理想の箱、お作りします

雨蛙/あまかわず

理想の箱、お作りします

私はしがない箱職人。お客が望む箱なら何でも作る。


今日もまた、お客がやってきた。


本日のお客は小太りの貴婦人だ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」


「誰もが見とれる美しい箱を作ってもらいたいんですの。高貴でキラキラしたものがあればうれしいですわ」


「かしこまりました。製作には少々時間がかかりますので一週間後にまたお越しください」


「わかりましたわ。それではまた、期待していますわよ」


貴婦人は鼻歌を歌いながら店を出て行った。


さて、まずは素材調達だ。自分でとりに行くこともあるが、危険を冒したくないため基本的にはお店で購入している。


「いらっしゃい!旦那、今日はいいものそろってやすぜ!」


素材選びで妥協することはお客のためにも自分のプライドのためにも許さない。じっくり品定めさせてもらう。


次々と見ていく中、とある商品の前で足を止める。


「そいつは農夫の娘です。じっくり見てみやすか?」


商人は牢の鍵を開けてくれた。


「いや…来ないで…」


足先から腰回り、手、顔、声、髪の毛まで隅々まで調べる。


華奢だがある程度の筋肉はついていて健康的だ。手触りもなめらかで目立つ傷もない。


欠点としては顔がいまいちだ。そばかすが目立つし髪が茶髪でくせっ毛だ。声も泣きすぎのせいかかすかすだ。


「こいつをもらいたいが、ほかの商品も見たい。顔が整っているやつはあるか?」


「そうですねぇ…こちらなんかどうでしょう。こちらは貴族の娘です。顔だけは申し分ないと思いやす」


次の商品の牢の鍵を開けた。


「なによあんた。こんなことしてただじゃすまないわよ」


顔をよく見るために手を伸ばす。すると、商品が私の手に噛みついてきた。


「貴様!商品の分際で大事なお客さんを傷つけるとはどういうことだ!」


商人が鞭で叩きつけた。


「すいやせん旦那、しつけがなってなくて」


「いえ、お気になさらず」


気を取り直して商品をじっくり見させてもらう。


しつけのためか体に鞭の痕がいくつも残っている。だが顔立ちはしっかりしていて手入れも行き届いている。


髪は長く、美しい金色で艶がある。暴言は目立つが声自体は透き通っていて悪くない。


「よし、こいつももらおうか」


「ありがとうごぜぇやす!無礼を働いてしまったので安くしときやすよ」


持ってきたケースを商人に渡す。商人がお札を数えている間、暇つぶしにほかの商品を見て回る。


薄暗い店の中に、青く光り輝くものがあった。


近づいてみると、そいつは肌は白く、まるでサファイアのような目をしている。この辺りでは見ないものだ。


「おっ、お目が高いですねぇ。そいつは外国の娘でごぜぇやす。なかなかレアものなので少々値は張りやすがどうでしょう」


「そうだな、こいつもいただこうか」


「へへっ、ありがとうごぜぇやす!」


眼だけのためにこの値段は高いが、気に入ったものを手放すわけにはいかない。


追加の料金を払い、店を出る。


次は箱作りだ。素材をそれぞれの作業台に乗せ、動かないように固定する。


「ちょっと!何するのよ離しなさい!」


「うぅ…家に帰りたい…」


おとなしくするために注射をする。暴れてもらってはいい箱を作ることができない。


眠りについたらいよいよ本番だ。


農夫の娘の頭を取り除き、貴族の娘の頭をつける。神経、血管一つ一つきれいにつなぎ合わせる。


表面のつなぎ目も目立たぬように縫い合わせる。


そして眼球を取り除き、外国の娘からサファイアのような目を取り、移植する。


すべてにおいてミスは許されない。まるでその姿で生まれてきたかのように作らなければこの箱を作っている意味がない。


これで箱の準備は完了だ。


そして約束の日、貴婦人がやってきた。


「わたくしの箱は完成しましたかしら?」


「ええ、ご要望のものをご用意させていただきました。こちらでございます」


貴婦人に出来上がった箱を見せる。


「素晴らしいですわ。まさに理想の私」


「それではこれよりあなたを箱に入れる作業を始めます。よろしいですか?」


「ええ、新しい私に生まれ変わるのが待ち遠しいですわ」


貴婦人は私の指示通りに作業台の上に横になる。


「それでは始めます。夢から覚めた時、それは現実となっているでしょう」


私は貴婦人に麻酔を打つ。貴婦人は一瞬にして眠りについた。


これで最後の仕事だ。貴婦人から脳を取り出し、箱の中に入れる。


あとは目覚めるのを待つだけだ。


作業が終わって数日後、貴婦人は目を覚ました。


「おはようございます。気分はどうですか?」


「ああ、もう終わりましたの?」


「はい、まずは体が動くのか確認をお願いします」


貴婦人は手を顔の前にもっていき、握ったり開いたりした。そしてベッドから起き上がり、ゆっくり歩いてみた。


「問題なさそうですね。それではこちらが今のあなたの姿になります」


姿見を貴婦人の前に持ってくる。貴婦人は姿見に近づき、つま先から頭のてっぺんまでまじまじと眺める。


「これが…私…?素晴らしいですわ!本当にこんなことができてしまうなんて!」


「喜んでもらえてなによりです。それではお支払いのほうよろしくお願いします」


「ええ、こんな大金をはたいてよかったですわ」


「ありがとうございます。またのご利用お待ちしております」


代金を受け取った後、新しい箱に身を包んだ貴婦人を見送り、一息つく。私の作品がまた一つ世に出回った。


さて、次作る箱はどんな箱だろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

理想の箱、お作りします 雨蛙/あまかわず @amakawazu1182

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ