第32話 昔話

「・・・・・・・・。」




畳が敷かれた小さな部屋に正座をさせられている。


俺以外に共に激闘を繰り広げた三人と青さんも横に並んで座っていた。




「二条純恋さん。あなたは審判の言う事を聞かず、


その上敗退者の回収に来た竜次先生を攻撃しましたね?




その時点で敗退が決まっていましたが、静止せずに暴走。


会場をめちゃくちゃにしてくれました。」




ここは反省部屋。交流試合でルールを守らず、手のつけようの無い


生徒を閉じ込めておく部屋だ。




ここへ連れてきた毛利先生は正座をしている俺達の前に


腕を組んで仁王立ちをしながら見たことが無いほど冷酷目で


俺達を見下ろしている。




「その罰として、まずは交流試合が終わるまでここで猛省してもらいます。




試合が終わり次第、三道省の長官と国學館の校長で協議を行い


純恋さんへ処罰を決定します。




それまではここを出ても大人しくしているように。」




暴走した純恋の罪はかなり重い様で、なんと国學館のみならず


三道省の長官まで引っ張り出す事態にまで発展していた。




与えられる処罰も相当重くなるだろう。




「本来止めに入った桃子さんは処罰の対象になりませんが、


従者としての任を全うとしてきたあなたであれば


純恋さんと同じ道を歩むのでしょう。




主君を支えるため、出来る限り寄り添ってあげてください。」




純恋は項垂れながら下を向いており返事はない。


その代わりと言わんばかりに、桃子がはっきりとした声で


毛利先生に返事をした。




「・・・あの。」




純恋達に一通り話終えたタイミングで毛利先生に声をかける。




暴走した純恋を止めたのは俺達であり、


感謝されることはあったとしても反省部屋に送り込まれる理由は無いはずだ。




「言いたいことは分かります。


自分たちがここにいる理由はない。そう言いたいのでしょう?」




察してくれているようで、俺は首を縦に振る。




「龍穂君。この施設は皇が自ら設計したというのはご存じですね?」




「はい。」




「このスタジアムのほとんどが木で作られており、


そのおかげで木の魔術や神術を使えば多少の破損はすぐに元通りです。」




俺達の戦いで会場はかなり荒れてしまったが復旧は可能。


ますます俺がここにいる理由が分からない。




「ですが、あなた方の戦いで復旧が困難なものを破壊されてしまいました。


何かわかりますか?」




「困難なもの・・・・?」




必死に思い返すが答えは出てこない。




「・・・・・結界じゃな。」




隣で小さく正座をしていた青さんがぼそりと呟く。




「ええ。青さんもご存じの通り結界です。


惟神高校の生徒や高官達。そしてお忍びで御観覧にいらっしゃることがある


皇を守るために作られた日ノ本でも指折りの強度を誇る


結界を龍穂君達は見事に破壊してくれました。」




俺と純恋の魔術がぶつかり破壊された結界。


少し穴が開いたくらいなら修復は可能だが粉々に割ってしまえば


元に戻すことは出来ず、同じものを一から作らなければならない。




「あれを作り直すとなれば、最低でも十年。下手をすれば


もっと長い年月が必要になります。


そしてそれ相応の金額も・・・必要です。」




毛利先生はため息をついて眉間に皺を寄せる。




「本音を言えば私達が止めきれなかった純恋さんを


止めてくれた龍穂君にこのような仕打ちはしたくありません。」




そう言うと毛利先生は俺に向かって手招きをする。


指示に従い近づくと耳元で顔を近づけてきた。




「・・お願いがあります。


出来れば落ち込んでいる純恋さんを励ましてほしいのです。




京都校で純恋さんと対等に話が出来る生徒はほぼいません。


ですが、龍穂君は純恋さんと仲がよろしいようですので、


猛省中の純恋さんの話し相手になってほしいのです。




本来であれば龍穂君はここに入る必要はありません。


ですが、純恋さんは皇の血筋が入っている将来を期待されているお方。


勝利した龍穂君も同等の評価を受けるでしょうが


今回の敗戦で心を痛めてほしくはないのです。」




俺がここにいる本当の理由がここで明かされる。


仲間である桃子の裏切りなど、


純恋に取って辛い戦いであったのは明らかだろう。




「・・・・分かりました。」




俺としても純恋が落ち込んでいる姿は見たくは無いし、


思い出した記憶の話をしなければならない。




毛利先生の申し出を断る理由はなかった。




「ありがとうございます。」




こちらに向けた顔は冷酷な顔から明るい笑顔に変わる。




だが、表情はすぐに戻り


純恋達の元へ目線が向けられた。




「では、全ての試合が終わった後に私が迎えに来ます。


他の方が扉を開けることがあっても絶対に出ず、


脱走など考えないように。




もし出た場合、国學館に居られなくなると思っていただいて


構いませんよ?」




そう言うと部屋から出て重い扉を閉める。


鍵をかける音さえ重苦しい重厚な扉の小さな穴から


毛利先生が歩いていく背中が見え、


静かな部屋に足音が響いた。




「はあ・・・・・。」




静かになった部屋で青さんがため息をつく。




「・・まさかあの結界を壊すなんてな。」




足を崩し、上の空で天井を見上げながらつぶやいた。




「・・すみません。」




「ええんじゃ。別に怒っているわけではない。


ただ・・・、あの結界の生成に少し関わっていてな。




かなり昔に作った物じゃから老朽化もあるじゃろうが、


よく壊しもんじゃ。ここまで成長してくれて嬉しいぞ。」




俺を褒めているのだろうが、その顔は決して明るくはない。




長年生きている青さんだが、伝説の式神だけって


顔も広く、表立って歴史に関わることはないが


こうして手を貸していることもある。




「そう言っていただけるとありがたいです。」




純恋の方を向くと、相変わらず桃子が話しかけているが


口を閉ざしている。




「・・・・・・・・・。」




桃子にアイコンタクトを取り、退いてもらい


片膝で座り純恋と目の位置を合わせる。




「純恋。」




俺の声を聴いた純恋は少しだけ顔を上げるが、


正座から体育座りに変え、俯いてしまう。




「・・・・・なんや。」




拒絶されてしまったかと思ったが、話しは聞いてくれるようだ。




「・・昔の事、思い出したんだ。」




桃子の説得に応じない所を見ると、


話す話題を選んだほうが良いと思い小さい頃の思い出話を


しようと試みる。




「・・・・・そんで?」




興味を持ってくれたようで顔を少しだけ上げ、


眼だけをこちらに向ける。




この言いかただと純恋はあの時の別れ際に言っていた


答えを求めているようだが、それを答えてしまえばすぐに


会話が終わってしまうだろう。




「だけど途切れ途切れなんだ。できれば


一緒に思い出を振り返りたいんだよ。」




楓が察してくれたようで反省部屋に置かれていた


折り畳みの小さなテーブルを広げ


お茶を注いでくれている。




「せっかくなので私達にもお話しを聞かせてはいただけませんか?


その場にいた私であれば振り返りの手助けができるかもしれませんし、


桃子さんに私達の事を深く知っていただくいい機会だと思うんです。」




既に桃子もテーブルの近くに座っており、純恋を見つめている。




何を尋ねても答えてくれなかったのが響いているのか


その顔はまるで小型犬の様であり、


それをみた純恋は大きなため息をつきながら


桃子の隣へ腰かけた。




「・・その前に桃子に何をしたのかだけ教えてや。


それを教えてくれへんと話すにも話せん。」




肘をつきながら桃子の事を見つめる純恋。




従者とは何があっても主君に刃を向けることはない。




純恋に向かって刀を振りかざしてはいないものの、


主君の窮地に助けに行かない行為は刃を向けていると同等だろう。




「わかった。」




みんなでテーブルを囲み、桃子の身に何が起きたのかを説明する。




「っていう事なんだ。だから桃子は・・・・。」




全てを説明し終わっても、桃子に対する態度を変えない純恋。




「・・ごめん。」




申し訳なさそうに小さな声で謝る桃子を見た


純恋は再び大きなため息をはく。




「まあ、桃子が悪くないことは分かった。


せやけどな・・・・。」




視線が桃子から俺に移動し、目が一段と細くなった。




「・・・・龍穂。思い出したのは桃子に催淫をかけた後か?」




「ああ。試合が終わった後に思い出したよ。」




「そうか。じゃあ・・・ええわ。


私との約束をコケにしてないようだし、桃子に龍穂の事を話しすぎた私も悪い。




昔話を話して会ってみたいと思わせて、


しかもその場で惚れてまうなんて予想は出来んしな。」




純恋の話を聞いた桃子は驚愕の表情を浮かべ


抗議するが、




「ちゃうんか?」




問いただす一言に顔を真っ赤にして俯いてしまった。




「そもそもや。楓、龍穂に嘘をついたやろ。」




「・・・・・・。」




楓は返事をせずに黙っている。




「催淫は近くの異性に惹かれるわけやない。


催淫をかけられた相手を好むはずや。




やけど、潜在的に好きな相手が近くにいれば話は別。


催眠がかかっていたとしても自然とそいつへの好意が表に出るはずや。」




純恋の話を聞いた楓はあからさまに不機嫌な態度を取る。




「どこで惚れたのかはわからんし、聞く気も無い。


やけども桃子、厄介な相手を選んだな。」




ニヤニヤと桃子を見つめる純恋。


それに賛同しているのか、楓も腕を組みながら頷いていた。




「・・・・?」




「見ろ。これだけ言っても分らん奴や。


これだけ可愛い楓にどれだけ好かれても、


式神契約を結んでも、なーんも響かん。




これじゃ、私の答えも期待できんな。」




頭の後ろで手を組み、寝転がり天井を見る純恋。


他の二人が憐みの目で見つめたかと思うと


鋭い目つきをこちらに向けてくる。




(怖い・・・・・・。)




あまりに強い眼力でまるで恨み言を視線でぶつけられているようで


何に対して怒られているのかまったくわからないが


はぐらかすような笑顔を作り、逃げるために立ち上がろうとする。




だが、閉じ込められていることを思い出して


立たせた膝を再度寝かした。




「さて、話そうか。私達の思い出話を。」




俺のばつの悪いを感じ取った純恋はここぞとばかりに


思い出話に移る。




何も悪いことをしていないはずなのに、


楽しく話す二人と、それを目を輝かせながら聞く桃子を見ていたら


なんだがさらにばつが悪くなっていった。




「・・・懐かしいなぁ。」




陽が昇っている内は山を駆けて遊び、


日が暮れれば明日は何をして遊ぼうかと布団の中で


計画していた幼い日々を語り合う。




「あの時は私もずっと龍穂さんのお家に泊まっていましたね。」




「みんなで同じ布団で川の字に寝てたよな。」




思い返すと何故忘れていたのだろうと思うくらい楽しい思い出の数々。




「いいなぁ・・・。」




俺達の話を聞いていた桃子は羨ましそうに言葉を漏らした。




「桃子の子供の頃も聞かせてよ。」




子供の頃はただ走るだけでも楽しかった。


桃子にもそんな思い出があるだろうと聞いてみるが


言葉が詰まってしまう。




「・・私の話はええよ。」




どこかくらい顔をして、下を向く桃子。


聞いてはいけなかっただろうか?




「そんな話はええねん。


私が最後に言った言葉、龍穂の口から言ってもらおか?」




純恋が俺の問いを遮り、一番の肝を突いてくる。




俺が試合途中、純恋の真剣な顔に既視感を抱いたのは


まさに最後の別れの時にしていた純恋の表情に酷似していたからだ。




「許嫁にしろって・・・言ってたな。」




将来嫁にしろ、次にあった時に答えを聞くと言ってきたのだ。




「・・・で?」




「で・・・・と言いますと?」




「思い出したんやろ?じゃあ、答えを聞かせてもらわなあかん。」




答え・・・か。




「・・・・無理だ。」




はぐらかすと余計面倒になると思い素直に俺の答えを伝える。


子供の頃の約束だ。あの時とはお互いの状況は異なるだろう。




それに俺は今、何者かに命を狙われており


今のところ実害は少ないが近くにいれば純恋に迷惑が掛かるかもしれない。




「そうか。」




俺の返答に純恋はあっさりと一言だけ答える。




「あれだけ期待していたのに意外と呆気ないんですね。」




「途中で気付いた。私の空回りだってな。」




かなりズバズバと踏み込む楓だが、


純恋は動じることなくお茶を啜っている。




「小さい頃の約束をずっと引きずっていた私も私や。




あれだけの戦いができるくらい成長できる環境に身を置けば


私の事なんて覚えていないのも当たり前。


まあ、私の顔や名前を聞いても思い出さないのは癪に障ったけどな。




やけど、ちゃんと答えを聞くことで踏み出せる一歩もある。」




会話の内容は俺に向けたものなのだろうが、


顔を楓に向けながら話す純恋。




「別に子供の頃の約束や。今はその答えで別にかまわん。


大切なのはこれから。龍穂が思い出しただけでも大きな収穫やな。」




話終えた後、俺に真剣な顔を向けてくる。




「本当なら、あの試合で勝って無理やり龍穂を


京都校に転校させられることが出来れば一番良かったんやけどな。




龍穂の父ちゃんのいう事を一つ聞かんといけなくなったし、


ちょいと面倒になったけど昔みたいに会いにくればええだけや。」




真剣で、やる気の満ちた顔の純恋。


そのやる気を向けられているのは俺だが、正直言うと


どう対応したらいいかわからない。




だが、暗い顔をしているよりかはいい。


俺もこの顔を維持できるようにできる限りの協力をしなければ。




「・・・でも、上手くすれば龍穂の近くで住めるんちゃう?


高官達も純恋に対応できんかったから——————————」




桃子が話しをしていた途中、突然地面が大きく揺れる。




「!!!」




「な、なんや!?」




激しい横揺れに、立ち上がることさえできず


地面に伏せて耐えることしかできない。




近くにいた純恋を何とか近くに寄せ、上から何かが降ってきても


かばえるようにする。




テーブルの上に置かれた湯呑も倒れ、壁や天井からは


砂埃が落ちてきていた。




「・・・・・・・・・。」




揺れが徐々に収まっていく。


幸い大怪我を追うような事態にまで発展しなかったが


何が起きたのかも把握できない俺達の心の中に不安がよぎる。




「ただの・・・地震か?」




もしこの地震が自然なものでは無く、何者かの襲撃を


受けて起きたのであれば、逃げ場のないこの部屋からすぐさま脱出しなければならない。




「分かりませんね。私達にはそれを突き止めることさえ


許されてません。


ですが、緊急事態であれば毛利先生が迎えに来るでしょうから


ここで大人しく待つのがよろしいかと。」




取り乱してもおかしくはない状況だが楓は冷静だ。




「桃子。純恋を頼む。」




それでも不安を隠せない純恋を桃子に任せ、


外の状況を把握しようと扉に開いている穴を覗きこむ。




(こんな暗かったか・・・?)




だが、状況が把握できないほどの暗闇が広がっていた。


会場の地下にこの部屋はあるが、陽の光が少しは入っていたはずだ。




「・・何はともあれここで待とう。」




異変が起きている事だけは確かなのだろうが、


楓の言う通り大人しくしているのがベストだろう。




穴から離れ、こぼれたお茶を布巾で拭いていると




「・・!?」




扉からノックの音が聞こえる。




「だ・・だれや?」




「私です。皆さん無事ですか?」




聞こえてきたのは毛利先生の声。


純恋は安堵のため息をつき、返事を返そうとするが


口の前に手をかざし止めに入る。




「・・・・・・・・・」




俺が覗いた時、人影すら見えなかった。


闇に包まれていたと言ってしまえばそれまでなのだが


最もおかしな点はそこではない。




足音が完全に聞こえなかった。


説教の後、歩いていく毛利先生の足音が静かなこの部屋響いていたはず。




それに例え足音が聞こえずとも、俺や楓、それに青さんが


近づいてくる気配を感じ取れないはずがない。




明らかにおかしい訪問。


どう返答するか悩みつつも、慎重に口を開いた。




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