箱の記憶

LeeArgent

第1話

 今でも鮮明に思い出す。

 はっきりと物心がついた瞬間。私は箱の中に入っていた。木の箱だ。


 目の前には窓があるけれど、私が覚えている限りでは、きっちりと閉じられている。その隙間から、ほんの少しだけ光が差し込んでいて、暗い箱の中でも辛うじて辺りを見ることができた。

 私の体を囲むように百合の花が詰められて、花粉が私の白い服を黄色く汚している。

 頬にも花粉がついてしまっているけれど、妙に体が強ばっていて、拭うことさえできなかった。


 窓が開けられる。

 窓からは、老婆がこちらを覗いており、涙を落としながら私に語りかける。


「私も、すぐそっちに行きますからね」


 そっちって、何処だ?


 私の記憶はここまで。

 それ以降はわからない。

 

 ••┈┈┈┈••


 私は今日から、バイトを始める。

 葬儀のバイトだ。とは言っても、通夜や葬式のスタッフとして、式の手伝いをする仕事。直接ご遺体に触れるわけではないし、ご遺族とやり取りをするわけでもない。


 斎場にいらしたお坊様を控え室へご案内し、ご遺族をお坊様の元へお連れする。お連れしたら私は斎場に戻り、葬具の確認。

 祭壇に飾られた洋花、そして蝋燭や焼香を、先輩に習いながら手入れする。

 ふと、棺桶に目を向けた。


 何だかソワソワする。

 嫌な感じ、というか、落ち着かない感じ。

 幽霊なんて信じてはいないけど。


 棺桶の窓が開いていることに気付いた。

 閉じてあげるべきだろうかと思い、私は棺桶に近付いた。


 中で寝ているのは男性だった。死因は老衰なのだろう。穏やかな顔をしていた。


「ちょっと」


 先輩に手を引かれ、私は棺桶から離れた。


「じろじろ見ないの。じきにご遺族も来るんだから」


 先輩の言う通りだった。

 私達が手入れを終えないうちから、ご遺族が斎場にいらっしゃった。

 中年のご夫婦と、女性のご老人。


 ご老人は、杖をつきながら棺桶に近付いた。背中を丸めて、嗚咽をもらしながら小さい声で呟いた。


「私も、連れて行ってくれないかしら。あなたがいないと寂しいわ」


 デジャヴを感じた。


 私の、一番最初の記憶。


 百合に囲まれた私。

 窓がある木箱。

 涙をこぼす女性。


『私も、すぐそっちに行きますからね』


 そうか。

 あれは、私の最初の記憶ではなくて。


 前世の最後の記憶だったのか。


 ――――――


『箱の記憶』

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