オリ曲

 曲をカバーする時、まずは聴く。


 その後、曲を聴きつつ鼻歌で歌う。

 リズムを掴むために。


 そして次は「ラ」と発声して歌う。

 音程を掴むために。


 昔は発音出来なかった「ラ」を使う。


 それから歌詞通りに歌う。

 歌い方はオリジナルに合わせる。オリジナルが歌詞をきちんと発音してないなら、自分もまた同じように歌う。


 あとはボイトレの先生による調整。

 それがカバー曲のレッスン。


 けど今回は違った。


 カバーではなくオリジナル曲。


 まさかこのタイミングでオリジナル曲とは。


 もしかしてボイトレの先生はそれであんな意地悪なことを聞いたのかなと勘繰ってしまう。


 いや、きっとそうだろう。


 オリジナル曲はインストゥルメンタルを聴きながら歌詞を読んで、どのような声色で歌うのかを決めないといけない。


 バラードで恋愛の歌詞なら、悲しそうな声を。

 ロックで自己解放の歌詞なら、がなり声。

 ポップで明るい歌詞なら、楽しそうに。


 しかし、最近では細分化されたり、混ざったりと曲の型が多様化している。

 そして今回、送られてきたオリジナル曲の音源もまさしくそれだった。


 イントロはオペラ調から始まる。

 そしてAメロでテクノポップになり、サビがロックバラードになる。


 歌詞は……意味不明だった。


 分かるのは嘆き、憤り、苛立ち、悲しみの順で感情が読み取れるくらい。


 私はスマホのメモ帳を使い、イントロが嘆き、Aメロで憤りと苛立ち、サビで悲しみをと書き込む。


 それからイメージとして声色は20代女性、澄んだ声、ただしメロはカッコ良く、サビは悲しみを含めるとメモ帳に書き込む。


 そしてもう一度インストゥルメンタルを聴く。メロディに合わせて歌詞カードに乗せた指を動かす。


(やはり難しいな)


 私は髪をかき上げる。


 音源や歌詞カードともう一つ楽譜も届いている。


 正直、私は楽譜がろくに読めないので、送られてきてもどうしろという感じ。

 せいぜい、音符が多いので「ここは速くかな?」くらいだ。


 とりあえず、インストゥルメンタルを聴きつつ声に出して歌ってみる。


 音源に歌声はないので鼻歌も「ラ」で歌うことも出来ない。


 もちろん、最初だから大きく外した。


(イントロのとこは後でいいかな)


 まずはAメロから歌ってみる。そしてサビ。


  ◯


 音源と歌詞カードできちんと歌えるようになれとは言っていないが、歌えずにレッスンを受けるとまずは何度も歌えと音源だえを流して歌わされる。そしてプロ意識だのなんだのと説教する。


 私の話ではないが、とあるVtuberが全く音源も歌詞カードも覚えずにレッスンを受けにきたため怒られ、そして帰らされたとか。


 それだけボイトレの先生はここに来る以上は最低限出来て当然と考えているらしい。


 そして私はきちんと予習した──が、私は怒られた。


「最初でダメ。もうダメ。聴く気がしない。表現ができていない」


 ひどい言われようだ。


 最初はオペラ調。音はなし。難しすぎだろ。


「どんな感じで歌えばいいのですか?」

「歌詞を読んだら分かるだろ?」


 ボイトレの先生はお前は何を聞いているんだみたいな、少し挑発的な顔をする。


 ものすごく殴りたい。


 それを抑えて、私は聞く。


「悲しみですか?」

「そう思うの?」


(もー! ウザイ! まじウザイ! 殴りてえ。質問を質問で返すな!)


「それじゃあ、もう一度歌ってみようか」

「……はい」


  ◯


 今日のレッスンはイントロの部分だけ歌わされた。


 3桁くらい歌わされたはず。


「ありがとうございました」


 私は一礼して部屋を出る。

 そしてすぐに口を「イー」として、中指を立てた。


「どうしたの?」

「おわっ! ソレイユさん!」

「すごい顔してたけど」

「いや、ちょっと……」


(見られてた?)


 私は恥ずかしくて目を逸らす。


「ソレイユはこれからレッスン?」

「ううん。終わったとこ」


 そして私達は一緒に歩き出す。


「あれ、やめた方がいいよ」

「え?」

「前にメテオみたいに中指立てた子がいてね。その時、ドアが開いちゃってバレたのよ」


 ソレイユは苦笑しつつ言う。


「まじですか」

「でも、どうして中指立てたの?」

「次のオリ曲でちょっと……」

「ちょっと?」


  ◯


 スタジオ近くの喫茶店で私はソレイユとお茶をすることになった。


「それでさっき言っていた『ちょっと』って何?」

「オリ曲なんですけど、最初の部分がオペラ調で」

「オペラ調?」

「はい。アカペラみたいな感じなんですよ」


 ソレイユは少し考えてから、


「ああ、なるほどね。『アーアーアー』みたいな感じ?」

「え? 『アーアーアー』? 何ですそれ? ターザン?」

「違うよ。嘆くみたいな。そんな感じじゃないの?」

「歌詞はありますが『アーアーアー』はないです」

「叫んだりしないの?」

「叫ぶだなんて、歌詞にはないですよ」


 私は笑って否定する。


「でも歌詞になくても使わない?」

「ええ!? 使います?」

「ちなみにどんな歌詞?」

「それがさっぱりで」


 私はスマホで歌詞データを表示して、ソレイユにスマホを渡す。


「ふむふむ」

「分かります?」

「うん。さっぱりだ。歌詞の意味は理解できないや。イントロの部分は切ない訴えかな?」

「切ない……訴え?」

「何かを伝えようとして伝えきれない?」


 スマホを返され、私はスマホ画面をちらりと窺う。そして声に出さず歌詞を読んでみた。

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