あの頃は
神父猫
あの頃は
「最後に貴方の顔を見たのは、三年前だったかしら。」
隣町の駅前で、彼を見かけて思わず話し掛けてしまった。
「もう三年もたったのだね。時の流れというのは忙しない。」
三年前の夜。
彼に酷い事をしてしまった私は正直に全てを告白した。
最後に私もまだ見たことがなかった表情を見せてくれた。
「あの頃は。あの頃は子供だった。貴方には酷い事をした。時に、乱暴だってしたわ。ごめんなさい。」
彼の笑顔はあの頃と変わっていなかった。
「あの頃は子供だった。最も君が嫌いそうな言葉じゃないか。良くも悪くも素直だった君は大人になったのだね。」
あの頃の私は曲がったものが嫌いだった。
正しくは真っ直ぐでは無いと落ち着かなかった。
曲がったものを見つけ次第、真っ直ぐに矯正した。
次第に真っ直ぐである事の意味が分からなくなってしまった。
いつの日か真っ直ぐに矯正する事を辞めた。
曲がったものを受け入れる事にした。
それからだった。
彼に悪い事をしたという感情が芽生えたのは。
「あの頃の私は貴方の全てを自分の思惑通りに矯正しようと思った。結果は失敗だった。貴方は元から真っ直ぐだった。私は真っ直ぐなものを必死に曲げようとしていた事に気がついたわ。その頃にはもう遅かったみたい。貴方の私に真っ直ぐだった心はもう折れ曲がってしまっていたわ。不思議ね。一度、曲がってしまった心は二度と真っ直ぐには矯正できない。」
「僕は真っ直ぐではなかった。歪な程に曲がっていた。君の前で真っ直ぐな仮面を被った。君が曲げようとしていたのは仮面だった。だからもう良いんだ。昔の事なんて。謝らないで。君も僕もあの頃とは何もかもが違うのだから。」
仮面を被った彼は魅力的で美しかった。
私は被れる仮面を持っていなかった。
全てを受け入れて欲しいなんて戯言を本気にしていた。
あの頃は子供だった。
今も何も変わっていない。
「私はあの頃と何も変わっていないわ。貴方がより大人になった。貴方の見方が変わったのよ。大人になった貴方の目が私を変えた。私の気持ちだってあの頃のまま。貴方のことを想っているわ。何も変わらないのよ。いいえ、何も変われなかったわ。」
「僕は君の事が嫌いだ。君があの頃から何も変わっていない様に、僕の心も最後の夜から何も変わっていない。僕の目も何も変わっていない。あの頃のままだ。君は大人になった。もう僕の存在や支えも必要が無いはずだよ。」
「貴方ならそう言ってくれると思っていたわ。心の蟠りが解けた。ありがとう。」
私はこれからの人生で結ばれて幸せになる事はできない。
だから私はこれからを捨てる事にした。
彼にもう一度、会う為に三年の月日を費やした。
私は役目を終えることが出来る。
最後の会話が彼で本当に良かった。
「じゃあ、また何処かで。」
「ええ、次は違う形でまた出会いましょう。」
私ではない誰かとして。
あの頃は 神父猫 @nyanx
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます