ダンジョン
今より十五年ほど前の話である。
突如世界中の至るところに由来不明の建物であったり、大穴だったりが同時多発的に発生した。
それらの建造物群が何であったか、それは今でもわかっていない。何故、生まれたのか。どうやって出来上がったのか。その何もかもがわかっていないと言っていいだろう。
だが、確実にわかっていることもある。
それは、これらの建造物群の内部には様々な形で活用出来る多くの資源が眠っていること。
そして、その内部には人間へと襲い掛かって多くの被害を出す魔物が生息していることであった。
これらの建造物群の内部に生息している魔物は時折、地上に溢れ出して大きな被害を出すこともあった。
魔物の手によって滅亡へと追い込まれた国もあれば、物流網の寸断などによって経済崩壊して滅亡した国もあった。
そんな世界の中で、日本は辛うじて一時の平穏を手にしていた。
混沌の時代。
だが、それも十五年経てば変わると言うもの。
人々はダンジョンが存在する生活に慣れ、命懸けでダンジョンに潜ることを職業とする冒険者を容認し、ダンジョンより得られた資源で経済を回す。
いつしかダンジョンは自分の周りにある当たり前のものとなり、ここ最近では命の危険もあるダンジョンで配信活動を行うダンジョン配信者なども人気を博しつつある。
「……どういうことだ」
そんな現代において、僕こと影入秋斗もダンジョン配信者として活動していた一人だった。
何ならその活動中に死んだ……死んだはず。死んだはずなのだ。
なのに何故か。
「本当にどうなっているの?」
今の僕は当たり前のように呼吸していた。
ドラゴンとの戦いで相打ちになって死んだはずなのに、だ。
「……どう、なっているの?」
しかも、それだけではない。
自分の前にある水たまりへと映っている自分の身体もおかしかった。
己の良く知る姿ではなく、自分が見たことない少女の姿になっていた。
「……ちょちょっ!?」
僕は困惑しながらもそっと自分の手を己の胸へと持っていく。
「……柔らかい」
僕の素手が掴む感覚は何とも柔らかいものであった。
視線を下げる。
「……スカート」
今の僕は何故か素足を出したスカート姿だった。
「……」
僕は無言で自分の股の方へと手を伸ばす。
「……ない」
何もなかった。
握りなれた竿も、いつも蒸れてイライラする玉の姿はそこになかった。
代わりに自分の手へと触れるのはさわさわとして毛の感触だけであった。
「……な、な、なるほどぉ……なるほどぉ」
どうなっている?
僕の身体はどうなっている。
いや、それはわかっている。
女の子になっている。
いや、それもわかって……ないよっ!?全然わからないがっ!?
「いや、まず誰っ!?」
えっ?誰に?どの女の子に?
「……んっ?ん、んんっ!?」
僕は慌てて自分の身体を見渡して確認すると共に、水たまりに映っている自分の姿を再度確認する。
上半身は黒のパーカーを羽織っており、インナーは白。下半身は本当に最低限を隠すだけのスカートを身に着けている。
顔は地味めな感じだが実に綺麗であり、髪色は黒で髪型はツインテール。瞳の色は謎に紫色である。
年齢は十五、六歳だろうか?
「……いや、知らないのですが」
僕は自分で今の自分の体に首をかしげる。
死んで、転生した。
それならばまだわかる……女の子になったというのもギリギリ納得しよう。
だが、その転生先が既に成長しきっている体というのは全然わからない。この体が生きてきたであろう十五、六年ぶんの時間は何処に消えたのだ。
ひょ、憑依……?
「な、何かないかな……!?」
自分が着ているポケットを漁ってこの体の主に関する情報の書かれた物がないか僕はが探し始める。
「どういうことやねんっ!」
だが、その行為が齎したのは更なる困惑である。
自分の着ているポーカーのポケットから出てきたのは元々の自分の所有物だけ。
壊れてしまったスマホ。何故か一銭もない空の財布。予備の配信用カメラ。僕が愛用している魔物解体用の短剣が一つ。自分の身分証明書である冒険者カード。
これら五つが全てであった。
もう訳が分からない。
「と、とりあえず……もう、この体は後。これからのことを考えよう……割と、今の僕ってばヤバいのでは?」
スマホはなく、お金はない。
頼りになれそうな伝手は特にない。
「……あ、あれ?もしかして詰んでいる?」
自分がどうやっていけばいいのか……割と不明な状況である。
まず自分の身分証明書は使えないだろう。
となると、今の僕は己の身分証明書もない天涯孤独の無一文となる。
「……すぅ」
僕は深く息を吸うと共に、ゆっくりと今もしかしたら使えるかもしれない予備のカメラへと手を伸ばす。
このカメラは自動追従してくれるだけではなく、ホログラムでコメントを表示してくれたり出来る多くの機能がついた優れものである。
そして、このカメラはスマホのように使うことも可能である。
カメラを通じて配信アプリを操作し、新しいアカウントを作って前世のような配信活動をすることも出来る。
「……今の身体なら、ワンチャンあるか?」
空から雨が降り注ぎ、自分の体温を奪っていく中。
僕は本気で配信一つだけで自分の食い扶持を手にすることを考え始めるのだった。
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