ダウナー・トナー
風若シオン
誰がために僕は観る
「アカ間違えたww本、サブ垢にリアルの対人とか、モード切替え疲れるってw」
つぶやきを書き込んで、送信。もうとっくに数万回、同じことをくりかえしてきた。学校で嫌なことがあったっけ、コンビニの新商品美味しかったっけな、なにか変わったことあったっけな。つぶやきのネタを酔生夢死に探してた。
朝、起きる。起床のつぶやき送信。ぼーっと頭が回り始める。開きっぱなしだったパソコンの黒い画面に映った顔を観る。何も考えてなさそうな間抜け面。なーんて書き込みをして、送信。ベッドから起き上がり顔を洗い、制服に着替える。幾度となく繰り返してきた、朝のルーティン。しゃっきりしない鬱々とした顔が歯ブラシを咥えてる。朝食を済ませて親にいってきます、そして変わり映えのない通学風景。女子高生の集団が、まるで彼女たちが世界の中心かのように活き活きとしている。と、気配を感じ振り向くと知っている、それでいて見覚えのない少年が
「見失うなよ。」
と呟いた。しらない人だし気にせず歩く。同じ駅に向かってただけかなんて思っていたら、改札前で見失った。
電車に乗ると、メールが一件来ていた。あまり好きになれないクラスメートの女子からだった。無視しよう、と思ったもののつぶやきのネタになるか?と思い直して開く。馴れ馴れしい、悪意のなさそうなデリカシーもないメッセージたち。なんだか嫌気が飛んで、たのしくなった。名前とアイコンを隠してスクリーンショット。なかなかに気持ち悪い。良いネタだ。ふと窓を観れば、口元を綻ばせた自分の顔。きもちわるっ、類友ってヤツかな。あれ、窓の外、雨じゃん。だるいー、悶々としながらつぶやく。周りの乗客の何人もが折り畳み傘を出してる。いいね、久しぶりに彼らの羽(骨だけどw)を伸ばさせてあげてくれ給え。
電車を降りて、駅から離れた駐輪場に向かう。濡れたらめんどっちい、猛ダッシュ。カエルたちもせわしく鳴いている。走りながら空を見上げると、曇天の帳、なんて言うと格好いいっぽい空が広がっている。灰色の濃淡がまるで人の顔。パシャパシャ軽快な足音を立てて走る僕を笑ってるみたいだ。楽しそうで何より。と、雨足が弱まった。これ幸い、今のうちに、と自転車を漕ぐ。少し湿った涼やかな風が頬をなでる。道中、よく悪態をついてくる僕を嫌うクラスメートがこけていた。あらら、カバンとかびしょぬれじゃん。拾って渡したげると、虚を突かれたような顔で小さくありがとう。尻すぼみだったけど言えるだけ偉いじゃん。人助けの満足感が心地良かった。たまにはこういうのも、悪くないね。
学校に着いてからも、帰りも、良いことも悪いことも沢山ありネタには困らなかった。僕から様々な経験、感情が出力される。なんだか1日が、輝いていたような気がする。ちっぽけな光。今までは気付かなかっただけだろうか。自分のことじゃないみたいだった。まるで、知らない誰かの模倣犯。と、ポコン、とやわらかな電子音が鳴る。見覚えの、ないな、蛙アイコンの鍵垢からのグッド反応通知。誰かしらないけど、僕のつぶやきを観てくれたんだろう。
自室のベッドに腰掛けて、外を眺めた。無意識に指が液晶を滑って、そっと蛙アイコンのアカウントを削除した。チカッ、と閉めきられたカーテンの向こうで一番星が瞬いた。
僕は僕を観て、僕になる。僕は僕を、映せただろうか。
ダウナー・トナー 風若シオン @KazawakaShion
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