喪失の勇者は戦場で嗤う

Reraiado

第1話 勇者の器

目を覚ますと、部屋の中だった。特に変わった様子の無い部屋。ここで何故寝ていたのか、起きる前は何をしていたのか、何も思い出せない。


今の自分の状況に困惑しながらも、なんとか自分の起きる前の事を思い出そうとするが、何も思い出せなかった。


「あ…!起きてる…!?」

扉を開ける音がしたと同時に、透き通った綺麗な女性の声が聞こえてきた。銀髪のサラサラで綺麗な髪を揺らし、その髪色に合わせたかの様な真っ白な服を着て、青色の瞳で俺を見つめてくる。


「あなたは…?」

「私はリリメア!あなたの名前は?」

「名前…」


自分の事も何も分からない状態だったが、名前だけはすんなりと頭の中に浮かんできた。

「レライアド」

「レライアドね、覚えた!体調は大丈夫そう?」

「多分、大丈夫…ていうか、なんで俺はここで寝てたの?」

「君が森の中で倒れてたのを保護したの。医者の所に連れていったけど、命に別状は無いって判断されたから、私が泊まってる宿で寝かせてたって感じかな〜」

「そうだったんだ…ありがとう」


なんとなく事情は分かったが、何故リリメアは名前も知らない俺の為に、こんなに尽くしてくれるのかが分からなかった。

「なんで俺の為にそんなに尽くしてくれるの?」

「え?ん〜あのままあの森に居たら、魔獣の餌になっちゃってたし、見つけちゃったから無視するのも嫌だし…私のお姉ちゃんならこうするかな〜って思ったから!」

「そっか、ありがとう…」


これ以上リリメアに迷惑をかけるのも嫌なので、俺はベッドから降りて立ち上がり、元気になったと見せてみようとするも、足の力が上手く入らず倒れてしまった。


「っ…!大丈夫!?ずっと寝てたからまだ体は上手く動かないか」

「大丈夫…なんとか動ける。どれだけ寝てたの?」

「大体1ヶ月位かな」


歩こうとすれば体の力が抜けるが、頑張れば歩けない訳じゃない。まずここが何処かも全く分かっていないので、とりあえず宿の外に出てみたい。


「何処か行きたいの?」

「あぁ、ここが何処か分からないから散策に…」

「なら一緒に行こ!私が色々教えてあげる!」


そう言うとリリメアは可愛らしい笑顔で別の部屋に行き、すぐに準備をして戻ってきた。


俺はリリメアと一緒に街の散策をし始めるが、リリメアの服装とその見た目はかなり良いものなのか、通り過ぎる人の視線がリリメアに向いている気がする。特に男性の。


俺はまだ体が上手く動かせないのもあり、すぐに広場の方にあったベンチに座って、気になる事を色々質問してみた。


「そもそも、ここはどこなんだ?」

「ここって…この町の事?この町はラッセルだよ。チュニメイトって国の中にある小さめの町」

「あれは何?」

俺がそう言って見たのは、8歳ぐらいの子供達が手から小さな火を出している所だった


「あれって…魔法の事…?え!?もしかして魔法の事とかも分かんない感じ?」

リリメアはかなり驚いたのか、声が大きくなって聞いてきた。俺がそれに「うん」と頷くと、リリメアは顎を触って考え込み始めた。


しかし数秒経つと、考えている事を忘れたかのように別の話題を俺に聞いてくる。


「ていうか、私はレライアドの事が知りたいな」

「俺の事?」

「そ!なんで君があんな所で寝てたのか〜とか、どういう魔法が得意なのか〜とか」

「俺は…さっき起きるより前の事とか、何も分からない…俺が何をして生きてきたのかすらも…」

「そうなんだ…ん〜見た目は私と同じ18歳位だと思うんだけど…記憶喪失かな?何かが原因で記憶が無くなる事があるって聞いた事あるし…」


恐らく俺は今、リリメアの言っている記憶喪失なのだろう。今の俺になる前はどんな人間だったのだろうか…しっかりと鍛えられて、筋肉のついた体。でも傷は1つも無いような綺麗な肌。自分は一体、どんな人間だったのかという疑問が強く残る。


「手とか腕もかなり綺麗だから冒険者だったとかでも無いのかな…?普通は腕に傷の1つ位はあるんだけど…」


冒険者は努力の証として、腕に傷が出来た場合残す事が常識らしいのだが、俺の体はその傷が一つも無く、綺麗な状態だ。


リリメアは小さく独り言を呟くかのように俺の身体を見ていた。


「あんまり見られると、恥ずかしいんだけど…」

「あぁ!ごめんね?凄い鍛えられてるから、どんな人だったのか気になって…」


リリメアはそう言いつつも、またすぐに俺の体を観察し始めた。


「レライアドの前はどんな感じなんだろうね?」

「何も分かんない…でも俺も起きる前は自分がどんな人間だったのか、知りたいかも」


俺の言葉を聞いてリリメアは少し悩んだ後、何かに思いついたようで元気に提案してきた。


「そうだ!魔法の事も国の事も何にも分かんないなら、魔法学校に行けば良いじゃん!」

「魔法学校?」

「そう!魔法の基礎的な事とか、魔法を習得する為に学べる場所。同い年位の子とかいっぱい居るから、楽しいんじゃないかな?どう?」


確かに魔法学校に行けば俺の事を知ってる人が居るかもしれないし、今後自分の事を調べる際に、魔法は使える様になった方が良いのかもしれない。それに今の俺は、これから何をすれば良いか分からなかった。魔法学校に通うという目的を作れば、何かしらのタイミングで過去の記憶を思い出せるかもしれない。


「分かった、魔法学校に行くよ」

俺はそう決意してリリメアに伝えると、リリメアは笑顔になってベンチから立ち上がり、俺の目の前に立って何かを見せようとしている。


「見ててね?」

そう言うとリリメアは、手のひらを上に向けて言葉を唱える。

「ミュナル・キニエ」

そう言うとリリメアの手のひらの少し上に火が出始めた。


さっき子供達が出していた物よりも、3倍程大きい立派な物だった。リリメアは火を消して、少し大きめの胸を強調するかの様に胸を前に張り、俺にドヤ顔をしてきた。リリメアのそんな何処か幼げな所を見て、自然と笑顔が零れていた。


「リリメアは凄いな…」

俺の言葉を聞いてリリメアは、更に無邪気な笑顔で俺の腕を引っ張って、ラッセルの色んな建物を紹介してくれた。


レストランや武器屋、果物屋や雑貨屋、銭湯など、初めて見る建物ばかりだった。その後はレストランで夕食を食べたのだが、当然お金を持っていない俺の食事代はリリメアが払ってくれた。


レストランを出た時には、今後自分でお金を稼ぐ事が出来たら、必ずリリメアにお返しをすると心の中で強く決意した。


「私はあそこの部屋に居るから、何か分からない事があったらドアをノックして聞きに来てね!」

「分かった…今日は本当ありがとう」

「ううん!これから同じ魔法学校に行くと思うし、一緒に頑張ろうね!明日は早速学校に行って、色んな手続きして通える様にして貰お!」


俺は何から何までリリメアにして貰ってばかりで、静かになった部屋に1人で居ると、何をしたら良いかが分からなくなってしまった。


「何したらいいんだ…?」

とりあえず部屋を色々見て回り始めた。ふかふかのベッド、木で作られた椅子と机。余計な物など何も無い生活感が皆無の部屋で、椅子に座ってぼーっとしていると、扉がノックされた。


「はーい」

俺がそう言ってドアを開けると、さっきとは少し違った姿のリリメアが居た。髪は全て下ろし、服も何処かラフな格好になっていた。


「どうしたの?」

「お風呂!行こうと思って!」

「お風呂…?」

「ほら、レライアドの着替えの服もちゃんとあるから行こ!」

そう言ってまた少し強引に俺を部屋から引っ張り出した。

「さっき紹介した銭湯に行くよ!」


そう言って銭湯に連れてこられた。どうやらここは、ニホンという国の人が昔作った場所らしい。


手こずりながらも何とかお風呂を済ませて出てくると、リリメアが座って待っていた。


「どうだった?ちゃんと洗えた?」

「うん、隣に居るお爺さんが色々教えてくれた」

「そっか!良かったね!」


昼間に見たリリメアとは違い、上は薄いシャツを1枚着ているだけなのもあり、何処か少し艶めかしい感じがある…


その後は、宿に戻ってなんとか眠り、次の日にはまたリリメアが部屋に迎えに来てくれた。


「んじゃ、今日は魔法学校に行こう!」

そう言って昨日の様に、俺の腕を持って先に歩いていく。


昨日散策した範囲より更に遠くに向かい、他の建物より少し大きな建物に入っていった。程よく飾られた廊下を歩いていると、同い年程の男女や、12歳ほどの子供達も歩いていた。


階段で2階に上がり、扉を開けると大人が談笑したり、何かを準備している人達が居た。扉を開ける音を聞いて、大人達の視線が一気にこっちに向いて、すぐに1人の女性がやって来る。


茶髪のロングヘアで、落ち着いた雰囲気の綺麗なお姉さんだった。その女性はリリメアと俺を交互に見て、リリメアに話しかける。


「あらリリメア。どうしたの?男の人なんか連れてきて〜かなりイケメンじゃない、彼氏?」

「んな!?ち、違いますよシュミエラ先生!」

リリメアはすぐに慌てて否定して、すぐに俺が記憶喪失になった事、それから魔法学校に入学したい旨を伝えてくれた。シュミエラという先生も、リリメアの言葉をしっかりと聞いてくれていた。


「ん〜分かった。取り敢えず校長先生に話してみるね」


少し時間が経った後、シュミエラ先生は俺とリリメアを呼んでくれた。一緒に大人達の多く居る部屋に入り、周りを見渡していると白髪の60代程の男性が座る部屋に連れてこられた。


「君がレライアドくんかね?私はここの校長を務めている」

「はい!!」

「そして魔法学校に入学したいと…じゃあまず魔法の適性検査をするから」


そう言うと、シュミエラ先生が別の部屋から透明のような、少し白いような水晶を持ってきた。


「この水晶に魔力を込めてって…あ〜確か魔力の使い方も分からんのか。ではリリメア君が先に見本を見せてやってくれないか」

「えっ!?」


そう言われてリリメアは困惑しつつも、その水晶に手をかざすと、水晶が綺麗な赤色に光り始めた。


「素晴らしい、ありがとうリリメア君。ではこの水晶について少し説明しよう。この水晶は魔力を込めた人の魔法の才能が分かる物だ」


「何色にも光らない場合は才能無し、黄色の場合は魔法は扱えるがなれて初級者程度。青色は中級者。赤色は上級者になれる才能がある」

「って事はリリメアって…」


自分がなんとなく思っていたより、リリメアは凄い人のようだった。リリメアの凄さを知って申し訳なさそうに見てみると、昨日のようにめちゃくちゃドヤ顔をしていた。


「そうなんだよ?私、凄いんだよ?」

リリメアが調子に乗っていると、シュミエラ先生が補足してくれる。

「あくまでこの水晶の色はその人の才能。つまりコップの大きさだから、コップに注ぐ水の量はちゃんと自分で努力しないと、才能が無い人と変わらないから注意して」

「レライアド君何か質問はあるかね?」


「光らなかった場合でも魔法は使えるんですか?」

「光らなかった場合でも魔法は使える。だが、かなり簡単な物しか使えない」

「才能が無い状態で、才能がある人よりも努力して魔法の練習したりしたらどうなるんですか?」

「例えどれだけ努力しても追い抜かす事は出来ない。大きなコップに注げる限界の量を小さなコップに移し替えても、小さなコップの一定量を超えたら溢れてしまうのと一緒だ。魔法がある一定の難易度を超えると、途端に覚えられなくなる」


その何処か悲しくなるような事実に少しショックを受けつつ、もし自分の才能が無い状態だったらどうしようと言う不安が、俺の心の中を襲い始める。


「大丈夫!レライアドなら魔法の才能あるよ!多分!」

多分というほんの少しの保険を残しつつも、リリメアは俺を励ましてくれた。だが俺はその励ましで少し前向きになる事が出来た。


「それじゃあ心の準備が出来たらやってみてくれ」

「分かりました」

「手の前の空間に意識を込めるんだ」


何とか最悪の事態の覚悟をして、水晶に魔力を込め始めた。すると水晶は黄色に光り始めた。それを見たリリメアは少しホッとしたのか「良かった〜」と言葉を漏らす。


リリメアの声を聞いて、視線を水晶からリリメアの方に向けると、喜んでいた表情は更に笑顔になっていた。水晶の方に視線を戻すと、次は青色になっていた。そして次は赤色に…そしてすぐに水晶は黒色になった。


「黒色…?」

事前の説明には無かった、黒色に光った水晶を見て困惑した俺は周りの反応を伺った。


周りの反応は俺と同じ様な、初めての物を見る目をしていた。シュミエラ先生も、リリメアも驚きの表情のままだった。


「レライアド君…黒色の場合を伝えてなかったな…」

それまで校長先生は話しかけやすそうな笑顔だった顔が、真剣な顔で話し始めた。


「黒色は本来ある才能の器が無い状態だと言われている…」

「それって魔法が使えないって事ですか…?」

「逆だよ…才能の上限が無いって事だ。どれだけ努力しても才能の上限まで行けば、それ以上は絶対に強くなれない。だが黒色の場合は無限に強くなれる」

「それじゃあ魔法は!」

「魔法は使える…が、うちじゃあ宝の持ち腐れだ…ラッセルじゃなくてミュウアの魔法学校に行った方が良い。あそこは国が建てた魔法学校で、チュニメイトの優秀な未来ある子供達が集まり、優秀な大人達が先生として教えているから」

「良いんですか…?そんなわざわざ」

「君の才能は今後の世界に名を残す可能性がある。私に出来る事ならいくらでも協力をする。ミュウアの方には私の方から話を通しておこう。リリメア君も一緒について行くといい」


「え、私も良いんですか!?」

「リリメアは良いの?そんなにずっと俺と一緒で…」

「全然良いよ!それにミュウア魔法学校なんて行けると思ってなかったし」

「元々リリメア君もミュウア魔法学校には行かせるつもりだった。だが1人だけ輩出するというのはあまり良い事ばかりでは無いからね」


どうやら過去にも水晶を赤色に光らせた生徒が居て、その子もミュウアに行ったらしいのだが、ミュウア魔法学校では、赤色に光るのは当然の事のようでその子はミュウア魔法学校では馴染めずに、すぐに戻ってきてしまったらしい。


その事もあり、ミュウア魔法学校にリリメア1人を推薦して連れていくのに迷っていたとのこと。


「良かったかね?レライアド君。いきなり来てもらったのに、ミュウアの方に行かせるなんて」

最初は困惑したが、今の俺は色んな人と出会って、自分の過去の事を知ってる人に会いたい。


ミュウアはチュニメイトの中で最も人口が多く、技術としても発展した都市らしい。そこに行けば早く手がかりを見つけられるかもしれない。俺はそう思いミュウアに行く事に決めた。


「行きます!!ミュウア魔法学校…行かせてください」


俺がそう言うと校長先生は少し安心したのか、笑みを零し「ありがとう」と感謝を伝えてきた。


「リリメア君も良かったかね?」

「全然大丈夫です!!」


まだ目が覚めて間もないが、俺とリリメアがミュウア魔法学校に行く事が決まった。リリメアはかなり嬉しい様で、とても喜びながら校長先生に感謝をして部屋を後にした。


「校長先生…彼の器は…」

「あぁ、あれは…勇者の器だ…」

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