語呂合わせ

紗久間 馨

卒業式の朝

 今日はセーラー服を着て中学校に登校する最後の日だ。鏡に映る自分の姿を、特別な思いを持って念入りに確認する。

 髪型も、うっすらと色のついたリップも、コートのシワも大丈夫。きっと、大丈夫。


 幼なじみと一緒に登校するため、いつもより早く家を出る。約束の時間まで5分もあるのに、たもつは玄関の外で待っていた。お隣さんなのだから、約束の1分前に玄関を出たって余裕がある。ま、5分前に出たわたしも早いか。

「おはよう、ゆい

 たもつの低い声に鼓動が跳ねる。ただの朝の短い挨拶なのに。

 隣の家に住む、幼い頃からの友達。そんなたもつが眩しく見えるのは、朝日を浴びているせいなのかもしれない。

「お、はよ」

 わたしは緊張して挨拶もまともにできなかった。




「明日の朝ね、卒業式の前に、一緒に神社に行きたい」

 わたしが前日にした急な誘いに、たもつはすぐ「いいよ」と返事をしてくれた。

 たもつとは小学生の時はよく一緒に登校していたが、周りにからかわれてから距離を置くようになった。わたしがたもつを避けるような態度をとってしまった。

 わたしは友達よりも特別な感情を抱いていると自覚した。ずっと好きだった。今でも、ずっと好きな人。


 中学生になったたもつの身長は急に伸び、顔つきも変わった。わたしの知っている男の子はもういない。遠い存在になったと感じた。

 たもつは中学卒業後、遠くの高校に進学し、親元を離れて寮で生活するのだと耳にした。本人からは聞いていない。

 友達だと割り切って、近くにいればよかった。なんて後悔しても、もう遅い。




 何を話すというわけでもなく、並んで歩く。まだ寒いというのに、たもつは学ラン姿で上着を着ていない。

 両家の家族で揃って初詣する氏神神社が目的地だ。手水舎がない小規模の神社。けど、通学の時にいつも前を通り、秋には維とイチョウの葉を拾ったこともある、たくさんの思い出がある大切な場所。


 一礼して鳥居をくぐり、参道を進む。

「このイチョウの木、切っちゃうらしいね」

 たもつがなんとなしに言ったことに、わたしは驚きを隠せない。

「聞いてない? 大きくなりすぎて管理しきれないし、危ないからってことらしいよ」

「あっ、そうなんだ。知らなかった」

 寂しい気持ちで胸が押しつぶされそうだ。たもつだけじゃなく、思い出の場所も変わってしまう。


「お先にどうぞ」

 拝殿の階段の下で、わたしはたもつに先にお参りするように勧める。

「え? 一緒でいいじゃん」

 たもつはわたしの手を取って、階段を上る。久しぶりに繋いだたもつの手は、大きくて温かい。


 一緒に鈴緒を握り、ガランガランと鈴を鳴らした。小さい頃にもそうしていた。

 賽銭箱にお金を入れる。聞こえた音から、たもつは硬貨を1枚入れたようだ。

 深くお辞儀を2回する。同じようにお辞儀をするたもつの姿が、視界の端に映る。

 手をパンパンと2回叩く。揃えたわけではないのに音が重なる。

 再び深くお辞儀をして、そっと両手を胸の前で合わせて目を閉じる。


 今までありがとう。


 お参りを終え、鳥居に向かって参道を戻る。

「なあ、賽銭箱にいくら入れたの? そこそこの音してたよね?」

「えっと、415円」

「何で?」

「良いご縁がありますように、っていう語呂合わせなんだって」

「それって、ゆいは出会いを求めてるってこと?」

「いや、そういうことじゃないけど・・・・・・」

「けど?」

 たもつはこうやって詰めてくることがある。少し苦手だけど、ちゃんと話を聞いてくれるところが憎めない。


 たもつが良い縁に恵まれますように。知らない場所で新生活を始めるたもつが、良い人たちと出会っていつも笑っていられますように。

 そんな意味を込めたなんて言ったら、重すぎると思われそうだ。


「でも、テキトーに100円玉を入れたたもつよりはマシだと思う」

「金額なんか関係ないんだって。こういうのは気持ちなの、気持ち」

 と言ってたもつは笑った。笑い方は変わらないと思いながら、わたしもつられて笑う。こんなやりとりも久しぶりで、懐かしい気持ちが押し寄せる。


「あのさ、卒業式が終わったら、その第二ボタンもらっていい?」

 つい勢いで思っていたことを口にしてしまった。わたしの言葉にたもつは驚きの表情を浮かべている。

「あっ、他の人が欲しいって言ったら、わたしは別によくて。あの・・・・・・」

ゆいの他にあげたい人なんていないよ」

「えっ?」

「だから、俺がボタンをあげるのはゆいだけだって言ってんの」

 たもつは照れくさそうに目をそらす。


 神様! わたしたちをずっと見守っていてくれた氏神様! これって、もしかして、期待してもいいですか?


「離れても、わたしのこと、忘れないでいてくれる?」

「忘れるわけねえだろ。何? ゆいは俺のこと忘れちゃうの?」

「絶対に忘れないし! ずっと、ずっと、好きだし! だから・・・・・・」

 押さえ込んできた感情が溢れ出す。

「心配すんなって。俺も、ゆいのこと、ずっと好きだから」


 どうかたもつとわたしの縁が続きますように。

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語呂合わせ 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

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