第33話 得体のしれない人物

扉の先から聞こえてくる毛利先生の声。


だが、その全てが怪しすぎるため慎重に質問をする。




「毛利先生。先ほどの揺れは外で一体何が起きたんですか?」




毛利先生と思われる人物の正体を明かすことはいつでもできるが、


まずは事態の把握をするため情報をできるだけ取る必要がある。




「・・会場で襲撃を受けました。ここにいては龍穂君達の身が


危険と判断し、迎えに来たんです。」




扉の向こうの人物は、少し間を置いた後に


俺の質問に答えてくれる。




警戒している俺達の信頼を勝ち取るためなのだろう。




「襲撃ですか・・・・。詳しく教えていただけませんでしょうか?」




「正体不明の異形の者達が会場に現れ、暴れはじめたのです。


特徴からしておそらく鬼だと思われます。




三道省の高官の方々が鎮静にあたっており、


我々教師は生徒達の避難を行っているのです。」




話しを聞いて楓と青さんの方を向く。


楓は口を押えて驚愕をしており、青さんは無言で俺を見ながら頷いていた。




もし、この情報が確かなのであれば


会場に現れたのは八海で出会った異形の鬼であり、




それは先祖である賀茂忠行が俺の命を狙いに来た事を示していた。




「・・他の生徒達は避難を終えたのでしょうか?」




色々聞きたいことはあるが、俺がこの学校に転校してきた


理由の一つに大切な人達を巻き込みたくないという思いがある。




転校してきて数えるほどしか過ごしていないが、


濃密な学校生活のおかげでこの事態に巻き込みたくないと


思えるほどの信頼を寄せていた。




「ええ。竜次先生や無名先生の迅速な対応のおかげで


生徒達は避難を完了しています。」




避難を完了しているという言葉を聞いて、


思わず安堵のため息を吐いてしまう。




それが分かっているのなら、あとはここにいる全員を守り切るだけだ。




「ですから、龍穂君達も・・・・。」




扉の向こうの奴はここから出ろと催促して来る。


最低限の情報は取れた。あとはこいつを何とかするだけだ。




「分かりました。では・・・扉を開けてください。」




時間になったら迎えに来る。


他の誰かが扉を開けることがあっても絶対に出るな、


出てしまえば国學館から退学になると思え。


そう言って毛利先生は扉の鍵を閉めて去って行った。




「開けてくれませんか?鍵は”毛利先生が”持っているはずですよ?」




あれだけ強く出るなと言ったんだ。


扉の向こうにいる人物が本当に毛利先生なのであれば


真っ先に扉を開け、事情を説明してくれるはず。




いくら言葉や情報で信頼を勝ち取ろうとしても、


俺への建前がある以上、行動で信頼を勝ち取るはずだ。




「・・・・・・・・・」




扉からは返答が返ってこず、沈黙が流れる。




(二人とも。純恋と桃子を守って。)




果たしてこいつがどれだけの情報を持っているのか。




今話したことが全て本当であれば、つい先ほどまで会場にいたことになる。


そして異形の鬼で俺達が反応してくれることを


分かって発言したのなら、八海にいた可能性まで出てくる。




「俺達は一刻も早く外に出ないといけません!開けてください!!」




一応、魔術を使えばこの扉は破壊できるだろう。




十中八九毛利先生ではないだろうが、


本人である可能性を否定する材料が無いため


決して開けることはせずに何が起きてもいい様に刀を取り出し戦闘態勢に入る。




「・・・・・・・開けろ。」




長い沈黙の後、ただ一言開けろという言葉だけが飛んでくるが


耳に飛び込んできたのは先ほどとは違う声色だった。


















「開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ


開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ


開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ。」


















毛利先生と何者かの声が混ざったような声で


扉を開けろと連呼してくる。




日常では絶対に聞くことがない不気味な声に


この場にいる全員が得体のしれない恐怖が心を蝕んでいった。




「・・!!!」




連呼して来ると共に、扉を叩いてきた。


分厚い扉なので、素手で破壊されることはないと思っていたが


連呼していくにつれ声が荒げられていくと共に


叩く強さも上がっていく。




「開けろ!開けろ!開けろ!!開けろ!!!!」




扉がこちら側に盛り上がっていく。


明らかに人の力ではなく扉の先にいるのが


化け物であり、徐々に追い詰められてきていることに気が付いた。




壊されて言っている扉の上下に隙間が空いていき、


ドアノブが取れかかってきている。




このままでは扉が破壊されるのは時間の問題であり、


唯一の出入り口を塞がれることになる俺達に


残されている逃げ道は一つもない。




「・・・・・・・。」




接敵は避けられない。


得体のしれない恐怖に額からは汗が噴き出てきており、


頬を伝った汗が畳に落ちる。




「開けろ!!!!開けろ!!!!!」




扉があと少しで壊れる。




「ひっ・・・!!」




後で小さな悲鳴が鳴った。


誰の悲鳴かわからないが、全員の緊張と恐怖が最高潮に達している。




汗ばんだ手で柄を握り、片膝を畳みにつけいつでも


飛びかかれるように壊れそうな扉に集中する。




「開けろ!!!!!!」




あと一撃で壊れる。


あまりの緊張から逃げ出したいと無意識に体が


反応したのか、後ろ脚を踏み出そうとしたその時。








ザシュッ








扉の向こうから皮膚が割かれるような音が聞こえ、


何者かが扉に倒れかかり、盛り上がった分厚い扉を


なぞるような音が静寂の部屋に響く。




皮膚を割いた音は砥石で手入れをされた得物から出るようなものではなく、


鈍った刃を力ずくで振るい、無理やり引き裂いたような音だ。




扉の奥で何が起きたのかわからないが、決して助けられたとは


思えない状況に緊張と恐怖は相変わらず体を蝕んでいる。




「・・・・・・!?」




後ろから声にならない悲鳴が鳴る。


扉に集中することしかできない俺は気にかけることさえできなかったが、


視界の片隅で大きく主張をしている異変が


悲鳴の原因を嫌でも知らせてくれた。




紫がかった深い赤。視界の下の方が赤く染まっており、


それは徐々に広がっていき、ついには俺の足元まで広がっていく。




「ち・・・・血が・・・・。」




鉄の匂いが部屋に充満する。


俺達へ恐怖を与えていた何者かの鮮血・・・なのだろう。


血は畳に染み込みながらも範囲を広げていく。


これだけの量を流せば・・・・。








ガチャ








目に写る情報を脳が処理し、導き出された結果を


受け入れられずにただ扉を凝視していたその時、


壊れかけたドアノブから鍵が開く音が聞こえる。




「・・・・・・・・・!!」




人を手にかけた奴が部屋に入ろうとしている。


そいつが俺の先祖の関わりがあるのかわからないが、


純恋達を守らなければならない。




(先手・・。とにかく先手を取ってここから逃げ出さないと・・・。)




扉がある以上、ある程度開かなければこちらの姿は見えない。


不意打ちは容易。敵は躊躇なく手にかけるような奴なので


どんな手を使っても退路を確保しなければならない。




「・・・・・・・・。」




鈍い音を立てながら、扉がゆっくりと開かれていく。


四肢のいずれかで扉を押しているため、


撃劇体制は整っていないはず。




仕掛けるのは今しかない。


勇気を振り絞り、兎歩で畳を踏みしめる。




暗殺の居合である一兎流で扱う兎歩は


細かい遮蔽物に隠れることが出来ることに加え、


狭い室内でも満足に動けるように開発された。




体の向きを変え、壁に着地する。


ゆっくりと開いてきている扉に顔を向けるが


暗闇に包まれており、相手の姿は見えない。




(一兎流・・・”晦つごもり。)




闇に紛れ、足音を消し縦横無尽に駆ける一兎流の型の一つである晦。


扉の先にある暗闇に向け兎歩で踏み出した


勢いそのままに刀を振るう。




ドアノブを捻る肌色の手が見えており、


俺達を襲おうとしている奴が人間であることは分かる。




(片手だ・・。いける・・!!)




刀は両手で振るっている。もし受け止めらたとしても力負けはない。




「!?」




退路を確保するため、押し込んでしまおうと力を


全力で込めるが、俺の予想とは反して受け止めれてしまう。




暗闇から伸びてきたのは刀。


手はまだドアノブに添えられているので片手で受け止めているようだが、


どれだけのバカ力の持ち主なのだろう。




「・・なかなかいい太刀筋に成長したな。」




びくとも動かないどころか、逆に押し込まれてしまい


部屋の中へと侵入を許してしまう。




「迎えに来たぞ。」




何者なのかを確認するために顔を見ると、


そこには予想外の人物の顔が目に写る。




「あ・・・・兄貴・・!?」




そこには一番の上の兄である兼兄の姿があった。




「毛利先生に龍穂達の救出を頼まれてな。


急いで来て見たら反省部屋の前に変な奴が扉を


破壊しようとしていたから焦ったよ。」




見知った顔を見て、安堵したのか体から力が抜ける。




だが、すぐに体勢を整え兼兄への警戒を強めた。




「・・・・本物か?」




毛利先生を真似た敵が俺達を狙っていた。


今すぐにでも兼兄が来たことに素直に喜びたいのが本心だが、


何があってもおかしくない状況で警戒を緩めることが出来ない。




「・・声を真似てきたか。


なかなか厄介な奴を送ってきたな。」




「兄貴は人殺しなんてしない。ここで切り伏せる。」




扉の隙間から流れた血は、確実に人が流すものだった。


優しい兼兄は、そんなことはしないはずだ。




「人殺し・・・?俺は扉を殴っていた奴を


刀で脅して逃がしただけだぞ?」




「じゃあその血だまりは・・・・。」




何だと指摘するため、血だまりを指さすが


そこには何もなく、ただの畳が敷かれていた。




「・・恐怖で混乱していたみたいだな。


この状況じゃ無理もない。」




気付けば血の匂いも無くなっていた。


何が起きたのかわからず、頭がこんがらがっていく。




「早く俺が本物だと言う証明をしなくちゃいけないが、


さて・・・、どうしたもんかな。」




自らの身の潔白を晴らすためなのか腕を組んで何を深く考え始める。




後ろにいる純恋達の方をちらりと見ると


不安そうな顔をしており、二人を守っている楓と青さんも


警戒を解いておらず、俺達をじっと見つめていた。




「両親の名前とか・・・はうちぐらいになると調べれば


結構簡単に出てくるしな・・・。




じゃあ・・・・。」




兼兄は手に持っている刀の柄を俺達に見せてくる。




「まずはこの刀。こいつに描かれているのは


八海上杉家の家紋だ。




これは八海上杉家に深くかかわっている人物しか


持つことが出来ない代物なのは龍穂もよく知っているはずだ。」




八海上杉家の者が扱う得物には全て家紋が刻まれている。


しかも柄の模様は兼兄専用のものであり


それは身分証明として十分な物だった。




「それと・・・これだ!」




刀で十分なはずだが、兼兄は何かを取り出そうと


スーツの内ポケットに手を入れる。




取り出したのは、紙で作られたお守りだった。




「俺が東京に出るって決まった時、


龍穂が作ってくれたお守りだ!




荷物をまとめて出ていくとき、泣くのを我慢して


渡してくれてなぁ。それが嬉しくて今でも大切にしているんだ。」




・・必死に思い出そうとするが、思い浮かばない。




「懐かしいものを出してきたな。」




俺より強い反応を示したのは青さん。


警戒を解き、兼兄に向かって歩み寄りお守りを手に取った。




「兼定が出ていった後、龍穂を慰めるのにえらく時間が


かかったもんじゃ。


龍穂、覚えておらんか?」




「は、はい・・・・。」




兼兄はニヤニヤと俺の方を見ている。


覚えてはいないが、兼兄には絶対に知られたくない部類の話だ。




「いや~、そんなことになっていたなんてな。


別に恥ずかしがらずにいつでも頼ってくれていいんだぞ?」




「う、うるさいな!


証明ならあの刀だけで良かっただろ!」




兼兄に文句を言っていると、純恋達にこちらにやってくる。




俺達の反応を見て、本物と断定し


安心できると判断して近づいてきたようだ。




「お!純恋ちゃん達。試合お疲れ様。いい勝負だったな。」




「そんなことはどうでもええねん。


早く避難せなあかんのちゃうん?」




純恋の一言に我に返る。


兼兄がここに来た理由は俺達の救助。




ここに留まっていると、


俺を狙った刺客にいつ襲われるかわからない。




「あ~。そのことなんだがな。」




純恋の突っ込みに対し、頭を掻きながら答える兼兄。




「少し事情が変わった。


我々は避難ではなく、ここからの脱出へと


目標を変え、共に行動をしていく。」




「脱出?避難とあんま大差無いんとちゃうか?」




俺も純恋の言う通り、


言葉が変わっただけで行動の中身はあまり変わらないような気がする。




「・・まずは、俺達が置かれている身を全員で共有する必要があるな。」




そう言うと、扉を大きく開く。


扉の先は闇に包まれており、遠くまで見通すことが出来ない。




兼兄が指を弾くと、扉の先に炎が燃え上がり闇を照らす。




「・・・は?」




俺達が通ってきた廊下の姿は欠片も無い。


岩で作られた洞窟のような見た目をした通路が広がっていた。




「簡潔に状況を説明する。


我々は”転移”の魔術により、どこかへ飛ばされた。




この場所のどこかにいると思われる魔術の使用者と首謀者の確保。


そして使用者に転移の魔術を行わせ、元いた交流試合の会場への帰還。


それが我々も任務だ。」




窮地は脱してはおらず、むしろここからが本番だと説明する兼兄。


俺達は訳が分からず、ただ話を聞いて立ち尽くすしかなかった。


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