異世界勇者ウラシマの帰還
佐倉みづき
1
俺の眼前に箱が一つ置かれている。
長方形に切った木を四角柱になるよう組み立て、その上にアーチ状の木蓋を被せてある。辺や角を金の装飾で補強されて絢爛に彩られているこの箱は、誰もが口を揃えて宝箱だと称するだろう。
そう、宝箱だ。固く口を閉ざしたその中には人類の浪漫が詰まっている。
何故、冴えない一介の大学生である俺が宝箱を持ち得ているのか。話は少し遡り、大学の講義の帰り道。見目麗しい女性が軟派な男達に狭い路地裏に連れ込まれそうになっている現場を目撃した。俺はすぐさま駆け寄り、彼女は困っているだろうと男達から引き離した。男達は文句を零したが、警察を呼んでいるとハッタリを効かせると、捨て台詞を吐いて退散した。
「ありがとうございました……助けてくださった貴方を勇気あるお方と見込んでお願いがあります」
おずおずと礼を述べた女性は、この世に舞い降りた天女の如き美貌を持っていた。思わず見惚れていると、彼女はここからが本題とでも言うように要件を切り出してきた。
「お願い?」
おうむ返しに問うと、彼女は嘘偽りのない真っ直ぐな視線をこちらに向けてきた。
「はい……実は、私はこの世界の人間ではありません。違う世界――貴方方が言うところの異世界から参りました。私共の世界は現在、邪智暴虐の魔王によって滅亡の危機に晒されています。討伐に赴いた力自慢の男衆は誰一人帰らず、残された我々は恐怖に震えて滅びを待つばかり。そんな折、神託がありました。勇気ある異世界の若者が魔王を討ち倒すと。多対一であるにも関わらず私を助けてくださった貴方であれば、魔王にも臆せず立ち向かえるでしょう。どうかお力を貸していただけませんか」
急なカミングアウトに、はいわかりましたと首を縦に振る愚者はいないだろう。彼女の必死な言い分も、思い込みが激しく現実と物語の境が曖昧になっているのだと一笑に付すのは容易い。
けれど、困っている人を黙って見過ごすのは俺の信条に反する。それに俺は正義感も人一倍強いが、好奇心もまた同じくらい強いのだ。彼女が語る異世界とやらに興味がないと言えば嘘になる。何せ、巷に溢れ返るフィクション作品では異世界ブームが巻き起こっているのだ。誰しも一度は自分も行ってみたいと考えたことはあるだろう。俺とて健全な男子なのだ。二つ返事で了承した。
「ありがとうございます! それでこそ私が見込んだ殿方ですわ」
満面に喜色を浮かべて手を握ってきた。異性からの積極的なスキンシップに心臓がうるさくなる。
「では、目を閉じてください。今からあちらへと転移します。決して手を離さぬよう」
言われた通りに目を瞑ると、踏みしめていた地面の感触が消えた。ふわりと体が浮き上がる感覚。微睡みから眠りに落ちる際に似た心地よい浮遊感にしばし身を委ねた。
「到着しました。どうぞ、目を開けてください」
促されて瞼を開けると、眼下には絶景が広がっていた。コンクリートジャングルである日本の都会とは対極の豊かな森。ところどころ緑が途切れ、そこには中世ヨーロッパ風の建物が並んでいた。この世界の人々が住まう集落なのだろう。雲一つない澄んだ空をドラゴンが飛び交い、見たことのない獣が森の中を闊歩する。二十一世紀の地球上とは思えない光景は、ここが異世界なのだと如実に知らしめていた。
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