影と共に陰で生きる

根本鈴子

第1話

 俺はほとんど目が見えない。わかるのは光があるかどうか。たったそれだけ。

 小さい頃から周りが見えにくかったが、小学生に上がる頃にはもう眼鏡などでは矯正の仕様がなかった。

 気が付けば白杖を持たなければ、歩くことすら難しいことになっていた。

 だが、二十六歳のある日、事態は一変した。


 朝、目を覚まし、目を開けてみるとそこには光だけではなく、ぼんやりとだが、部屋が見えた。

 最初は何かの間違いや、夢の中だと思ったが、自分の頬を抓るとそれが現実であることがわかった。

 これは奇跡が起きたんだ! そう思い、いつものように白杖を手にして街を歩く。こつんこつんと白杖が地面を叩く音が聞こえた。

 周りの景色が、ぼんやりと見える。例えば木に葉が茂っていたり、車が走っていたり、人が歩いていたりするのが見える。

 俺は喜びさらに足を延ばすことにした。

 いつもは行かない公園。

 誰も乗っていないブランコが風に揺れて、キィと音を立てている。

 俺は白杖を柵に立てかけ、ブランコに乗る。

 座って鎖を持つが、どう漕げばいいのかよくわからなかった。だが、見える世界が違うのは、楽しかった。


 家に帰り、改めて部屋を見る。

 シンプル。その一言に尽きる。余分なものが何もなかった。

 当たり前だ。物が溢れていたら俺は目がいい方じゃないから、すぐ転んでしまうだろう。

 しかし、少し殺風景に思える。

 目が見えるようになったんだ。今から観葉植物でも買いに行こうとして、あることに気が付く。

 今、部屋の中に変な黒い影が走ったように見えたのだ。

 俺は不思議に思いながらも、影は見間違いか何かだと思うことにした。


 テレビを観ていると、視力が悪いからか顔の判別が出来ない所か、何が書いてあるのかさえわからない。

 俺は少ししょんぼりとした気持ちになって、テレビを消し、ご飯を食べてから眠ることにした。


 夢を見た。奇妙な夢だ。

 黒い影が俺を追いかけてくる。どこまでも。どこまでも。

 そして言うのだ。

「親友は食べてもいいんだ」

 どういう意味だろう。

 夢だから、意味などないのかもしれないが。

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