希望の箱
桔梗 浬
キラキラ光る箱
「よろしいのですか?」
男はあくまでも優しく、泣き崩れる母親にそう囁いた。その母親の肩を抱き締め頷く父親。
「はい…。お願い致します……」
「先生、よろしくお願い致します」
先生と呼ばれた男は大きく頷き、懐からキラキラ光る手のひらに収まるくらいの箱を夫婦に手渡した。
「これが…」
「そうです。こちらを息子さんの部屋の前に置いてください。そうすれば…必ず息子さんは部屋から出て、社会復帰を遂げられることでしょう」
「先生…、ありがとうございます」
受け取った箱を大事に抱え、夫婦は何度も頭を下げ部屋を出ていった。
ここは都内の某所、先生と呼ばれた男の事務所である。男は神父のような格好で白髪の髪をオールバックにし、丸形の眼鏡をかけている。その眼鏡の鼻の辺りを指で持ち上げた。
「彼は、何日かかるだろうか…。ふっ、楽しみだ」
※ ※ ※
「先生、先日の浅田さまがいらっしゃっております。お会いになられますか?」
秘書のアレックスが入り口でかしこまっている。先生と呼ばれた男はパタンと本を閉じ、秘書をじっとみつめてから勿体ぶったように口を開いた。
「あぁ、会おう」
「かしこまりました」
その声と入れ替わるように母親が一人で現れた。アレックスは彼女が中に入ったことを確認し、そっとドアを閉めた。
「先生、先日は本当にありがとうございました。息子が部屋から…出てきました。まともに息子の顔を見たのは10数年ぶりかもしれません…」
「そうでしたか。よかったですね」
「本当にありがとうございます」
そう言うとゴソゴソと鞄の中から白い封筒を取り出す。
「どうかお納めください」
「何の事ですか?」
「少ないですが、箱をお譲りいただいた私どもの感謝の気持ちです」
その封筒には札束が2つ入っていた。
「いや、結構です。あの箱がお役にたってよかったです。私どもは一人でも多くの人をお救いできればそれで良いのです」
「本当にありがとうございます…。息子はまるで人が変わったように、家のことも率先してやってくれるようになりました」
「それは良かった」
「でも…」
「でも?」
「あ……、いえ…」
歯切れの悪い母親の、次の言葉を彼は辛抱強く待つ。
大抵の母親は戸惑うのである。ここへ来るまでは、家庭内暴力、引きこもり、大事な子どもの考えていることがわからず、腫れ物に触るように、ただ時間だけを過ごしてきた者が多いい。
それがあの箱を手にしたとたん、状況が一変し、理想的な家族生活が始まるのだ。戸惑うのも無理はない。
「何か気になることがあれば、おっしゃってください」
「すみません…。気を悪くなさらないでくださいね」
「そんなことはありませんよ」
男は「さぁ」と言って母親を促す。
「実は…、あれは、あの部屋から出てきた息子は、本当に息子なのでしょうか?」
「はい?」
「あ、ごめんなさい…。何がと言われても、上手く言えないのですが…。好きだった食べ物も嫌いだった食べ物も、話し方も違うのです」
母親は涙を浮かべ、床を一心に見つめている。自分の息子の、子どもの頃の面影を探しているのだろうか?
「浅田さん」
「は、はい」
「無理もありません。息子さんも10年以上の時間が流れているのです。変わらなければならない事がたくさんあります。あの箱はそんな想いを、形にするための力を倍増してくれるモノ。きっと息子さんは長い時間をかけて、成長を遂げたと言うことなのでしょう」
「そ、そうですよね」
「はい。これからの時間を大切に育んでいってください」
すっきりしない面持ちで、それでも最後は頭を下げ、彼女は部屋を出ていった。
それを確認したように、入れ替わりでアレックスが入ってきた。
「面倒なことにならなければ良いですが」
「大丈夫だろ?」
男はアレックスに背を向け、少し考える仕草を見せた。その時、若い男の声が背後に聞こえた。
「アレックス、鍵が開いてたぞ」
「ルージュさま!」
「あの女はなんと言っていたんだ?」
ルージュと呼ばれた男は、先生と呼ばれていた男の前に足をくんで座った。その姿は気高く気品ある姿だった。
「ルージュさま、お待ちしておりました。新しいお体はいかがですか?」
「ソリヤ、快適だよ。浅田 慎介という男の体は。そうだ、これを返しておこう」
そう言うと、ルージュはあの箱を机の上に置いた。
「あの母親は、息子が自分の息子ではないんじゃないかと、疑っているようでした」
「そうか…。少し早まって行動しすぎたかな」
あの箱の中は窮屈だったものでな、と言いルージュは立ち上がる。
「ソリヤ、みなは集まっているのか?」
「はい。みなルージュさまの到着を待っておりました」
「うむ」
そう言うとルージュ、ソリヤ、アレックスは、秘密通路に向かう。
ギギギギーーーっ。
「「「「ルージュさま!」」」」
大勢の若者で埋め尽くされた会場。その舞台にルージュ達が壇上すると共に大歓声が会場に響く。
「同士よ。みな小さな箱から解き放たれ、地球人の体を手に入れられた様だな。喜ばしいことだ」
「「「「ルージュさま!」」」」
ルージュが手を挙げると、会場はピタリと静まり返る。
「まだまだ同士をこの地球に呼び、我らアストリアッテッレの者達の故郷とする!」
「「「「おぉぉ!」」」」
「我々は今! 力を蓄えるため、この体を大事に…そして、まずは覚られぬよう尽力する!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
こうして、気付かないうちに地球は、宇宙からの侵略者に犯されていくのだ。
あのキラキラ光る箱は…、夜空から降り注ぐ宇宙船なのかもしれない。
END
希望の箱 桔梗 浬 @hareruya0126
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