おばあちゃんの大事な箱

仁志隆生

おばあちゃんの大事な箱

 おばあちゃんが大事にしている箱。

 何が入っているのか聞いたら、「大事なものよ」としか言わない。

 見せてといっても「ごめんね」と。

 気になったけど、見ちゃだめなんだなって思った。



 おばあちゃんと出逢ったのは、この前。

 あたしを見て親を亡くした子だと思ったみたい。

 違うよと言ったら「ごめんね、一人でいたから」と言った。


 ……あたしはずっと一人だよ。

 とは言わなかった。



 近くにいるんだよと言ったらよければ家に遊びにおいでと言ってくれたから、そうすることにしたんだ。


 おばあちゃん家は古くてボロボロだった。

 元の家はあれが降ってきた時に焼けちゃったって言ってた。


 食べ物あんまりないのに、おやつくれた。

 お話してると楽しかった。

 おばあちゃんは本当のおばあちゃんみたいだった。

 本当に、温かかった。

 こんな気持ち、初めてだったかも……。


 けどある日、おばあちゃんは寝込んじゃった。

 前から体が悪かったんだって。

 お医者さんに診てもらうお金も無いって。

 

 なんとかしようと思ったけど、もう無理だった。

 もっと早く気づいていたらできたのに。


 楽しくて温かかったから、のかな……?



 あたしはずっとおばあちゃんの看病をした。

 せめて、最後まで一緒にいたかった。


 

 そして……、

「お嬢ちゃん……ゴホゴホ」

 おばあちゃんが話しかけてきた。

「無理しちゃダメだよ」

「大丈夫よ。それよりお嬢ちゃん、箱を開けてくれない?」

 枕元に置いてあった大事な箱を指して言った。

「え、いいの?」

「ええ、お願い」

「……うん」

 箱をそっと開けると、そこに入っていたのは……。


 赤いスカートに白いシャツ、そしておばあちゃんとお腹が大きな女の人が写っている写真……。 


「アタシの娘だよ。ダンナは兵隊さんとして戦争に行って、そのまま……」

「娘さんは?」

「あの空襲で死んじゃったのよ」

「そうだったんだ……赤ちゃんに会いたかったよね」

「ええ。きっと女の子が生まれてくるって皆で話していてね、それでその服をこしらえたのよ」

 うん、きっとそうなってたよ。

 あれさえなければ……。


「お嬢ちゃん、その服もらってくれないかい?」

 おばあちゃんが

「え? いいの?」

「ええ。だってお嬢ちゃんの着物、ボロボロだし……」

 そうだね。この小袖、もうどのくらい着ていたか忘れちゃったし。


「……ありがと。じゃあ」

 あたしは服を着替えた。

 びっくりするくらいピッタリだった。


「ぬふふふ、どう?」

 よく見えるように立って言うと、

「ああ、よく似合ってるわ」

 おばあちゃんは目に涙を浮かべていた。


「あのね、お嬢ちゃんといると、生まれてこれなかった孫が来てくれたような気になってね、嬉しかったの」

「あたしも本当のおばあちゃんに会えたような気がしてたよ」

「そうかい、ありがとね」

「ううん、あたしがありがとうだよ」

 あたしはおばあちゃんの手を握った。

「ああ……お嬢ちゃん、元気でね」

 おばあちゃんは笑みを浮かべた後、静かに目を閉じた。


「おばあちゃん……う、う」

 あたしは泣いた。

 あんなに大きな声で泣いたの、初めてだったかもしれない。

 本当に悲しくて悲しくて、ずっと泣いていた。

 

 気がついたら近所の人が来ていて、あたしにお礼を言ってくれた。

 おばあちゃんはあたしと会うまでいつも泣いてたって。

 最後に笑って逝けたのがせめてもの救いだったかもって……。

 そう言ってもらえて、少し嬉しかった。




 あんなものがあったから、おばあちゃんが泣いた。

 ううん、おばあちゃんだけじゃなく、たくさんの人が泣いた。

 絶対に許せない。

 

 あんなもの……この世で最も愚かで醜いもの。

 戦争を生み出したものを、あたしがいつか消してやる。


 きっと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おばあちゃんの大事な箱 仁志隆生 @ryuseienbu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ