あつい
天雨虹汰
あつい
男はあつかった。病原菌に犯される身体にはあつさが芯から込み上げてきた。男は数日ほど前、病を患い2日ほど前からは酷いあつさに悪寒をも殺されていた。男は横になりながら病の原因や仕事のことを思考していたが、その思考もあつさにやられてしまった。男の感じるあつさは今現在、40度を超えた。ついに男はあつさに耐えることが出来なくなった。男は怠い体を起こし蛇口のある台所へ向かった。蛇口に指を掛け回し出た冷水をコップに入れ、ゴクリと喉を鳴らし飲む。その飲みようは力士30人分さながらであった。冷水によって喉、胃は一時的に冷めた。だがそれも束の間で、直ぐにあつさが侵攻してきた。男は焦った。病になってから初の焦りである。男は再度蛇口を捻り出た冷水をコップに入れ頭から被る。数秒待ち成果を確認する。冷水は頭から首と胸を経由していったが、腹に着く頃にはお湯へと変化していた。男は焦り、蛇口から直接冷水を被ることにした。頭や首を直に冷やしていくも、冷せば冷やすほどあつさも負けじと増していく。しかし焦る頭を冷やしたことで男は対処療法から原因療法へと移ることを閃き、あつさの原因を考察した。あつさに蝕まれながらも考察を続けていると、ふと目に、指についた包丁傷が写った。ここに解決の糸口を求めた男は傷口を圧迫し赤黒く、少し美しくも見える血液を出した。試しに血液を舐め、男は確信した。あつさの原因は血液だと、思えば直ぐに洗面台まで向かっていった。移動にかかった10秒間もあつさで男には3分間に感じられた。洗面台で居場所を教えるようにプラチナムに光るステンレス製ハサミを手に取り、うなじの皮を掴む。2センチメートルほど伸びた皮にハサミを入れる。刃は産毛を切り裂き、表皮から真皮にじっくり時間をかけながら届かせた。男は少しの痛みを感じたが、流れる血のあつさを感じ、悦び赤黒く染まった刃を進ませた。そのスピードは加速度的に上昇していき、皮は毛根を超え脂肪を出しカッとハサミが当たる音と共に切れた。約2センチの楕円形から流れ出た鮮血のトマト色は直ぐに腐っていった。男はあつさから開放される悦びのあまり赤濁色に染まったハサミとうなじを勢いよく洗面所に投げ捨て数秒の間を挟み、軽く舞を踊った。ふいに子供の頃の記憶が戻ったからである。しかし、あつさは死ななかった。男は少し絶望し、駄目元で水風呂をはる事にした。蛇口から冷水を浴槽に注ぐ。冷水に浸かるには5分は待たなければいけない。男はじっくり待とうと思ったが、復活したあつさによって男は1秒1秒を延々と感じ、到底待つことは出来なかった。結局1分5秒しか待つことは出来ず、しかし一気にあつさを殺すにはまだ冷水に入る訳にはいけないと考える男は少しでも多くの血を流し、冷水の補助をしようと考えた。男は切った箇所が悪かったのだと思い今度は太い血管を切ってみることにした。しかし実行に移そうとするも、男はあつさで中々体が動かなかった。どんどん上昇する悪熱に嫌悪を覚えた男は投げたハサミを取る暇さえ惜しいと、近くにあった安物のT字剃刀を手に取った。左の首元、頸動脈近くに剃刀を近づけ触れさせる。男は成功を祈り力を入れ思いきり首の皮を削いだ。剃刀でちゃんと削げているのか不安だったが、気づけば赤黒く忌まわしき血液がたっぷりと剃刀と左手に溢れ落ちていた。ハサミよりも時短で済ませれたことに男は満足し、水がたまるまでの残り2分、学生時代の記憶を頼りに身体のあちこちの血脈を探しあて、剃刀で削っていった。しかし削れば削るほど、それに反比例してあつさは増していく。もう男は殆ど動けずにいた。その時風呂が溢れ、水が尻もちを着く男の臀部と手足に当たる。男は悦んだ。男はあつさから解放されるために水風呂に入ろうと手で浴槽の縁を掴み臀部を上げ立った。が、気付けばあつさによって足はぷるぷると昔見た乞食のように揺れ、上手く浴槽に入ることが出来ずにいた。男は上半身を曲げ吸い込まれるように頭から水風呂へと落ちた。1秒後、あつさが消えた!男は蛇口を捻り栓を閉め、愉悦と安堵と幸福に包まれた。夢見心地すら確認でた。在りし日の記憶である。記憶の続きを見たい男はそのまま体に従い眠ることにし、気づく暇もなく眠っていた。翌日、隣人が起こしに来た際には既に風呂の温度は45度を超えていた。
あつい 天雨虹汰 @shigakota
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