更衣室の落し物

楂古聿

第1話

 私史上最大の落し物は、忘れ去りたい黒歴史だった。


 小学校高学年の頃から高校生まで、将来の夢は小説家だった。いやまあ、今も夢見ているけれど。中学生の時がいちばん、その夢への情熱が高い時期だった。


 思いついた話のタネ、なんかいいかもと思ったフレーズ、小っ恥ずかしいことばかりをメモった花柄の小さなメモ帳を、常に携帯していた。


 落し物をしたその日も、制服の内ポケットにメモ帳を忍ばせていた。


 私の通っていた学校は、参観日や行事のある日でなければ、朝学活が終わった後、1時限目が始まる前に制服から体操着に着替えるのが、暗黙のルールであった。


 なので私も、そのルールに則って更衣室で友人と着替えていた。


 だいたい着替えのときなんて、昨日見たドラマの話とか、推しているアイドルの話とか、そんな話を延々と喋りながら着替えていくものだ。私もそうだった。


 お喋りに夢中で気が付かなかったのだ。脱いだ内ポケットから、まだ誰にも読まれたくない言葉達が詰め込まれたメモ帳がこぼれ落ちていたことに。


 そのまま授業を受けて、何事も無いように過ごしていた。この時点では何事も無いのだ。気付いていないんだもの。


 私の顔が黄色から青に変わったのは、4時限分の授業を終えた、給食の時間の事だった。


 のんきに給食を食べていたら、学年主任の先生が教室へ入ってきて、見覚えのある小さなメモ帳を掲げたのだった。


「これが更衣室に落ちていました。心当たりのある人はいますか?」


 心当たりしかないじゃないか。


 そんなのを携帯していて、落として気が付かないようなマヌケはこの学年に私しかいないもの。


 そして、私はある事実に気が付いて、顔が青から白に変わった。


 当時私は2組だった。


 先生がどの組から回ったかはわからないが、2組から初めに来るなんてありえない。1組か4組か、どちらにせよ端から回るものだろう。


 つまりこのクラスに来た時点で、既に少なくとも30数人の目に、この私の恥が晒されているということだ。


「4組で、◯◯さんのものじゃないかと言っていた人がいたんだけど。」


 今は名乗り出ず、後で職員室へ取りに行こう。そんな甘い考えは打ち砕かれ、クラスメイト全員の前で名指しされてしまった。その日欠席者はいなかったので、本当の全員だ。


 全員の目線が集まる中前へ出ていくなんて、表彰を受け取る時くらいのものなのに、そんな時のような誇らしさや晴れやかさなんて欠けらも無い。代わりに、恥ずかしさと憎らしさで顔が熱くなった。


 みんな作文発表の時だって、明後日の方向を向いて聞いていない人もいるのに、どうしてこんな時ばかり揃ってこちらを見るのかと思うと、恨めしい。


 席へ戻ると、同じ班の子に何のメモ帳か聞かれたので、ネタ帳だよと答えたら、お笑い芸人にでもなるんかよって笑っていた。


 みんなを笑わせるネタを詰めたネタ帳ならどれだけ良かったか。


 拙く、思い返せば恥ずかしい言葉達が散りばめられたネタ帳なんて、自分を含めて誰も笑えない。


 そうして私は、ネタ帳を二度と落とすもんかと固く誓い、その媒体を紙から電子へ移行させた。


 私史上初のペーパーレス化だ。


 それ以来、今日に至るまで「メモはスマホに」を徹底して黒歴史の再現は防げている。


 メモ帳を私のものだと指摘し、目に触れる人数を最小限に抑えてくれた4組の誰かとデジタル社会に最大の感謝を申し伝えたい。

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更衣室の落し物 楂古聿 @sacoichi_

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