箱 ~Fairies 短編~

西澤杏奈

第1話 「箱」は嫌いだ。

 篠崎しのざき真莉まりは箱が嫌いだった。その狭い空間が嫌いだった。中にあるものは身動きさえまともにとれやしない。

 よく箱の中だったり、瓶の中だったりに花をたくさん詰め込むプリザーブドフラワーなんてものがあるが、植物を操る彼女にとって中にある花はかわいそうに思えた。

 なんであんなのが美しいと思えるのか、真莉にはわからなかった。切られた花はその最後の美しさをせめて、新鮮な空気と水とともに魅せるべきではないのだろうか。


 社会にも「箱」はあった。自分を勝手に定義し、判断し、嫌悪したり好感を持ったりする、偏見の「箱」や、自分の考えという「箱」。真莉はその「箱」をもっと嫌った。


 真莉は日本ではあまり馴染めなかった。母親が外国人だったからか、人々の偏見の「箱」に押し込められることが多かった。

 日本人らしくしろと言われたり、逆に外国に戻れよと言われたり。自分は本当に日本で生まれ、育ってきたというのに。なんで人々は自分の小さな考えや思想の「箱」に詰め込もうとするのだろう。日本はいい国なのに、そこだけが唯一不満なところだ。

 日本と比較して国際的なアメリカであれば、そんな問題はないのかと思っていた。

 だが、それは間違いだった。


 アメリカでの人種差別は日本よりもずっと激しかった。それからもう一つの問題が、アメリカに着いた真莉に現れた。

 特別な能力だ。


 真莉は能力者だった。大地、水、火の三つの力が使えた。

 能力者はこの世の中で生きてはいけない。彼らは「Pest害虫」と呼ばれ、その強い能力からテロリスト扱いされ、安全保障隊か民間ハンターによって殺されることのみが許されている運命なのだ。

 それも勝手な定義だ。世の中は能力者をまた狭い考えの「箱」の中に入れていた。人間に対し敵対意思がないペストもいることを、理解できていなかった。


 だから、篠崎真莉は他のペストとともに集団で行動していた。「箱」なんかに負けないように、お互い助け合いながら生きていた。

 とある有名な不動産会社の警備員、フェアリー団として。





 アーベル・エークルンド、スウェーデン出身のペストである彼の夜は忙しかった。なにしろペストが動き出すのは夜。それらから自分が勤める不動産会社を守るのが、自分の役目だ。

 だが今晩、彼を悩ませていたのは人間を攻撃するペストではなかった。その逆であるかもしれなかった。

 家にも帰らず、ただ外のビルの屋上の上で黙々と思考する青年を、月は心配そうに照らしている。


 ふとアーベルはなにか気配を感じて振り向いた。誰もいないように見えたが、青年はため息をつき、呆れたような声音で呼びかけた。


「君たち、そこにいるのはわかってるよ。出てきなさい」


 するとアンテナの裏から、渋々といった雰囲気で二人の影がでてきた。今日は満月のおかげか、彼らの顔がよく見えた。


 一人は金髪頭に緑色の目をした少年。やる気のなさそうな顔をしていて、手をポケットに突っ込んでいる。もう一人は少年と同じ緑色の目に、肩につくかつかないくらいの長さの焦げ茶色の髪をした少女。

 どちらも同じ黒い服を着ている。


「ヴィリアミ、真莉。一体なんでここに来たんだい? 日向が心配するだろう」


「それは人のこと言えないだろ、アーベル」


 少年はむっとして返す。彼の名はヴィリアミ・レーティネン。アーベルと同じ北欧のフィンランド出身だ。能力は大地と水の二つを所有している。


「僕はただ思考を整理しているだけさ」


「それで夕飯を逃すわけ? なんか悩んでるんでしょ」


 少女は慣れた調子で言う。彼女の名は篠崎真莉。父親が日本人、母親がスラヴ人の能力者だ。


「んー……」


 アーベルは座ったまま腕を組み、空を仰ぐ。


「これ言っていいのかな。君たちすぐ勝手に行動して無茶するからさ」


「別に言わなくても勝手に行動して無茶するよ」


「いや、それはやめてくれよ」


 疲労した顔も気にせずに、二人はアーベルの隣に座り、彼が何を言うかをじっと緑色の目で見つめる。


「はいはい、わかったよ。しょうがないなー」


 はぁーっとふたたびため息をついた青年は、観念して語り始める。


「最近、ニューヨークで、ペストが次々と姿を消しているんだ」


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