第29話 立ち向かう心

穴を開けて外の様子を伺うと竜次先生と純恋が戦っている。


「クソッ!!」


いや、戦っていると思えないほど純恋は圧倒的な

火力で竜次先生を近づけることなく立ち回っている。


「あんたじゃ無理や。早く桃子を出せ。」


宙に浮いている純恋の背中にはまるで日輪のような大きな

炎の輪が浮かび上がっており、かなり距離を置いている

俺達でさえ熱さを感じてしまうほどの熱力を発している。


(毛利先生は・・・・・。)


戦場には竜次先生の姿しかなく、選手の出入り口に立っていたはずの

毛利先生の姿は無い。


「・・あそこや。」


後ろにいる桃子がある場所を指さす。

選手たちのウォーミングアップ室とは別の場所で手当を行っている

毛利先生の姿が見える。


傷ついているのはスーツ姿の高官達。

予想外の出来事に対応しようと出てきたが全員純恋に倒されてしまったのだろう。


「あの時と一緒や・・・。みんな純恋に倒されてまう。

これじゃ・・・・。」


何時しかの光景が桃子の脳裏に浮かんでいるのだろう。

かなり弱気になっている。


「大丈夫だ。俺達なら止められる。安心しろ。」


握られた手を強く握り、桃子に語りかける。


「・・・・・うん。」


紅潮していた頬がさらに赤くなり、顔全体が真っ赤に染まる。


(そう言えば催淫しているんだった・・・・。)


とろんとした顔でこちらを見つめる桃子。

あまりにもはっきりと受け答えしていたためすっかり忘れていた。


見るからに生真面目そうな感じであるため、正気に戻った時が

かなり大変そうだが今は後の事を考えている余裕はない。


「・・木霊。」


一緒に穴に入っていた木霊を呼び、準備を整える。


「今回はお前が頼りだ。頼むぞ。」


俺と楓達の体の変化。それは肌の焼け方の差だ。


純恋と戦っていた俺の肌は赤く焼けており、少し制服をめくると

焼け目がくっきりと分かれている。


それに対して楓達の肌は近くにいたのにも関わらず真っ白であり、

その差は歴然。

同じ会場にいたのに大きさ差が出来る理由。

それはおそらく木霊が出していた黒い風のおかげだろう。


「いくぞ・・・!!」


通常、風の魔術は空気を送り込むため火の魔術と相性が良く、

合わせ技としてよく使われる。


そんな相性がいい風がなぜ陽の光を防いだのかはわからないが、

もしかすると純恋の太陽事態を防ぐことが出来るかもしれないと考えた。


桃子を後ろにぴったりと着け、隠された穴から戦場へと飛び出す。


「木霊!壁を張ってくれ!!」


劣勢に追い込まれている竜次先生を救うため、

二人の間を阻む黒い風の壁を張る。


「出て来たな・・・・!?」


黒い風を見た純恋は俺達の存在に気づき、こちらを睨みつけるが

すぐさま驚愕の表情に変わり、大きな動揺が見える。


救うはずの桃子が自らに対し、鋭い敵意を向けているからだ。


「と・・うこ・・・?」


「ごめん純恋。でも・・・アンタを止めな!」


会場は明るい炎が敷き詰められており、このまま着地すると

体が瞬く間に墨になってしまうだろう。


「暴風陣(ぼうふうじん)!!!」


黒い風の壁が炎を巻き上げていないことを確認し、

大きな竜巻を着地地点に巻き上げる。


使役している木霊を影響を受けて俺の風の魔術も

黒い風をまとい始め、それは徐々に割合が強くなっていた。


「っと・・・・。」


風で炎が吹き飛ばされた竜巻の中央に着地する。

どういう原理で炎をかき消しているか気になるが、

黒い風が混ざった隙間からこちらを見つめる純恋の顔が見え

戦闘態勢に入る。


「・・龍穂が誑かしたんか?」


今までの純恋は感情に任せ、怒り狂っていたように見えたが

こちらを見つめる純恋は冷静で冷たい眼をこちらを向けており、

その異様な雰囲気に恐怖さえ感じてしまう。


「・・・・・・・・。」


「だんまりか。まあええ。

桃子。私の元へ帰ってこい。」


呼ばれた桃子は歩いて俺の前に立つ。

会話を試みる気だろう。桃子の姿を純恋に見せるため竜巻に大きな穴を開けた。


「純恋!これじゃまたあの時と一緒や!!

みんなから恐れられて距離を置かれてまう!!!」


刀を抜いた。やる気だ。


「私が止める!そうすれば・・・・、

止められる人が近くにおると分かれば・・・、

みんなきっと純恋と仲良くしてくれるはずや!!!」


謙太郎さんの戦いを見ていた時、純恋が呟いた意味の中身が見えてきた。


純恋自身の格の高さもあるだろうが、すさまじい力を持った

純恋を怒らせてしまえば最後、今の様に暴れ出し

殺されてしまうかもしれない恐怖に周りが距離を置いてしまっていたんだ。


だから純恋はみんな対等でいられる俺達を羨ましがっていたんだろう。


「・・もう無理や。」


桃子の祈りのような叫びを聞いた純恋は

小さな声で呟く。


「私を止められる奴なんておらん!!

玉藻を・・この体に封じ込められ時から、私は一人なんや!!!


でも・・・、それでも桃子だけは私に近づいてきてくれた・・・。

アンタだけおればええ!!帰ってきてや!!!桃子!!!!」


眼に涙を溜めて再び桃子を呼ぶ純恋。

だが、桃子は足を踏み出す様子はない。


「この・・・裏切りものおおぉぉぉ!!!!!」


眼から零れ落ちた涙は背中で輝く太陽の輪の熱によって蒸発する。

そして再び怒り狂った純恋は九つの尾の先から出した炎を

こちらに撃ち放ってきた。


「下がれ!!!」


前で炎を受け止めようとしている桃子に指示を出す。

例え桃子が式神の力を使い、強固な鎧を身にまとったとしても

純恋の全力の炎を受け止めることはできないだろう。


この先の人生、たった二人で生きていくなんてことは難しい。

どこかで相容れない時が出てくるだろうし、

今の様に相手を思っているからこその対立する時が出てくるだろう。


それに・・・、地球上に何十億人もの人がいる。

その中には純恋と気が合う人が絶対にいるだろうし、

純恋を恐れずに近づいてきてくれる人だっているだろう。


だが、純恋から拒絶してしまえばそんな出会いも無くなってしまう。

過去のトラウマからくる行動なのかもしれないが

それを変えるのなら今なのだろう。


「黒槍(こくそう)!!」


近づいてきた九つの炎を全て飲みこむほど太い黒い風の槍を作り出す。

手を重ねるように左右に振り、回転させ突進力を高める。


打ち放たれた九つの炎に向け、勢いよく放つと

高速で回転した槍に炎が吸い込まれていき、

阻むものが無くなった槍は純恋に向かって突き進んでいった。


「な・・に・・・!?」


太陽の熱で出来た炎ならまだしも、自らが出した

高純度の炎をかき消されるなんて思いってもいなかったのだろう。


純恋は驚愕し、回避が遅れるが九尾がまるで海を移動する

クラゲの足の様に空気をかき、何とか回避に成功する。


黒槍は残った太陽の輪の炎さえも飲み込み、観客席に向かって突き進む。

座っていた観客たちは向かってくる黒槍を見て急いで回避しようと

周りを押しのけて逃げていく。


だが、黒槍はものすごい勢いで飛んできており回避は間に合わない。

恐怖が混じった甲高い悲鳴が会場を包むが、槍は結界に突き刺さった。


「・・純恋。俺がお前を倒す。」


驚いて逃げた純恋に向かって宣戦布告をする。


「今まではみんな恐れて逃げてくれたかもしれないけど、

俺は一味違うぞ。」


燃やされた地面に空弾を撃ち、出てきた地面を兎歩で

駆けていき驚いて尻餅をついている純恋の元へたどり着いた


「それとも今度は純恋が逃げるか?

味方に桃子はいないぞ?ここで俺に立ち向かう勇気はあるのか?」


刀の切先を純恋に向けて尋ねる。

今までの経験から桃子以外の人間と信頼関係を築き上げることを

無意識に避けてきた純恋と俺は立ち向かわなければならない。


敵としても、友人としても。


「・・・・・・・・。」


純恋は何かを求めるように手を伸ばしてくる。

俺に何を見たのだろうか?

分からないが、今までこうやって面と向かって話してくれる

相手がいなかったのだろう。


伸ばされた手が切先に触れようとしたその時、


「あかんで?」


神融和が解け、純白の肌を身にまとった遊女らしき女が純恋の腕を掴む。


「こいつはなぁ、一回あんたを裏切っとる。

そんな奴に刀を向けられてあんた手を指し伸ばすんか?」


純恋の体を背中からまとわりつく女には

大きな狐の耳が生えている。こいつが玉藻の前か。


「ちゃうやろ?女を裏切った男にはそれ相応の罰を与えないかん。

こいつは救世主や無い。あんたの敵や。」


伸ばす腕を引き寄せ、純恋を抱きしめる。

まるで純恋は自分の物だと俺に見せつけるように。


こいつが純恋を狂わせた原因。

こいつを多くの人が見ているこの場で叩きのめすことが出来れば

少しは純恋を見る目が変わるだろう。


「なあ純恋。憎たらしいやろ?

アンタをずっと待ちぼうけにしていた男が桃子を奪い取ろうとしてる。


許せへんなぁ。

こいつが来てさえいれば、きっとあんな思いはせずに済んだはず。

そのかわりを必死に桃子が勤めてくれたのに、今度はそれさえ奪うつもりや。」


玉藻の前は純恋の耳に手を添えて小さく呟く。


「燃やしてやろう。あんたの気持ちは私が良く知っとる。

今までの憎しみや悲しみ。全部こいつに吐き出して灰にしようや。」


玉藻の言葉を聞いた純恋は瞳を閉じて何も答えない。


「・・・・そうやなぁ。」


そして目を開き、天を仰ぎながらぼそりと呟いた。


「全部こいつに吐き出したらええ。そうしたら気持ちよくなれるで?」


「・・それはアカン。」


抱き着かれている手を振り解き、純恋は立ち上がる。


「龍穂に吐き出しても意味が無い。確かに待ち焦がれていたのかもしれんけど、

それは私が弱かったからや。

いない龍穂にすがって、自ら周りとの距離を置いた。

そんな私の弱さを、龍穂にぶつけるわけにはいかん。」


得物を取り出し、こちらへ向ける。


「私の事を本気で思い、本気で向かい合ってくれる友達がいる・・・。

その思いを、無駄したくない。


今の私の全力でぶつける。もちろん玉藻の力も借りるで。

その結果、龍穂が灰になっても構わへん。


逃げたくない・・・。桃子からも・・、龍穂からも!!!」


再び神融和をし、純恋と相対する。


今までのトラウマから逃げるように怒りに身を任せていた純恋はここにはいない。

冷静に、真っすぐな目でこちらを見つめる

覚悟を決めた純恋は今まで以上に厄介な相手だろう。


だが、俺も逃げるわけにはいかない。

これ以上純恋を一人にしないためにも、正面から立ち向かい

勝利を収めなければならない。


刀を構え、純恋を見つめる。

真剣勝負に緊張が走るが、こちらを見つめる純恋の姿は

どこかで見たことがあるような気がしてならなかった。


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