第25話 ゼッタイ!タイホだ!

鳴り響くサイレン。


集まる野次馬。


『近付かないでくださーい!』


大声で叫ぶ風紀委員会。


爆発炎上したバンの周りに、黄色いテープが貼られていた……。


「アイリス学園のキャプテンIII、坂本ナナオよ」


「……IDを確認。こちら、サーシウム学院のオフィサーII、石川マコです」


俺達は今、誘拐事件の犯人が殺された現場に来ていた……。


マコと名乗った風紀委員会の少女は、野暮ったい丸メガネで髪をポニテにした、地味極まりない地味の塊みたいな子だ。


別に、「実は犯人でした!」なんてことは一切ない、いわゆるモブキャラ的な少女……。


メガネの反射光で目元が見えないその少女は、敬礼してからナナオに現場の説明を始める……。


「先程、午前10:30頃に、防犯ネットワークで追跡中の盗難バンがこちらの埠頭で被害者の引き渡しを行おうとしていました」


マコが指差した先には、寂れた埠頭が。


学園都市は学園都市内で充分に自活可能な生産力があるので、本土との出入りはあまりないのだ。


そしてここは古い工業地帯の一つで、旧式の小型船しか停泊できない。だからこそ寂れたんだろうな。


「犯人は、こちらで監視カメラに射撃し、直接的に無力化した後、小型ボートに乗って逃走したようです」


「それを黙って見てたの?」


「いえ、その瞬間に確保しようと複数人で飛び出したのですが……」


「なるほど、その瞬間に盗難車が爆発した訳ね」


「はい……。その爆発に巻き込まれ、実行犯三人は脳核まで融解し、死亡が確認されました……」


「脳核まで?!」


「爆発物の燃えさしを科学調査したところ、どうやらテルミット反応を利用した爆薬を使用したようでして……」


「テルミット爆弾?!!バカじゃないの犯人は!学園都市では手に入らない禁制品だし……、第一、不良を消す程度でそれだけのものを使う?!」


「はい……。テルミット爆弾を用意できるルートは限られていますから、その線で調査をしているのですが、芳しくなく……」


「まあそうなるでしょうね。それだけの高性能爆薬なんて、用意できるのは『コーポ』の連中か『生徒会』くらいのものよ。そしてどちらも、動機が全くない……」


「そうなりますね……。コーポも生徒会も、生徒を誘拐する理由がありませんから。ちょっとアレな話ですけど、危険な実験をするなら捕らえている不良を使えば良いだけですし……」


「わざわざ多大なリスクと手間をかけて、何も知らない一般生徒を攫う意味なんてない、わよね……」


そう言って顎に手を当てて考え込むナナオ。


「一応、犯人が映っている映像をもらえないかしら?」


「分かりました。風紀委員会のサーバに高解像度編集版がアップロードしてありますが……、未編集版を直接転送いたしますか?」


「そうして。未編集のものを一度見ておきたいから」


「分かりました……、転送終了」


「確認したわ」


ナナオは、こちらにも動画を共有してくる。


動画の内容は……、うわっ、映像粗いなあ。


「粗いな……」


ミコシが呟く。


これでは、顔は見えなく、体格しか分からない。


相手はどうやら、細身の背の高い……、うーん分からん。骨格を弄ったサイボーグらしく、シルエットでは性別すら判断できん。


「す、すみません……。ここのところ予算不足でして、このようなパトロールルートから外れた人気のない場所の監視カメラは、旧式のままなんです……」


マコがペコペコと頭を下げる。


予算はね……。


うん、予算はね、本当にね。


それだけはどうにもならんからね……。


宮仕えの最大の弱点なのよね……。


「予算予算……、どこもお金ねえ……」


大きなため息をつきながら、動画のウインドウを消したナナオは、そのまま黄色いテープの内側に入っていく……。




「まずは、車から見ていきましょうか」


「え、真犯人の逃走先の特定じゃないの?」


カルイが首を傾げる。


「おバカ。あの映像に映っていた奴が真犯人かどうかなんて、まだ分からないでしょ?」


「で、でも、人質を受け取って海に……」


「あの映像の粗さじゃ、人質が本当に人質だったかなんて特定できてないわよ。スケープゴートである線の方が強いと私は思うわ。……ってか、海ルートの方は衛星映像からすぐに割れるんだから、そっちは別の人に任せりゃ良いの」


そう言ってテキパキと車の残骸を集め始めるナナオ……。


「うーん……、フレームまで溶けてるわね。これじゃあ、元々どんな車だったかすら分からないわ」


「それだけじゃない、地面も大分抉れている。これを見ろ、分厚いマンホールの表面が融解して、地面に張り付いている」


ミコシはそう言って、マンホールを指差す。


「ふんふん……、なるほどね。このマンホールの上に、ちょうどバンがあったのね」


ナナオが指を弾くと、AR画像でデフォルメされたバン表示された。


ついでに、監視カメラの粗い映像を基に、極々簡易な爆発のモデルを作る。


これは凄いな、絵心があると言うか……。


「ミコシ、ちょっと聞きたいんだけど、アンタってテルミット爆弾を扱ったことある?」


「少しだけならあるぞ」


「この場合、分量ってどれくらい?」


「ふむ……、この破壊範囲を見る限りだと、グレネード程度の大きさだと推測できるな」


「そっか、グレネード……。テルミットグレネードが……おそらく車内で爆発?でも何で……?」


もう一度動画を見返したナナオ。


「……このバン、急発進しているわね。このタイプの車は立ち上がりが遅いわ。これだけの速度が最初から出ているのなら、犯人の運転手は全力でいきなりアクセルを全開にしていることになる」


「急いで逃げようとしたんじゃないの?」


カルイが軽く言うが……。


「そうかしら……。ハンドルも切ってるから、車の中で暴れていると言うか……、何かの弾みでのこと、みたいに感じるけど」


「何で仲間しかいない車の中で暴れるのさー?仲間の一人が裏切って自爆したとかー?」


「チンピラ如きが、テルミットグレネードなんて手に入れられる訳ないじゃない。そして、そんなものを手に入れたら、チンピラであってももっとマシな使い方するでしょ!」


「例えば?」


「テルミットよ?三千度の高熱で鉄すら焼き溶かす。それなら、銀行強盗にでも使えば良いでしょ」


「あー、やりそー」


「話が逸れたわ。何で車内にテルミットグレネードがあったのかしら……?」


「んー……、まあほら、でも動機はアレじゃない?使い捨てのチンピラを焼いて証拠隠滅ーって感じ」


「……他殺だとすると、テルミットが投げ込まれたってこと?でも、映像にはそんなもの……、いえ、ここね?!」


ナナオは、いきなり、足元のマンホールを踏み締めた。


「カルイ!」


「あいあい、キャプテーン」


カルイの両腕のアームが軋みを上げる。


コンクリートの地面を抉り、溶けかけたマンホールを無理矢理にひっぺがした……。


「……ビンゴ!最近使われた形跡があるわ!」


「どう言うことだ?話が見えんが」


ミコシはそう言って首を傾げる。


それに対して、ナナオはこう答えた。


「よくある手口よ。マンホールの上に下部に穴の空いた車を駐車して、マンホールを経由してモノをやり取りし、車はそのまま囮にする……」


「……古いスパイ映画のようなことをやるものだ。つまり、黒幕は、マンホールから車内の誘拐被害者を捕まえて、ついでにテルミットグレネードを投げ込んで逃走……ってことになるな」


「ええ、追うわよ!舐めた真似をしてくれた犯人を、この手で必ず捕まえて見せるんだから!」


そう言って装備を整えて、俺達は下水道に突入した……。

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