二つ名の冒険者

@Blackhoodie1

第1話

冒険者には二つ名を付けられる者が居る。その者は例えば龍をも倒す者、一つの技を極めし者、国を救った者である。共通点は一つ、強者である事。

では強さとは何か、筋肉、技術、運、もしくは──知識である。




深い森の中、草を掻き分けて進む。しかしいくら進めど在るのは見たことありそうな光景のみ。


「クッソ、マジでさホントにさ……ホントクソだよ」


叫びたいが叫んだら魔物が来る。それがまたストレスで頭を掻きむしり、少しでも発散する。しかし現実を見なければならない、俺の置かれた状況を。


「迷った」


ダンジョン攻略を終えて帰る際にショートカットをしようと森に入ったら迷うなんて…。俺の目指している二つ名の人はこんなミスなんてしない。まだまだ精進しなければ。


「先ずは生きて帰る所から始めないとな…」


呟き、ため息を着く。しかしこの森は何処か変な気がする。


振動を感じながら考えてみる。


多種多様な植物に生息する魔物の強さが今までで段違いに強い。


背中の剣を抜き、適度に力を抜き構える。


──来る!


「うわぁずっと着いてくるぅ」


気の抜けた声と共に1人の少年が草を掻き分けて現れた。15、6歳だろうか、袖の長い服を着ており背には大きな鞄を背負っている。


なんだコイツは…。

弱そう、いかにも弱そう。見たところ武器は無さそうだし身体にこの森で生きていられる程の魔力の流れが見えない。


「あっ、貴方ぁ。戦えますよね?うん、後ろの奴ぅ倒してくれません?」


こちらに気が付き後ろを指差しながら話しかけて来る。後ろから現れたのは猪だ。否、頭だけ猪だ。首から下は青白い複数の細い腕が蠢いている。見るだけでも嫌悪感を感じさせる。


「うぇっ」


仕方が無い、一刻も早く視界から消したいし倒してやるか。




結果的に最悪だった。


妙に強くて苦戦するし嫌な叫び声を発するし腕を切り飛ばした時は血が撒き散らされて少し掛かったし猪の口から黒っぽいドロドロした何かをこちらに吐き出して逃げやがった。そしてその何かがとても臭い。


「うわぁ見て見て見て下さいよぉ、これって実はウツヨデの糞なんですよぉ」


更にこの正体不明の少年が急に元気になり始めた。

目を光らせその糞を興味深そうに顔を近ずける。よくそんな至近距離で嗅げるな。


「ウツヨデがぁ糞を飛ばして逃げる理由は敵から逃げる為でもありますがぁ、自分の縄張りを増やす為でもあるんですよねぇ。しかもぉ腕で移動した場所はぁ木々を破壊しながら移動してぇ整地するのでぇ、基本的にウツヨデが通った場所は全て縄張りになるんですよぉ」

「へ、へぇー」


面白いけど変人だろこの人!早くどうにかしないとコイツがストレスの原因になっちまう!


「なぁアンタ、アルタウンってどっち進めば辿り着けるんだ?教えてくれよ、今迷子でさ」

「 ベアリハル迷宮方面ですねぇ、方向は分かりますけどぉ真っ直ぐ進むのは難しいですよぉ?」

「マジかよ俺ベアリハルから来たんだけどな…」


その瞬間彼の目が変わった。後悔する暇もなく畳み掛けるように猛攻が始まる。


「貴方ぁ、ダンジョン行けるんですかぁ、それも一人でぇ。ベアリハル迷宮ってぇAランクですよねぇ?良いなぁ、ダンジョンの中ってぇ自然がいっぱいなんでしょぉ?」


見るからに人工物もあるけどな。

明らかに選択を失敗した俺は嫌な予感に顔を引き攣らせ、口を開こうとした所でそれより早く追撃が始まった。


「あ、僕をダンジョンにぃ連れていってくれるならぁ、アルタウンまで案内しますよぉ」

「お、お前なぁ──」

「アンリハの剣」

「──ッ!?」


驚きを隠せない俺に穏やかな微笑みを向ける。


「そこに行きたいんですよねぇ?」

「なんで分かったか……教えて貰っても?」

「そんなのかぁんたんですよぉ。貴方ぁ、見るからにダンジョン以外の探索慣れしてませんもぉん、冒険者の中にはダンジョン専門もいますしねぇ。そうなったら目指すのは最難関ダンジョン『アンリハの剣』一択ですよぉ」

「……『アンリハの剣』は噂だ、ある証拠も無い」

「だぁかぁらぁ僕は交渉材料としてぇその名前を出してるんですぅ。唯一無二ですよぉ?」


つまり、存在を確認できる何かを持っている又は場所を知っていると。嘘だろ?そんなん知られたら世は大ダンジョン時代になっちまうよ!だが嘘であれば俺の怒りを買い殺される可能性だってあるし、良く考えれば俺にデメリットあんまり無くね?


そのような思考を読んでいるかのように、話は終わったとばかりに背を向け首だけこちらを向き呼びかけてくる。


「そうなれば行きましょうかぁ」

「……何処へ?」

「僕の行きたい場所です、ついでに貴方をぉこき使おうとぉ思いましてねぇ。貴方にとってもぉ悪くない場所とぉ思いますよぉ?」





「オイオイこれは…」

「はいぃ、『禍樹宴かじゅえん』ですぅ」


眼下には大きく空いた穴があり、その中にはこの森と比べより深く生い茂っている。見えている緑色の地面は全て植物の葉であり、本当の地面では無い。実際の地面までの高さを調べたという話は聞いた事がないが、噂によれば龍の全長よりも長いとか。


「今さっきAランクの迷宮行ったって話した気がするけど?」

「はいぃ、ですのでぇSランクのダンジョンだって行けますよねぇ?」


ダメだ話が通じねぇ。

基本的に迷宮の上位互換がダンジョンだ、つまりAランク下位がAランク迷宮、Aランク上位がAランクダンジョンである。いや無理、しかし出来なければ俺は帰れない。


「でも降りる方法が無きゃ無理だろ?」

「それはぁコレを使いますぅ」


ささやかな抵抗をするが、それを予期していた様に既に漁っていたカバンから取り出したのは試験管に入ったピンク色の液体。しかし粘土が高めのようで少し試験管にこびり付いている。


「スライムです」


スライム、最弱の魔物。確かに柔らかい、しかしそれで衝撃を吸収できるか──


不意に腕を掴まれる。


「えいー」

「はっ?」


地面、地面は何処だ。浮遊感、全身に風を感じる。落ちてる……落ちてる落ちてる、落ちてるよぉ!?

物凄い勢いで離れゆく崖に物凄い勢いで近付く地面。少年が試験管の栓を抜きスライムを自身の下に解放する。それは見た目よりも広がり俺も含めて二人を包み込める大きさにまで広がった。



緑の地面にぶつかる。──衝撃



浮遊感は終わらない。


「えっ?なんで、え?」

「舌ぁ噛みますよぉ?」


スライムで視界が塞がれそれが不安になってくる。聞いた話では草の上に乗ってから降りるのが正攻法って言ってたのに?葉っぱ貫通した?


さっきよりも長い時間落下しつづけ──衝撃


「ヴっ」

「ぐぇ」


痛い…しかし死ぬほどではなかった。それだけでもこのスライムの性能は素晴らしいものである。


「わぁ、実験成功でしたぁ」


不穏な言葉は置いておいて──


「すっげぇ」


葉の下は洞窟のように暗いかと思えば淡く光る植物が幻想的な風景を作っている。稀代の天才画家だってこれを表現するのは難しいだろう。

思いの外小型魔物もおり、温厚なツノアリツノナシツノツノも居る。可愛い。


「うへぇ、凄いなぁこれがダンジョンかぁ、えへえへ、ヨダレ出てきた」


服の裾でヨダレを拭くコイツを半目で見てるとふと問題を思い出す。


「コレどうやって登るの?」

「それも考えはぁ有りますよぉ」

「また実験してないんじゃないのか?」

「えへへぇ」


笑って誤魔化すコイツに一瞬剣を抜きそうになったが、ツノアリツノナシツノツノの様子が変わった事に気が付く。

一目散に逃げていく小型魔物達を横目に見ながら剣を抜き、何処から来ても良いように構える。



悪寒



直ぐに横を向いて剣を構える。


ソレは隠れもしていなかった。ソレはまるで幽霊だった。ソレはとてもおぞましがった。


人型で四足歩行でゆっくりと歩みを進める。否、足であるはずの部分が腕であるため、四手歩行とでも言うべきでだろうか。

脇、肩、胸、腰からも腕が飛び出ており、下半身になるにつれて腕の長さも長くなっている。身体は青白くやせ細っており、嫌悪感を抱かせる。

手足の部分以外の腕は顔を覆っておりその表情は見えない。見たくない。


「アアアァァアァァアァアアァァァァア」


うるさいくらいに叫ばず、聞こえないくらいに呟かず、ただ声を発し続けている。それなのについさっきまで気が付かなかった。


「気味が悪い……」


──駆ける


この生物が仮に人と同じ構造をしているのならば、やはり狙うのは首。


「待って!!ソイツは新種だ!!記録させてくれ!!」


今じゃねぇだろぉ!!


その言葉を無視して剣を振る。取っ──


「ア?」


手が外れ、顔が露わになり目が合う






死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死






「ひっ」


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて


「ありゃぁ、酷いなぁ」


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ


「ほいほいコレあげるからねぇ」


壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる


あ──





ぼやけた視界、何が何だか分からず一瞬惚ける。遅れてこれが涙だと気が付く。

なんで俺は泣いて──


「ほらぁ、こっち向いてぇ」


頭を掴まれ右に向かされた瞬間、顔面を殴られた。倒れた際に後頭部を地面に打って更に痛い。


「痛ッッ〜。は?え?なんで殴った?」


呆れ顔のコイツは腰に手を当てて駄目な弟に叱る兄のように答える。


「貴方ねぇ、精神壊れるところでしたよぉ?貴方の精神一時的に治してもぉ、放置すればまた壊れますからねぇ。孤独はぁ恐怖を増加させますしぃ、僕の事を教えてあげたんですよぉ」


未だに震えが止まらない、またあんな目にあったら──


「ッ!そうだ!アイツは何処に!」

「彼はぁお花あげたら帰りましたぁ」

「え、お花…?」


なんて事なかったふうに微笑みながら信じられない事を述べる。


「あのタイプはぁ上でもいましたからねぇ、もっと記録したかったんですけどぉ貴方が厳しそうなのでぇ」


信じられない、こんな弱い人が、俺より弱い人があんな化け物を前に正気を保ち、生きていられるなんて。


「アンタは何者だ?一体…一体誰なんだ!?」


迷惑そうな顔をし、人差し指を口元で立てて答える。


「ちょっと魔物がぁ来るかもしれないじゃないですかぁ、静かにぃして下さいぃ。でも確かにぃ自己紹介してませんでしたねぇ」


まるで休憩は充分だろうと、続けようと手を差し伸べながら言った。


「僕はクレアント。『冒険者』クレアント・クトロングス。僕一人だとぉダンジョンは厳しいのでぇ…。これからぁよろしくお願いしますねぇ」




冒険者には二つ名を付けられる者が居る。


その者は例えば龍おも倒す者、一つの技を極めし者、国を救った者である。


共通点は一つ、強者である事。


では強さとは何か、筋肉、技術、運、もしくは──知識である。

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