第28話 催淫
分断に成功したは良いが、純恋が式神を出してから
防戦一方だ。
(これじゃ埒が明かないな・・・。)
後の炎に包まれている式神から出ている無数の炎が
俺達を襲い、接近戦に持ち込もうにも足を進めることが出来ない。
「ここは耐えろ!楓が勝利し、人数有利が作れれば
勝機が見えるぞ!!」
魔術、神術と使える力を総動員して炎に対応している俺に
青さんが発破をかけてくれる。
念話は断っているため、黒い壁の向こうの状況は分からない。
相手の桃子は暴走してしまいそうになっていたが、
純恋が張った札の効果で平静を取り戻していた。
力を抑えてはいたものの、あの状態の桃子はかなり強いだろう。
楓は大丈夫なのだろうか?
「踏み込んでこないんか?それじゃ勝ちは・・・・ん?」
純恋が俺達を煽る途中、何かを感じ取ったのか黒い壁の方を向く。
「・・・・桃子。」
戦っている最中だが、俺達から集中を逸らし黒い壁の方へ
力なく手を伸ばす。
「意識の喪失を確認した!大阪校、伊勢桃子の敗北を記録してくれ!!」
黒い壁の風音を突き破る竜次先生の声が聞こえてくる。
その内容は桃子の意識が無くなった事を知らせるものであり、
それと同時に楓が勝利したことを知らせてくれた。
「やったか。想定していたより時間がかかった様じゃが仕方あるまい。
これで我らの・・・・。」
安堵の表情を浮かべ、勝利に一歩近づいたと言いかけた青さんの言葉が
詰まり、それとほぼ同時に膨大な量の神力が俺達の正面に現れる。
「!!!!」
そしてまばゆい光が目の前を覆い、思わず目を背けてしまう。
光には熱がこもっているが、純恋が放っていた
太陽のような当たるだけで体に高温が伝わってくる光ではなく
まるで春の陽気のような心地よい暖かさだ。
「龍穂!!上じゃ!!!」
薄く開いた目で上を見ると、光の中に人影が見える。
「許さへんで・・・!」
純恋の声が聞こえた後、徐々に光が弱まっていき
空に浮いた純恋の姿が見えてくるが
装いが派手な着物に変わっており、
頭から大きな耳が二つ、後には大きな九本の尻尾が見える。
「桃子を・・返せ!!!」
姿が大きく変わった純恋は手を突き出すと尻尾の先から
炎が発現し、黒い壁の向こうに放つ。
見えない壁の向こうから爆発音が連続で鳴った後、楓の悲鳴が聞こえてきた。
「木霊!!」
壁を張ってくれている木霊に指示を出す。
黒い壁が晴れていくが、土煙が舞っており楓の状況が把握できない。
(こちらは無事です。ですが・・・。)
集中していた戦闘が終わったため、楓から念話の報告が入ってくる。
無事でいてくれてはいるみたいだが、声色はあまり良くない。
(桃子さんを回収に来た竜次先生が攻撃を喰らいました。
怪我はないようですが、衝撃で抱えていた桃子さんが地面に落ち、
回収しましたが純恋さんは桃子さんを奪いに来る以上
次に狙われるのは私です。)
あの竜次先生を吹き飛ばすほどの威力の炎。
楓が喰らったら無事では済まないだろうからすぐにでも
向かいたいが、遠回しにこちらに来るなと言っている。
大人しく桃子を差し出すという手もあるが
意識のない桃子を回収に来た竜次先生を後先考えずに攻撃してしまう
純恋は気が付かないうちに自らが出す炎で桃子を焼いてしまう可能性がある。
(どうする・・・・・。)
砂煙が段々と晴れていく。
考えている余裕はない。自然と足が動き砂煙の中に突っ込んだ。
「龍穂さん!!なんで・・・・・。」
幸い近くにいた楓は俺の顔を見て焦った顔を浮かべる。
意識のない桃子と肩を組み、移動しようとしていたようだが
楓の身長では背の高い桃子を運ぼうとしても足がついてしまい、
スムーズな移動が出来なかったようだ。
「何も言うな。ひとまず身を隠すぞ。」
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「・・話は終わったのか?」
部屋に再び皇が戻ってくる。
俺と泰国が話終えるのを見計らってくれていたようだ。
「ええ。お気遣い感謝いたします。」
試合を見ていた俺の隣に立ち、険しい顔で会場を見下ろした。
「桃子ちゃんが楓に敗れました。」
「別の場所で見ていた。加藤家の忍びらしい立ち回りに
桃子はしてやられたな。」
「ええ。ですが、それが純恋ちゃんの逆鱗に触れてしまったようです。」
完全に頭に血が上ってしまい、助けに来ていた竜次を吹き飛ばしてしまった。
あれぐらいで倒れるタマではないが、あの状態の純恋ちゃんには
手が出せないだろう。
「まだ精神的に不安定な部分が出てしまったな。
そのいう風に育ってしまったのはわしのせいでもあるが・・・・。」
幼い純恋ちゃんが護国人柱に選ばれようとしていた時、
皇はかなり反発をしていたと親父から聞いた。
だが、当時の神道省で大きな権力を持っていた者に押し切られ
朝敵とされた妖怪を体の中に封じ込まれてしまい
それを知った親戚から畏怖の目を向けられてしまい距離を置かれてしまったのだ。
「・・ここからその心配はなくなるでしょう。」
砂煙が晴れた戦場に、龍穂達の姿は無い。
桃子ちゃんを連れてうまく身を隠したようだ
「どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。純恋ちゃんの悩みは今日を境に
徐々に解消されていく。俺が保証しますよ。」
純恋ちゃんに足りなかったのは親しい間柄の友人。
本来であれば龍穂にその役割を担ってもらおうとしていたが、
”八海の秘密”に触れてしまい、断念せざるおえなかった。
代わりに桃子ちゃんに重い役割を背負わせてしまったが、
今の龍穂であれば二人の悩みを丸ごと背負ってくれるだろう。
「お前の言葉には必ず裏がある。素直には受け取れんな。」
皇の表情は険しいままだったが、声色が少し上がっており
大切な姪の娘の苦悩が報われることを期待していることを期待してるようだった。
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「ひとまず姿は隠せましたね・・・・。」
砂煙が晴れないうちに魔術で穴を掘って地面に隠れることが出来た。
最期に入ってきた青さんに穴を塞いでもらったので
少しは時間が稼げるだろう。
「馬鹿者!あの場で楓を助けに行くやつがいるか!」
俺のとっさの判断を青さんは叱ってくる。
「すみません・・・・。」
「ああいう場こそ冷静に立ち回らなければならん!!
穴を塞いだからいいものの、こうして身動きが取れず、状況を悪くするだけじゃ!!」
「まあ青さん。こうして姿を隠していなければ
今頃私は純恋さんに狙い撃ちされていました。
無事では済まなかったでしょうから責めるのはやめていただけませんか?」
気を失っている桃子を支えながら楓が俺のフォローをしてくれる。
結果論になってしまうが、楓と桃子を無事に助けられたことは
大きな成果だろう。
「・・わかった。」
「これからのために今ある情報を共有しましょう。
出来れば桃子さんに目を覚ましてもらって話を聞ければいいんですが・・・・。」
壁に寄りかかるように桃子を座らせる楓。
体に力が入っていないので横に倒れそうになるが、
隣に座り、肩を貸して体勢が崩れないように支えた。
「魔力神力ともに底を尽きかけとる。頼りにはならんな。」
「青さんは純恋さんの式神の事をご存じなんですよね?」
決めつけたように尋ねる楓。
「純恋さんに獣臭いとおっしゃっていましたが、
あれは式神に向けていったように見えました。
何か知っているのでしたら、ぜび教えていただきたいです。」
いつも周りを注意深く見ている楓だからこそ気が付いたのだろう。
俺にはよくわからない煽りにしか聞こえなかった。
「・・玉藻の前は知っておるな?」
「玉藻の前って・・・。殺生石に封印された
九尾の狐ですよね?」
絶世の美女に化け、当時の上皇を呪い、病に伏せさせ日ノ本を大混乱に陥れた大妖怪。
諸説あるが、陰陽師である晴明に正体を見破られた後、
討伐軍によって追い詰められたのち、殺生石に封印された。
「ああ。奴を純恋は使役している。
遠い昔の話じゃが、奴を見たことがあってな。
上手く姿を変え、朝廷に入り込んでおったがどうしても獣臭くてその
匂いを覚えておったんじゃ。」
「そんな奴がなんで純恋の中に・・?」
青さんが険しい顔をして腕を組み、重い口調で話し始めた。
「奴の正体を晴明が見破り、
討伐軍が編成され封印に成功したんじゃが、封印を試みた奴が半端者での。
玉藻の前の力を完全に封じ込めることが出来ず、強い呪いが
石の周りにかけられてしまい、ありとあらゆる生き物が命を落としてしまう
事態となってしまった。
記録はされておらんが、晴明が殺生石の元へ訪れ
呪いを抑えることが出来たものの、封印術がボロボロにされてしまい
時がたてば解けてしまう状態じゃった。
苦肉の策として人の身に封印する案を晴明が打ち上げるため
それが今日まで続いており、現在は純恋が人柱として玉藻の前を
自らの体に封印したのちに使役に成功したようじゃな。」
人柱・・・か。
玉藻の前の名が出たのは平安時代。
それから長い年月が進み、神術の技術も高くなっているはずだが
それでも人柱という手段しか封印が出来ないのは
玉藻の前の力が相当なものだということをものがっている。
「しかも、妖怪のくせに奴はあの天照の化身を名乗っておってな。
太陽の力を使えるため、神融和をしている純恋も
眩い光を放つ高温の炎を扱えるようになっている。
魔術の四属性の中でも一番攻撃性の高い火を極めた者前では
半端な攻撃は全て塵へと変えられるじゃろう。
純恋を倒すには、あの炎より強力な攻撃を扱えることが必須だ。」
青さんの説明を聞いて、重苦しい空気が流れる。
あの炎は極めた先にある究極の魔術の一つ。
それを破る攻撃など数えるほどしかなく、まだ未熟な俺達が使えるはずもない。
「・・純恋さんは敗北者を回収に来た先生を攻撃しました。
試合のルールを大きく破る行為です。
我々だけでは倒すのは難しいかもしれませんが、
先生方を味方につけて戦うのはいかがでしょうか?」
審判である竜次先生を吹き飛ばす行為は確かに違反であり、
その時点で失格になるだろう。
桃子が倒されているので俺達の勝ちは確定であり、
怒って暴走している純恋を先生方は全力で止めに入るはず。
楓の提案通り、その先生達を味方につけることが出来れば
勝機は見えるはずだ。
「・・・あまり期待せん方が・・ええと思うで・・。」
すぐ隣からかすかな否定の声が聞こえてくる。
「怒った純恋は・・誰にも止められん・・・。」
隣で意識を失ったいた桃子が目を覚ましていた。
「・・どういう事じゃ?」
「前にも同じようなことがあったけど・・、
三道省の高官がどれだけ集まっても止められへんかった・・・。
結局・・・、あの子が力尽きるまでほっとくことしかできなかったんや・・・・。」
力を全て使い果たした桃子は声を出すのも苦しいはずだが
何とか声を出して俺達に情報を与えてくれている。
「あんたらの勝利が決まっているなら・・・、やめておいた方がええ。
ここで大人しくしておいた方が・・安全や。」
やはり体に力が入らないのか、俺に体重をかけてきていた。
(・・・・・・・・・・?)
いや、体重をかけているというよりか、体をピタリと
寄せてきている。
それに呼吸が荒れており、頬を紅潮させている。
明らかに様子がおかしい。
戦いでの体の火照りが抜けていないのだろうか?
「あー・・・・・。」
桃子の様子を見て、何かを察する楓。
「実は・・・・。」
桃子の体に何が起こっているのか説明をしてくれる。
「・・・催淫?」
「ええ。神力ももらおうと付けた傷から血をいただいたんですが・・・、
龍穂さんの様に耐性がない人ですから強い催淫にかかっていると思います。
力が底を付いているので本来であれば
眼を覚ますことさえできないはずですが、近くにいる
龍穂さんに反応して起きたのかもしれません。」
桃子が体を寄せて、頭を首筋に付けて匂いを嗅いでくる。
催淫とはサキュバスの体液を体に入れたものがかかる一種の催眠状態。
目には行った人間を対象に、強い恋愛感情抱いて抱いてしまう。
基本的には異性に恋愛感情を抱くようだが、桃子は
俺が放つ男の匂いに反応しているようだ。
「・・楓。桃子は催淫で龍穂に惚れている状態なんじゃな?」
「ええ。」
「龍穂。催淫の効果で桃子はお前のいう事を聞く。
時間はないが、出来る限り情報を抜き取ろう。」
桃子は俺の首に今にも噛みつきそうなほど顔を近づけてきている。
このままじゃまともに戦えもしないので
一度離れてもらい、質問していくことにした。
「桃子。純恋の弱点を教えてくれ。」
「弱点・・・・。弱点は・・・・・無いな。
強いて言えば・・・・、力の消費が激しいことかな・・。」
「まあ、予想通りじゃな。」
「・・今の状態の純恋に桃子が話しかければ
いう事を聞くかな?」
「聞かない。もし、私を見たとしたら全力で奪い返しに来る。
それに・・・・、今のあの子は力の制御が出来ん。
あの子の元に私が行けば・・・、多分焼き殺される。」
やっぱりか・・・。
桃子はこの戦いの間、絶対に純恋に渡すことが出来ない。
「このままだと足手まといになるな・・・・・。」
青さんが楓に目を向ける。
すると、懐から何かを取り出し俺に手渡しをしてきた。
「正々堂々という言葉に反しているので、戦闘中には使いませんでしたが
こうなったら仕方ありません。
これは力玉。加藤家に伝わる魔、神力が瞬時に回復する丸薬ですが、
強い催淫効果を持っています。
これを飲ませれば完全とは言いませんが桃子さんも戦うことが出来ますが
今以上にべったりくっ付かれることになると思います。
そうなれば龍穂さんは桃子さんとペアを組むことが絶対になりますが
それでよければこちらを飲ませてください。」
見るからに手作りで大きめの黒い球を楓からもらう。
強大な力を持つ純恋を相手にするので味方は多ければ多いほどいいが
今以上に桃子が俺にくっ付くのは戦闘で邪魔になるかもしれない。
だが、傍から見れば桃子が自分を裏切ったと思い
純恋から攻撃を受ける可能性があるので
すぐさま対処できると思えばデメリットではないだろう。
「・・桃子。これ、食べれるか?」
大きめの丸薬を前にした桃子は少し嫌な顔をする。
得体のしれない物をいきなり食べろと言われてもさすがに無理があるか。
「楓。もう一つあるか?」
楓に手を出し、もう一つ丸薬を出してもらう。
それを俺は躊躇なく桃子の前で食べ、これは安心だと伝えた。
「ほら、大丈夫だ。」
まるで警戒する動物に安心感を与えるような行動だが、
催淫で俺に好意を向けている今であれば
効果はあるだろう。
「・・・・わかった。」
俺の行動を見た桃子は安心したの躊躇なく口を開ける。
そして口移しで薬を食べ、すぐさま飲み込んだ。
「・・・ほれでええ?」
口を開いて全て食べたと確認して来る桃子。
「そ、そこまでしなくていいよ・・・・。」
流石にやりすぎだと言う俺を気にする素振りのない桃子は
顔を胸にこすりつけてくる。
これではまるで褒めてほしいと催促して来る本当の犬の様だ。
「これで桃子は使い物になるな。
じゃが・・・・・。」
肝心の打開策が思い浮かばない。
純恋の炎を上回る攻撃方法が俺達にはない。
「・・・・・・・・・・。」
だが、俺はここにいる全員の体の変化の違いに違和感を覚えていた。
もし、俺が考える仮説があっているのなら
勝機はあると考えていた。
「みんな、俺の考えを聞いてくれ。」
ここにいる全員に俺の考えを踏まえた上での作戦を話す。
「確かに・・・・。やってみる価値はあるかもしれませんね。」
楓は自分と俺の体を見比べながら賛同してくれる。
「確かに一度試したほうがいいな。
だが、そうなると前線に立つのは龍穂達だ。
しかも桃子の共におれば純恋の怒りをより買う可能性が高い。
熾烈な攻撃がお前達を襲うだろう。
それでも・・・やるんじゃな?」
青さんが俺達に向かって尋ねてくる。
「俺は大丈夫ですよ。」
試合はルール上勝ちみたいだが、俺はこの試合でいい所を見せていない。
あの状態の純恋を倒すことが出来れば惟神高校の人達は認めてくれるだろう。
「・・私もええで。」
俺に体を寄せている桃子もはっきりと答えてくれる。
「あの状態の純恋を止めるのは難しい。
きっと先生方も無理や。
そんでこのまま放っておけばこの会場すら破壊するかもしれん。
そうなれば純恋は国學館に居られないどころか
どこの学校も受け入れてくれん。
それで一番悲しむのは純恋や。」
催淫がかなり効いているにも関わらず、桃子の口からは
純恋を心配する言葉が出来てきた。
本心で純恋のことを思っているからこそ出る言葉だろう。
これで桃子は心をおきなく戦ってくれるはずだ。
「分かった。では、龍穂立案の作戦で行く。
わしは楓と早急に下準備を行うので、
二人は先に上に出て時間を稼いでくれ。」
青さんと楓は穴を魔術で掘り進め始める。
俺は桃子と共に出口の近くまで行き、塞いでいる土壁に穴を開けて
外の様子を伺った。
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