赤い橋と満月の夜

虹のゆきに咲く

プロローグ

 老いとは儚いもので、深い山に沈みゆく、夕日の様ではないかと思うのである。

 京都の、ある老人ホームでは、身の回りが自分でできる者から、認知症、寝たきりの者も入居していた。建物は新しくも職員は慣れない者が多かった。

 房江は入居する前から認知症があり、身寄りがいないため、市役所の職員に連れられて、ここの老人ホームに入居したのである。やせ細って、腰も曲がっており、顔もしわだらけであった。房江は 夕暮れになると決まって職員に告げる事があった。

 

「すみません、そろそろ、御暇おいとまさせていただきます。」

「房江ちゃん、御暇ってどういう意味?」

「そろそろ、行かないと哲夫様が待っております」

「哲夫様って誰?それに房江ちゃんの家はここの老人ホームよ」」

「いえ、満月の夜に、赤い橋の上で哲夫様が待っていらっしゃるのです」


 時は大正時代に遡り、房江の若かりし頃の話である。

 

 雨が降っていた。雨は降っていた。雨は涙色で次第に雪へと変わり、房江の黒髪に積もっていった。それを拭おうとせず、房江は赤い橋で哲夫を切なくも待っていた。それは満月の夜であった。夜が静かに房江を覆っていた。


「房江さん、お待たせしました。申し訳ありません」

「哲夫さん、もう来ていただけないのかと思っておりました」

「さあ、この赤い橋を渡って行きましょう」

「本当に大丈夫なのでしょうか?」

「この橋を過ぎたならば、そこには私達の行くべきところがあるのです」

「はい」


 吐く息は白く、そう、房江は小さくうなずいた。そして、奉公先から哲夫とともに後にしたのだ。

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