第38話 EP5 (7) クレアの実家、母

 タートルはゆっくりとノースランドの東端の道を進む。オープンの荷台からは青い空と白い雲、広大な山々が見える。バトイディアがゆっくりと飛んでいる。


 ウォード達はノースランドの到着地に行く途中でクレアの実家に立寄る予定を立てていた。クレアの希望であるが、他のメンバーも興味があるようで全員賛成であった。懐かしいのか、クレアが周りの景色を熱心に見ている。ウォードがクレアに訊く。


「実家はあとどれくらいかな?」

「この先、十キロくらいよ。一時間かからないわ」


 ニーモも言った。

「とっても素敵なところですね。羨ましい」

「何にも無い田舎よ。つまんないわ」


 ここで生まれ育ったクレアはそんな風にとぼけるが、内心では懐かしさが募っているのは想像に難くない。


「実家にはお母さんがいるんだったっけ?」


 ウォードは到着前に念のためクレアに確認しておく。


「母と妹。あと生まれたてほやほやの姪っ子」

「え、妹さん出産したってこと?」

「そう。言ってなかったっけ?」

「聞いてないな。俺ら邪魔しない方がいいんじゃないか?」

「いいのいいの。別に手がかかる訳じゃ無し」

「そうか? じゃあ」


「あ、ニーモ。私の母親ねえ、少し調子が悪いんだ。もし可能だったら、少し癒してあげてくれる?」

「はい、もちろんです」

「頼むね」


 クレアの母クララは、元々小学校の教師をしていた。長女クレア、次女クロエを育てながら、地元の小学生達に優しく勉強を教えていた。クレア達も実の母親の授業を受けていた。


 クレアが十歳になる頃、詳細な理由はわからないがクララは夫と離別した。クレアの父は自宅を離れ、クララは女手一つで姉妹を育てた。


 姉のクレアは高校を卒業すると都会に出て行った。それに対して妹のクロエは地元に残り母と同じように学校の先生となった。二人は無事社会人となったのだ。クララの肩の荷は下りた。


 やがて、クララは体調がすぐれなくなり、仕事を辞めた。しばらくして子宮や卵巣の病気が見つかり、通院治療をするようになった。クロエが結婚して家を離れると、一人になったクララは体力が落ち、めっきり老けてしまった。


 それでも病気とは折り合いをつけ、騙しだましで生活は続けてこられた。クロエが里帰り出産のため戻ってきて、今に至るという状況である。


 けっして大きくは無いが、可愛らしい二階建ての木造の白い家が見えてきた。クレアの実家だ。程よい傾斜の上にあり、緑と花に囲まれている。


「あれか、いい場所にあるな」


 ザックが呟いた。ウォードも辺りの風景を見回して言った。


「近くに手ごろな山もあるし、最高の環境だよ。なクレア」

「まあ、と言うか山しかないしね」

「登ったりしたのか?」

「まあね。この辺のお約束だから。お母さんがよく連れて行ってくれたんだ」


 クレアが懐かしそうに言う。やがて実家に到着した。タートルが停止すると、クレアがまず家に向かっていった。


「ただいまあ」


 かつて知ったる実家にクレアが入っていった。少しして家から出迎えに出てきたのは、母クララと妹クロエ。赤ちゃんのクラリスを抱いている。


「ようこそいらっしゃいました」


 クララがウォード達に丁寧にお辞儀する。白髪交じりの長い髪を後ろに留めている。まだ五十歳前後のはずだが、年上に見える。ニーモが赤ちゃんを見てはしゃぐ。


「うわあ、可愛いですねえ。女の子ですか?」


 クラリスを抱いている妹クロエが答える。


「そうです。クラリスって言うんです。三ヶ月になります」

「大きくなってきたねえ」


 横から覗いたクレアが言った。出産の時に一度会いに来たが、それ以来三ヶ月ぶりである。クロエとクラリスの親子を囲んで話の花が咲いた。


 ふとウォードはクララが一人ひっそりと先に家に戻っていくのに気が付いた。ウォードはその様子をじっと見守っていた。

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