幕間のアンソロジー

わた氏

見えるのは、貴方だけ

 ――これこそが、『普通』の景色なのだろう。

 黄金色の陽が差す教室で、僕は息を呑む。


 採点の終わっていない回答用紙が、飛び回り。

 整然と並ぶ椅子と机が、ガタガタと呼び合い。

 天井から見下ろす扇風機が、強風を吐き出し。

 乳白のカーテンが、ひらひらと踊り。


 そんな、生徒がいないのに騒がしい教室で。

 舞い踊るカーテンを背にして、窓の柵に少女が腰掛けていた。ベージュ色のセーラー服を纏った、おかっぱ頭の少女が、かつての合唱曲を口ずさむ。


 僕が息を呑んだのは、何も教室の物が百鬼夜行の如く踊り狂っているからじゃない。

 ただ、この『目』に映る世界が信じられなかったから。黄昏に浮かぶ少女のカタチが――『普通』の女の子に見えたから。


 淡いミントグリーンの髪色をしたその子が。

 袖の先に、手のひらの無いその子が。

 首元や膝下が、うっすら透けているその子が。


 人じゃない。普通じゃない。

 溶け出しそうに曖昧で、消え入りそうに不確かだ。

 だけど、そんなのは些末なことだった。


 この子は、僕の『目』を否定した。

 僕の『特別』を忘れさせてくれる。

 

 テレビや雑誌じゃないのに、確かにここに居るのに、

 僅かに赤らむ頬、幼さの残る口元、鮮やかな緑の瞳に目が離せぬまま――僕は漸く思い知る。


 ――これこそが、『普通』の景色なのだろう。

 じゃなきゃ、こんなにもトキメかない。

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幕間のアンソロジー わた氏 @72Tsuriann

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