第48話 届かない祈りと、報われる事も無い事と

――元大司教side――



断頭台を前にして、今、私の心は静かな水面のような状態だ。

アレだけ執着していたメデュアナシアは、つい先日私の前で骨になった。

最早生きる気力を失ったのだ。

メデュアナシアが居ないのならこの世界にいても仕方ない……。


テリサバース女神よりも愛した、私の大事なメデュアナシア。

死体愛好等おかしな話だろうが、メデュアナシアが居たからこそ私は大司教になれた。

最も近い場所で彼女を見ていたかったから。

それが……この有様だ。

次々に飛ぶ貴族の頸が頭陀袋に入れられていく。

嗚呼、私も早くそうなりたい。

もう、この世界に未練など一切ない。


聖女を探そうとした罰が下ったのだろう。

だが、聖女を諦め切れなったのだ。

メデュアナシアを生き返らせられるかもしれないという願いと願望があったからこそ、探させたのだ。

なのに――結果はこの様だ。


隠れて過ごしたい?

聖女が?


そんな事、関係ないと思っていた。

聖女ならば我々を導く義務があるとさえ思っていた。

だが違う。

彼女は――聖女は潜んで隠れて生きていきたいと願っていたのに、それを無視したからこその今回の悲劇。

自分の蒔いた種……。


そうだとも。

テリサバース教会の腐敗は――もう随分前から進んでいた。

酒を飲み、食い散らかし、女に溺れ、神父たるや、何と言う生きざまだ。

元々貴族の次男坊、三男坊などが入りやすいというのもあった。

腐敗は進み、賭博までする馬鹿も居たのだ。

この断頭台で死ねることは、良い事だと思おう。

もし、【オリタリウス監獄】になんて入れられたら堪ったものじゃない。

断頭台で死ねるのは温情だ。

ははは、まさか自分の代でテリサバース教会の地位が真っ逆さまに落ちようとは。

私も運が無かったな……。

そう思い静かに目を閉じ、次々に頭陀袋に入って行く貴族たちを横目に、歓声の上がる声に、何もかもがどうでもいいと思っていたその時だった。



一台の真っ黒な馬車が止まり、降りて来て陛下と話をしている。

真っ黒な馬車――真っ黒な。

すると、陛下は一度処刑を止めるように言い、手を上げて国民の声を止めて私を見た。



「これより、元テリサバース教会大司教は、【オリタリウス監獄】へ囚人護送馬車で移動する。二度とこの地を歩むことは無いと心せよ!」

「なっ!!!」

「連れていけ」

「ま、待ってください! 何故私だけが!? 何故! 何故!?」

「聖職者として責任を果たせ。それが私がお前に言える最後の言葉だ」

「い、嫌だ!!! オリタリウス監獄だけは、オリタリウス監獄だけは絶対に嫌だ!!」



そう叫んでも誰も聞いてくれず、私はオリタリウス監獄からやってきた男達に連れられ囚人護送馬車に投げ入れられ、必死に「いやだああああああああああ!!」と叫んだ。

だが、それを嘲笑う民の声――私は、私はテリサバース女神に仕える大司教だというのに!

だからか?

だからなのか?

テリサバース女神に歯向かったとして……まさか……。



「おおテリサバース女神よ。これが貴方の……」



涙を流し呆然とした私は……もう神を、テリサバース女神に祈らない。

見捨てられたのだ、私はたった今。テリサバース女神に。

ならば呪おう。

ならば恨もう。

ならば悪魔となろう。

元より悪魔の様な心だ、凍てつくオリタリウス監獄で悪魔となり、何時か、何時か――。


何日も何日もそんな事を思いながら馬車は揺れ続き、ガチガチと震えるほど寒い場所にたどり着くとそこは溶けることのない氷に覆われた【オリタリウス監獄】だった。

最早生きて帰る事もない。

私が何をした。

私とて人間だ、欲があって何が悪い。

人間等よくまみれであろうに―――。



それからの日々は地獄の中にいるような日々で。

女神からの罰を受けているのだと知った時、自分の浅はかさに呆れもし、絶望もし、もう何も感じることが出来ない。

今日もまた1人死んだ。

明日はまた数名死ぬだろう。

もしかしたらそれは――私かもしれない。

息も絶え絶えに、意識が呆然とし……耳鳴りが鳴り響く。


最早立つ事も出来ず引き摺られて拷問部屋に入り拷問される日々。

治療なんてものはない。

痛みと寒さと苦しさの中、拷問が終われば一日毛布も服もないまま部屋に放り込まれて後は過ごすだけ。


それが何日続いただろうか。

流れる血は直ぐに寒さで固まり、血に染まった体を冷たいく痛みさえ感じる水をぶっかけられ、そのまま部屋に放置される。

嗚呼、行きが出来ない。

最後にメデュアナシアを思い浮かべながら死のう。

もう先は長くない……。



「めぢ……あな……しぁ」



ちゃんと名を呼ぶことも出来ない。

声は痛みで焼き切れた。

フッと目の前が暗くなり、意識を飛ばした瞬間――目の前にメデュアナシアの姿があった。

駆け寄り彼女の元へと向かおうとするが手が届かない、触れることが出来ない!

何度も名を呼び、何度も手を伸ばした。すると――。



『ずっとお父様とお母さまの所にいたかったのに』

「メデュアナシア?」

『お父様とお母様を殺すと脅して私を親から引き離したテリサバース教会なんて、無くなればいいのよ……』

「メデュアナシア何を言っているんだ?」

『お前ら全員死ねばいい……長い年月見世物小屋の猿みたいな気分だったわ。最悪な気分。でもやっとお父様とお母様の元へ行ける。ありがとう、馬鹿な事ばかりしてくれて。アンタは地獄に堕ちなさい』

「メ、」

『バイバイ』



途端地面が無くなり私は下へ下へと落ちていく……。

嗚呼、私はあんなにも愛していたメデュアナシアにそう思われていたのか。

はは、ははは。

もう出ないと思っていた涙が溢れ出て、雄叫びを上げながら私は――地獄へと堕ちた。



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