第41話決着と願い

徳川さんが出した木の大蛇。


かの有名な諏訪大社や民間信仰によって崇拝される神だ。




俺も綱秀との戦いで水の龍を作ったことがあるが、


柔らかく操作しやすい水ではなく


固い木で再現するどころか生き物のように動かしてしまうのは


人智を超えた力なのだろう。




「水を全てつぎ込みました。


ここからは小細工無し。できる力を全てぶつけ合いましょう。」




純恋の魔力が少ない今、水の魔術を使えば


何人か犠牲を出せただろう。




だが、それを捨ててまで俺との勝負を”あえて”望んだ。




先程の魔術を徳川さんも見ているはず。


この中で言えば俺と真正面から戦うのが一番勝機は低いだろう。




俺をなんとしてでも殺したいと考えることもできるが


今までの行動からしてそこまでの執念は見えない。


この人は一体何を企んでいるのだろうか?




「・・いいでしょう。」




足を上手く動かせないが魔術での攻防は足を動かす必要はない。


全てが好条件の申し出を断る理由はなかった。




風の魔術を使い、空気を掴む。


黒く変色していく空気を風に変え、高速に回転させていく。




漆黒の風の弾が俺の前に出来上がるが、


よく見ると小さな光の様な粒が写っており


まるで遠い宇宙の様だった。




「・・黒牛アルデバラン。」




風の黒牛を先ほどより精密に作り上げる。


あの炎を打ち破ったこいつであればミジャグジ様の打ち倒せるだろう。




「行け!!」




合図を出すと雄たけびをあげながら角を向け勢いよく駆け出していく。




それを見た徳川さんも右手を前に出して大蛇を差し向けた。




二体を真っすぐに進んでいく。


宣言通り小細工無し。援護をもらうことなく


二本の短い角と大きな口の中に隠された鋭い牙を突き立てた。




二体の獣がぶつかった衝撃が突風となり辺りを襲う。


痛む足で何とか踏ん張り状況を確認するが


力は互角。お互いの得物をぶつけあいながら


鍔迫り合いが始まっていた。




なんとか押し込もうと魔力を込めるが


大蛇は引く気配を一向に見せない。




よく見ると木の体で地面に根を張っており


体を支えているようだ。




(力で無理なら・・・!!)




力で押せないのなら技術で何とかしなければならない。


魔術操作で角に捻りを加え、高速で回転させる。




突破力を上げた黒牛は鍔迫り合いをしながら


相手の体を削っていき、押し込んでいった。




「言ったではないですか。小細工無しと。


そちらが破るのであればこちらもやらせていただきますよ?」




顔が削られていき、完全にこちらが有利だと思った瞬間。


体の中から銀色の何かが現れ


黒牛の体に巻き付いたかと思えば一瞬にして包み込まれてしまう。




「木に含まれている水分を集めさせてもらいました。」




銀色の中にある俺の魔力が無くなっていくのを感じる。


抵抗することも、悶える事さえ許されずに


黒牛は消えてなくなってしまった。




「そんな半端な魔術では私を打ち倒せませんよ?」




銀色の液体は木の中から流れ出てきて蛇の形に戻る。


残された木はまるで脱皮の後に残る皮の様だった。




「少し形を変えましょう。小細工を使えないようにします。」




銀色の蛇は姿を変え、九つの首と大きな胴を持った化け物に変わる。


液体の体であの大きな胴。


もう一度黒牛を出したとしても柔らかい水の鱗とあの胴で受け止められてしまい


九つの口に生える牙でかみ殺されてしまうだろう。




「龍穂君。もう一度言います。


お互いの出せる力の全て・・・、”全力”で来てください。」




俺の全力。頭の中に今出せる魔術を並べるが


そのいずれもあの姿を変えた大蛇を打ち倒せるビジョンが湧かない。




(・・・どうする。)




どうにかしようと必死に考えていると


俺の肩に手が置かれる。




「龍穂。」




ハッとして横を見るとそこには兼兄の姿があった。




「全力で魔力を出せ。」




「・・出してるよ。あれが俺の——————————————」




「違う。全力じゃない。


お前は魔術を使う時、無意識に魔力を制限している。




いきなり魔力量が増えたことで魔術を上手く扱えるか


不安になったんだろう。


それで本来出せる力の六割程度しか魔力を出せていない。」




国學館に来て増えた魔力を数値化されたのが頭から離れず、


綱秀に喧嘩を売られた時から相手を傷つけないように


魔力をセーブしてきた。




最近はその意識せずに魔術を使っていたが、


その力加減を体が覚えてしまっているのかもしれない。




「龍穂。お前は優しい。


恐らく仙蔵さんを殺したくないと心の奥底で思っているのか知れないが


あの人は敵だ。その優しさは隙となり


仙蔵さんは容赦なくつけこんでくるぞ。




そしてそれは周りの人間に危害が及ぶ。


お前はそれでいいのか?」




兼兄の言葉を聞いて後ろを見渡す。


そこには不安そうにこちらを覗いていた三人の姿があった。




「徳川さんは・・敵。」




「ああ。お前の足の痛みがそう言っているはずだ。




龍穂の優しさは長所の一つだが、向ける相手を間違えれば


一転短所に変わる。




もう一度言う。あの人は敵だ。


敵意を向ける人であり、お前が全力で倒すことで


周りの大切な人達を守ることに繋がるんだ。」




兼兄の説得の言葉が頭に染み渡っていく。




時折見せるあの人の優しさに


敵であるかわからなくなっていたが、


その気持ちこそがつけこまれる隙であり


敗北への道になっている。




「・・・わかった。」




ここで勝たなければならない。


兼兄や楓、そして俺の戦いとは無関係なのに


戦ってくれている純恋達のためにも敗北は許されない。




「風よ・・。」




再び風の魔術を唱える。


もちろん全力、俺が持っている魔力の全ての注ぎ込む。




「そうです。全力で来なさい。


それでこそ・・・・、あなたに”託せる”。」




問題なのは何を使ってあの大蛇を倒すか。


どれだけ強力な魔力を込めたとしても黒牛では倒せない。




自分の引き出しの無さが顕著に表れてしまっている。


風の魔術は苦手ではないがいつも一緒に戦ってくれる


楓だよりで使ってこなかったのがここで響いてしまった。




(星・・・。)




目の前で作り上げられる黒い風の漆黒の中に光る


星が俺の向けて光り輝いている。




その中でも強い光を放つ六つの星。


その星々が俺に向けて何か訴えている様に思えて仕方なかった。




そう考えている内に目の前に魔術が構築されていく。


大きな風を放っている六つの黒い風の塊。




俺が見ていた星々の輝きとは正反対だが、


それぞれに極めて高い魔力を秘めており


人に近い形をしていた。




「まだ不完全の様ですが、それが正真正銘、龍穂君の全力の様ですね。」




徳川さんが再び右手を差し出す。




「決めましょう。


あなたの長い旅路の第一歩となる戦いの結末を。」




待っていたと言わんばかりに大蛇が俺の首を狙いこちらに向けて


地面を這いだした。




その姿を見た六つの風の塊が


早く出せと言わんばかりにこちらを見ているような気がする。




「・・・六連星すばる。」




頭の中に浮かんだ呪文を唱えると


黒い風たちが大蛇に向かって飛び立っていく。




九つの頭が風たちに噛みつこうと長い首を伸ばしてくるが


怯むことなく真正面から突進し、牙をものともせずに


押し込んでいく。




「彼の力を借りても・・風の王には敵わないか・・・!!!」




液体の体であっても受け止めきれず、


徳川さんの元へ押し込まれていく。




「・・・行け。」




あと少しで崩れる。


そう確信し、魔力を振り絞ると大蛇の体が宙へ浮き、


大きな胴に六つの風たちが突き刺さった。




「ぐっ・・・!!!」




地面から離れ、踏ん張ることが出来なくなった


大蛇は吹き飛ばされ徳川さんに向かって吹っ飛んでいく。




そして書斎の壁まで到達し、大きな衝撃音と


砂煙を辺りにまき散らした。




「・・・・・・・・・・・。」




勝負がついた。そう確信した瞬間に糸が切れたように


体の力が抜ける。




「龍穂さん!!」




足に力が入らずに、地面に倒れてしまう所を


近くにいた楓が支えてくれた。


体に残っていた魔力を全て吐き出すことが出来た様だ。




「・・よくやった龍穂。仙蔵さんのお望み通りの


全力の魔術を使えたな。」




褒めてくれる兼兄だが、勝利の余韻に浸っている暇はない。




「・・・・楓。」




「大丈夫ですか!?今すぐ手当を・・・。」




「徳川さんの元へ連れて行ってくれ。」




なぜ戦いの中で俺に助言をくれたのか。


なぜ自ら勝機を絶ち、純粋な力比べを挑んだのか。




俺を殺すための戦いの中で見せた不自然な判断の


正体を明かさなければならない。




「・・あの人は敵です。意識の有無が分からない中


近づくのは危険————————————」




楓の肩を借りて移動しようとする俺を引き留める楓。


だが、俺の前に立つ人物が現れる。




「大丈夫じゃ。行くぞ。」




青さんは振り返り、屈んで背中を見せてくる。


乗れという事なのだろう。




楓から乗り移り、背丈の小さい青さんにおぶられながら


仙蔵さんの元へ向かう。




「・・俺達も行こう。」




兼兄や純恋達も後に続いて歩きだす。




舞っていた砂煙が徐々に晴れていくと、そこには


血を流しながら倒れている仙蔵さんがいた。




銀色の大蛇は跡形も無くいなくなっており、


残っているのは衝撃によって粉々になった


木の抜け殻の破片だけであり、


すぐそこまで近づくと手に一冊の本が握られていた。




「・・・・不覚を取りました。


歳は取りたくないものですねぇ。」




俺達が近づいてきたのに気が付いたのか、


ゆっくりと目を開ける徳川さん。




出てきた無念の言葉とは裏腹に、その表情は


優しく、柔らかい笑顔のままだった。




「・・なぜ、俺に助言をしたんですか?


それに・・・、わざわざなんで不利な勝負を・・・。」




聞きたかったことを素直に尋ねる俺を見て


仙蔵さんは変わらぬ笑顔で答える。




「言ったでしょう?私が戦う理由は徳川家の栄華のためです。


本来は龍穂君を殺し、徳川家の繁栄を確約させるつもりでしたが・・・気が変わりました。」




「気が変わった?」




「国學館での成長。そしてあなたの周りに人が集まっていくのを見て思ったのです。


あなたであれば、両親の仇を撃てるのではないかと・・・ね。」




両親の仇・・・。


そう言えば戦いの中で俺の両親のことについて触れていた。




「実は・・・あなたの父親の里親をしていました。」




「・・・え?」




「あなたのおじいさんと親交がありましてね。


青さんに指導をしていただいたのもその縁があったからなのです。」




青さんが大きなため息を吐く。




「・・大馬鹿者が。」




なぜこんなことをしたのかと一言呟いた


青さんの顔は見えなかったが、おそらく悲しい顔をしているのだろう。




「ですからあなたの父親については深く知っています。


だからこそ・・・、あなたに面影を見たのかもしれませんね・・・。」




小さい頃の記憶は無く、しいて言えば石の姿の両親を


親父に見せてもらっただけであり




生前の話をもっと聞きたいと思ったが


徳川さんは手に持っていた本をこちらに差し出してくる。




「・・龍穂君。敵である身で申し訳ないのですが


一つだけお願いを聞いてくれますか?」




手に持った本を受け取れという事なのだろう。




出来れば素直に受け取りたいが、


先ほどまで命の取り合いをしていた相手の


申し出を簡単に受けていいのかと考えていると




「受け取ってやれ。」




青さんが哀愁のこもった声で俺に言ってくる。




俺は恐る恐る差し出された本を手に取った。




「その中に孫娘である千夏が入っています。


この子を助けてあげてほしいのです。」




助ける・・・?どういう意味だ?




「私は国學館の校長である身でありながら


生徒達を危険に晒すという失態を犯した。




ですが、それは私が単独で企んだものです。


彼女には全く関係の無い話。




両親に先立たれ、たった一人の繋がりのある


保護者がそんな大罪を犯したと知れば真面目な彼女はひどく落ち込むはず。




龍穂君。そんな彼女にできれば寄り添い、守ってあげてほしいのです。」




徳川さんの出血は激しい。このまま病院に連れて行っても助かるかは分からない。




「そんな・・・、そんなことを言うくらいなら


なんで俺の命を・・・・。」




そんなことを申し出るくらいならこのような事をしなければよかったんじゃないか?


そう思ってならない。




「・・お願いできませんでしょうか?」




顔が白くなりつつも、笑顔を絶やさずこちらを


優しく見つめてくる徳川さん。




「・・・・・・・・分かりました。」




犯した罪は大きいが残された千夏さんを気遣う本物だろう。


そして俺への助言など、成長させてくれた徳川さんに


敵とは言え恩を感じてしまっていた俺は悩んだ末に承諾してしまった。




「ありがとうございます。これで・・・・徳川の栄華は守れる。」




そう呟きながら漫勉の笑顔を浮かべると、


やせ我慢をしていたのか辛そうな表情を浮かべた。




「・・仙蔵さん。あなたの身柄を拘束させていただきます。




尋問で情報を抜き取った後、三道合同議会の会合で


罪状が決まるでしょう。」




兼兄がどこからか取り出した手錠を徳川さんにかけようと近づいていく。




まだまだ聞きたいことが多いが、徳川さんが手当され生き長らえるのであれば


何時か話せる機会はあるだろう。




(本当に・・終わった・・・。)




交流試合から今までずっと戦い続け、


続いていた緊張の糸が完全に切れる。




すると足の痛みなど、全身に出来た傷が痛みだし


体を動かすことが出来なくなった。




「あと少しで帰れる。我慢せい。」




あまりの痛みに声が出てしまっていただろうか?


青さんに我慢する様に言われてしまう。




「・・これで終わりですね。」




兼兄が手錠をかけようと近づいて屈む。




徳川さんに抵抗する気は無く、無防備に両手を前に出していた。




「・・・?」




みんながその姿に注目していたその時、


遠くから水が落ちるような音がした。




徳川さんが使用した水の魔術が天井に残っており、


床に落ちた音だろうと思い無視していたが


どこからか海の香りが漂ってくる。




「・・・いけません!!!」




手錠をかける寸前。


徳川さんは何かに気が付いたのか


兼兄の手を振りはらい駆け出す。




体の動かない俺をかばおうと純恋や桃子が前に立って得物を構えるが


徳川さんは俺へ向かってはおらず、


俺と青さんの横を通り過ぎた。




「・・龍穂さん!!!」




横から楓の声が下かと思ったら、横から強く押され


青さん共々地面に倒れてしまう。




何が起きたのかわからなかったが、


耳に入ってきたのは何がか空気を割きながら飛んできている音と


肉が割かれたような音だった。




「何が・・・。」




状況を確認するために顔を上げる。




「・・・・え?」




塩辛い匂いの中に生臭い鉄の匂いが混じっている。


暗闇の中で見えたもの。




それは俺をかばう様に前に立つ楓と


左胸に刺さった大きな触手だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る