第2話 都市伝説
私が友人の
本で埋まった、結城の研究室の中には、北欧製の小型の薪ストーブが赤々と燃えていた。大学の研究室に薪ストーブを持ち込んでいる教授は少ないだろう。焚火が、結城の唯一と言っていい趣味だった。万一の火災に備えて、水を入れたバケツと消火器が部屋の隅に、薪と並べて無造作に置いてあった。
結城は私の学生時代からの古い友人だ。今はS大の民俗学の教授をしている。結城は学問一筋の男だった。40を過ぎても独身で、身を固めるそぶりもない。私は、そんな結城に、いつものように見合い話を持ってきたのだ。
端正な顔立ちなので、女性と本気で付き合えば、すぐに結婚相手が見つかるだろうと思うのだが・・・結婚に興味がないのか、結城は私の見合い話に乗ってきたことがなかった。この日も結城は、私の見合い話を何だか上の空で聞いていた。
私の『お相手の紹介』が一通り済んだところで、結城がこう言った。
「藤堂。友人としての君の好意は大変ありがたいんだが・・・ボクはまだ結婚に踏み切る気になれない」
私は結城に聞いた。
「誰かいい人でもいるのかい?」
結城は笑いながら首を振った。
「そんな人がいるわけはないだろう」
私も笑いながら言った。
「しかし、お前。いつになったら、結婚に踏み切る気になるんだ? ずっと独身というわけにもいかんだろう」
結城は少し考えて言った。
「そうだな。結婚は・・・何か大きな人生の目標ができたときかな」
そう言うと、結城は壁に掛けてある時計を見上げた。
「藤堂。そろそろ来客があるんだが・・・」
「そうか。じゃあ、僕はこれでお
私は腰を上げようとした。
すると、結城が私の肩を手で押さえた。
「いや、そうじゃないんだ。よければ君にも同席してもらいたいんだ。来客というのは出版社の人で、ボクに意見を聞きたいと言うんだが・・・」
「でも、僕がいたんじゃ、お邪魔だろう」
「いや、それが・・・」
結城が何か言いかけたときだ。教授室のドアをトントンとノックする音が聞こえた。
結城が「はい、どうぞ」と声を掛けると、ドアが開いて若い女性が入ってきた。美人だ。殺風景な結城の教授室が急に明るくなった。
女性は「お邪魔します」と華やいだ声で言うと、私を見て、ちょっと驚いた様子を見せた。女性が結城にあわてて言った。
「結城先生。お客様でしたら、私、もう少ししてからお伺い致しましょうか?」
結城が私と女性を交互に見た。すると、結城がいきなり、私たちの紹介を始めたのだ。
「藤堂。こちらは、A出版の能代美咲さん。・・・美咲さん、こちらはボクの友人で作家の藤堂俊三君です。お話に藤堂君が同席してもいいかな?」
私は驚いた。結城が女性を名前で呼んだのだ・・・
美咲という女性が私を見て、名刺を差し出した。
「藤堂先生でいらっしゃいますか? 初めまして、
如才ない挨拶だ。名刺を受け取りながら、私は苦笑いを返した。私は売れない三文作家だ。日本を代表するA出版が、私などの末端作家を知るわけがない。
結城が私に言った。
「藤堂。A出版ではね、今度、都市伝説に関する本を出版しようという企画があって・・・それで、資料部の美咲さんが、ボクに、ある都市伝説に関する意見を聞きたいということで、いらっしゃったんだよ。ボクも都市伝説といった民間伝承には興味があるんでね」
堅物の結城が都市伝説などというものに興味を持っているとは知らなかった。
私は思わず、聞き返した。
「都市伝説だって?」
「そうなんだ。君が書く小説のネタにもなるだろう」
それで分かった。これは・・・結城が、売れない作家の私を、大手出版社であるA社の美咲に引き合わせてくれているのだ。つまり、私の訪問に合わせて、結城がそのように仕組んでくれたのだ。しかも、私のプライドが傷つかないように、偶然を装って・・・
私は心の中で結城に感謝した。
それで、私の心は決まった。
せっかくの機会だ。結城と一緒に、この女性の話を聞いてみよう・・・
それに、結城が『美咲』と呼ぶ、この女性も気になる・・・
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