まるくおさまる

ritsuca

第1話

 高校の頃、授業で強制的に借りさせられた本を延滞してしまって慌てて図書室を訪れたことがある。借りた本を返したその場で、カウンターに開いて置かれていた不思議な写真集を凝視して固まっていたら、中にいた司書さんが「ふふ。面白い? むかぁし、流行ってたの、ねこなべ、って。土鍋に入ってて可愛いよね。借りてく?」と話しかけてくれたのだったっけ。名前が張り出されるまで借りた本のことなどすっかり忘れていたのにまた借りるなんて、とその場でペラペラとめくったのだったか。

 そんなことを思い出したのは、きっとこの光景のせいだろう。


「荻野、どうすんだよ、これ」

「うーん、写真でも撮るか」


 カメラカメラ、と立ち上がった荻野のいた場所には、引越し業者のイラストの入った段ボール箱がある。互いの部屋に届いた段ボール箱は、残念ながら職場の移転作業でお世話になったワンタッチ箱ではなかった。

 見積をとった結果、やはり繁忙期は避けよう、という結論にはなったものの、今のうちに詰めたり減らしたりできる荷物の整理を少しずつ進めていこう、ということに落ち着いて、今日も二人とも荻野の部屋にいる。

 よっこいしょ、と小声で言いながら戻ってきた荻野の手には、本棚の上にちょこんと置かれてオブジェのようになっていたミラーレス一眼がある。それなりにがっしりしたカメラのファインダー越しに覗いて――

 カシャッ。


「んなうぅ~~~」


 むずがるような声をあげたものの、そのまま動く様子のないおーじの姿に、そろりそろりと動いて荻野はもう一度シャッターを切った。撮った写真をカメラのディスプレイで確認して小さく頷く姿に、見せてよ、と阿賀野も立ち上がる。

 GW頃までは使わないだろう、と段ボールに詰められた衣類のうえ、ごろりと丸まったおーじの姿に、「鍋にしようぜ」と言ってしまったのはご愛敬。いいね、と同意した荻野と見た冷蔵庫の中には、おーじがすっぽり収まりそうなゆとりがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まるくおさまる ritsuca @zx1683

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ