だってもう死ぬんだから
藤花チヱリ
第1話 決意
「そうですねえ、なんというか、態度は悪くないんです。ただ姿勢と言いますか、ちっとも興味がない様子をお見受けします。表現が難しいですが・・・。」
分かります、と言うように母は頷く。
「うちでも良く主人と話すんです。この子はきっと好奇心というものが足りないんだろうと。昔から下を向いているような子でしたから・・・このままだと就職も厳しいんじゃないかと心配しているんです。」
すると今度は先生の方が頷く。
「これからは自分が主体となって考えて動いていく力が必要ですからねえ」
ね、と母と先生は相槌を打ち合う。
バカバカしい。そもそもオンラインの通信制高校で出来ることなんてたかが知れている。人間関係に辟易して、わざわざ普通科の高校を自主退学するような人間だ。人並を求めないで欲しい。増してや、自主性など。
「琴葉、聞いてる?今あなたの話をしてるのよ」
母の高くもなく、低くもない妙に演技じみた声が私を突き刺す。
こんな母の声が嫌いだ。
いかにも私はあなたのことを想ってしているのよ、といった風の、微妙に尖らせた口、軽く眉間に寄せられた皺。まるで困らせものの野良猫を見るような目。
こんな母の態度が嫌いだ。
「では、琴葉さん。またお母様とちゃんとお話しておいてくださいね。こちらに来て下さる日をお待ちしています。」
先生は定型文の挨拶だけすると、失礼します、とビデオ通話を切る。プツリと映像が途絶え、真っ暗な画面が何事もなかったように現れる。
電源を落としたパソコンを片付けながら、母は大きなため息をつく。
恒例の小言の時間だ。
こんな時間が嫌いだ。
「どうしてこんな風に」「どこで育て方を間違ったのか」
いつも話すことは同じだ。毎度同じことの繰り返しなので、もはや定期的に家の前を通る古紙回収車のアナウンスのように聞こえてくる。家に引きこもるようになってから、あのアナウンスの台詞も大体は覚えてしまったような気がする。
けれど、その日の母はいつもと少し様子が違った。ため息をつくばかりで、一言も小言は言わない。
だけど、たった、たった一言だけ。
「どうして私はこの子を…」
その先の言葉は小さすぎて聞き取れなかった。だけど、それを読み取れない程野暮でもない。
母が言いたかったのはきっと。
『私はどうしてこの子を産んでしまったのだろう』
私には二つ年下の妹がいる。私とは対称的な性格で、友人もいる。バイオリンが得意で、コンクールなんかにも出場している。
私もかつてはピアノをたしなんでいたことがあったけれど、ちっとも芽が出なくて、私が諦めるより先に、両親が諦めてしまった。
勉強も、音楽も、運動会のかけっこも。
初めは応援してくれていたけれど、そのうち、口をそろえて言うようになった。
「どうせあなたにはできないでしょう?」
両親にも、学校の先生にも、同級生にも、誰にも期待されなくなってしまった。
母は、呟いたその言葉が私に読み取られているとはつゆ知らず、バイオリンのレッスンに向かう妹のお弁当の支度を始める。
(もういいや)
何を考えるまでもなく、心の中で私は呟く。
以前、普通科の高校に通っていた時、ノートに死ねと書かれた。自転車のタイヤをパンクされた。空き教室に閉じ込められた。
辛くなかったわけじゃない。ただ知らず知らずのうちに、心の中に空いた穴のようなものがいつか満たされるときが来るんじゃないかとあがいて、どこかにその不安や苦しみをぶつけられる時が来ると信じていたけれど。
ここにはもう私の居場所はない。
その日、私は決めた。
私は、三日後に死ぬと。
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