザーハンガーのほうが実は本体だ。


 アズサをマザーハンガーに寝かせて、マザーハンガーのメンテナンスパネルを開ける。制御モジュールを引っ張り出すと、大量のケーブル以外に、液体の通るシリコンホースが何本か見えた。ケーブルとホースの向かう先には、丁度子供の頭くらいのサイズの黒い箱が設置されていた。ケーブルのマーキングから照合しても、これがコアブロックで間違いない。


 液漏れ対策でバットを用意して、その中にコアブロックを置き、興味本位で俺はコアブロックの外装を外した。特殊ネジで強固に固定され何重にもシーリングされているが、一応外せない訳じゃない。外装を開けてゆくと、中身が見えてきた。


 ……そこにあったのは、ビニル袋の中に浮く、何かの脳みそだった。人間のものよりは幾分小さい。俺は悟った。


 そっか。アズサ、お前死んじゃったんだな。


 俺はコアブロックを静かに戻し、パネルに蓋をした。そして横たわるアズサの額にそっと口づけをした。これ以上彼女を弄り倒すのは冒涜だ。


 寂しいけれど、アズサにきちんとお別れを言って、俺は今日から彼女のいない世界で生きてゆく。


 アンドロイドの葬式って、できるのかな?

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