第6話 鬱になりそうな内容の歴史書の翻訳仕事。
そんなマリシアの異変もまだまだ続く頃、王都に住む歴史学者から雇われる事となり、一冊の古代書が届いた。無論防犯込みなので期間は短いが――。
「脳だけの人形とその末路……これを翻訳して欲しいと」
「ハルバルディス王国の地下にあると言う遺跡にある奴じゃな」
「その様ですね。俺も詳しく知りたいので読みながら翻訳していきましょう。しかし分厚いな、これを1カ月でか」
「大変そうか?」
「祖父に手渡された夏休みの宿題くらいの分厚さです。一ヶ月もせず終わるでしょう」
「お主の爺さんスパルタだのう」
こうして俺も仕事をスタートさせた。
この一つを終わらせるだけで二か月4人家族が食べて行けるだけの給料が貰えるのだから、流石王都の歴史学者だなと思った。
聞けばお城のお抱え歴史学者だと言うし、取り敢えず解読していく。
『――脳だけの人形の大元になったのは、『アンク・ヘブライト』と言う男性である。彼には大切な一人の妹、『ヤマ』がおり、その夫となった義理の弟、『ピリポ』とは犬猿の仲だと聞いているが、実際は二人共とても頭がよく、古代文明を発展させた名の無い英雄とも言われている。また、アンクには妻である『ニャム』がおり、とても仲睦まじい夫婦であった。あの悲劇が無ければ――。』
――あの悲劇……とは何だろう。
そう思いながら王国語に翻訳しながら進めて行くと……。
『アンクを襲った悲劇は、まず妻ニャムの交通事故であった。事故により命を落としたニャムに嘆き悲しむアンクだったが、更に悲劇が起きる……それは、妹夫婦であるヤマとピリポが殺されたのだ。それにより意志消沈アンクは政府に言われるが儘、脳をコピーする事に同意したが、その前にやりたい事があると言って、一年程姿を消していた。そして、完全に義理の弟、ピリポと実の妹ヤマに模した人形を作り上げたアンクは、彼らを国が保護するように伝え、とある施設を用意させると二人をそこに送り届けるのを見てから、脳だけの人形となった。国を大いにこれで発展させることが出来るだろうと世界はとても喜んだ。』
「……当時のアンクを取り巻く環境は最悪だな……」
「その様じゃな……」
『脳だけの人形となったアンクには強いストレスで動かなくなることが増えた。そこでアンクが作った人形二人がいる場所に、アンクのストレス発散場所を作るとやっと動くようになった。アンクの脳をコピーするには巨大な施設が必要で、科学者たちは必死なって作り上げ、出来上がった脳だけの人形が完成すると、人間のアンクから脳を抜き取り、保存したのである』
――この時、まだアンクは人として生きていたんじゃないのか?
それなのに、脳を抜き取ったと言うのだろうか。
当時の科学者たちの基地外っぷりに驚きつつ、それはメテオも同じだった。
『脳だけの人形【アンク】は実に素晴らしい人形であった。世界情勢をいち早く知る事ができ、前もってどうすればいいか幾つもの案を出して世界は暫し戦争のない平和な世界が続いたとされている。戦争が無いのが当たり前となるのに時は要したが、メンテナンスを徹底的にしてアンクの脳を世界が大事にした。保存されている脳も大事に扱われたが、とある国が視察に来た際、その保存されている脳と脳だけの人形は爆発に巻き込まれ、多大なる損失が出た。直ぐに脳だけの人形は形だけでも何とか保つことは出来たが、最早普通に動く事は無く、世界が混乱の渦に落ちそうになった時――妹であるヤマとピリポから連絡があり、アンク脳だけの人形だった兄を人形として生まれ変わらせている事を聞かされ、世界政府は人形を奪おうとしたが、施設からなら力を貸すと言うアンクの言葉と――トップシークレットであった、ニャムを政府が殺した事、ヤマとピリポを殺したことが露見した政府は、言う事を聞くしかなった。しかし――』
更にまだあるのか?
世界政府がどんなの者かは分からないが……トップ機関の事だろうか。
その事も記入していく。
『政府は、古くなった脳だけの人形に不安を持っていて、新しい従順な脳を作っていた。そちらはアンクの脳をコピーした劣化品であったが、脳だけの人形のサポート的に動けるようにしていたのだ。しかし、その脳だけのサポート人形はウイルスが入り込みバグを起こした。世界に政府が隠したい情報を自動配信し始めたのだ。なんとか止めようとしたが、巧妙に作られたウイルスを消すことは出来ず、そのウイルスを作ったのが天才人形である世界が保有する人形の最高傑作であり、逃げ出した人形の内の1体、『デュオ』であったことから、彼がワクチンを持っているとして何とかしようとしたが、時すでに遅く、脳だけの劣化品のコピーは機能停止してしまう。これにより世界は更に混乱へと向かっていくのだ――』
――天才人形? これにも本来の人間がいたんじゃないのか?
しかもどこかに逃げている?
逃げ出した人形の内の1体って事は他にも逃げた人形がいるのか?
『しかも、間が悪い事に【人類最大殺人鬼アニマ】と呼ばれる人形が政府の施設から逃げたばかりでもあった。アニマは多大なる人気を世界中に持ち、持ち合わせたカリスマであっという間に政府と他の人間との間に溝を作った。デュオにウイルスを作るように仕向けたのも彼だと言われているが、脳を破壊した国とは別だと言う。そんな脳だけの人形が人形に戻り、世界はアニマの言葉を盲目的に聞き、混乱の渦に巻き込まれる中――政府は更に1体の人形を世に放った。
口うるさい人間達を黙らせる為の愚策であったが、【アルマ】と名付けらえた女性人形により大量殺人が行われた。政府はこれで一旦は煩い人間達を黙らせることが出来ると喜んでいたのだが――このアルマがとある国で倒れ、脳に埋め込まれていたチップが取り外された事により、消息不明となってしまう。その後、経緯は分からないが、人形でありながら人形師である世界で最も古い人形と、ピリポが管理する施設に保護されたことは、驚き以外の何ものでもなった』
世界情勢に緊張が走っている中、信用に値しない政府よりアニマの方が信用できると言う心理は分かる。だがその国民や一般人を殺すために更に人形を使うなんて……一体この時代に何が起きたと言うんだ?
『問題は、アルマとアニマは人形と人間の試作品でもあったと言う事だ。つまり、生殖機能が備わっていた。一部では従順であったアニマが暴走した経緯は、培養液に浸かるアルマを見たからでは無いかと言われているが真相は定かではない。これ以上アニマやアルマを作るのは危険だと判断した政府は人工培養で育てていた人形を処分し、これ以上危険が出ないようにした。』
――人工培養……古代辞書を引くと人工的に培養し人間を増やしていたとされており、長い期間それは続いていた事も記されている。
その延長で人形と人間を掛け合わせた実験が行われていたと言う事だろうか。
だとしたら生きていた可能性がある彼らを政府は殺したと言う事だろう……。
「政府は命をとても軽く見ていたんですね……」
「読んでいて気分が悪くなるのう」
「流石にこれ以上は気分が悪いです。今日は此処までにしましょう」
「それがええ……古代文明は随分とトップの輩らが色々やらかしていたのじゃな」
「その様ですね。でもこの分だと朝に翻訳の仕事をすれば、午後は違う事が出来そうです」
「うむ、大分進んだのう」
「これは俺もコピーさせて貰いましょう。それでも時間は余ります」
そうして本の内容を更に違うノートに記して自分用に作り上げると、そろそろお昼の準備をしなくてはならない時間になった。
それに、違う仕事が入っているかもしれない。
箱庭から出てリビングに向かうと、そこに置いた魔道具に手紙が来ていることを妖精さんが教えてくれた。
昼ご飯を食べる前に確認すると、一つは義父となるファーボさんからで、日記のような手紙が届いていたので後にする。
もう一つは、個人で使っている人形のメンテナンス……『魔力詰まり』がないかと『魔素の流れを治して欲しい』と言う依頼で、こちらも金額が高かった。
流石人形師の仕事である。
「えーっと、カマンさんのお宅にいる人形ですね。カマンさん……独身の方ですね」
「つまり、人形もそっち向けか?」
「恐らくは」
「まぁ、大事にされてるなら文句はあるまい。魔素の残量も調べてくるといいじゃろう」
「そうですね、今日の昼15時に来て欲しいと言う事なので、食事を食べ終わったら行ってきます」
「うむ、妖精たちには家の掃除と洗濯を頼んでおこうかのう」
「メテオ、俺がいない間総括を頼みます」
そう言うと簡単に昼の用意を済ませ、明日ミルキィの人形を取りに来ると言う家二つの事もある為、俺は明日は二人の人形を目覚めさせないといけない。
大変ではあるが、何とかなるだろう。
「ミルキィ、マリシア、昼ご飯だぞ」
「今行く~」
「残り一行書いたら行くわ~!」
「急いでくださいね」
そう言って自分の家に戻ると、数分で二人は俺の家に入ってきて昼食となった。
午後の仕事を伝えると二人は着いてくると言ったので了承し、午後は3人で移動と言うことになった。
食器洗いを妖精さん達に頼み、手早く用意を済ませて三人で歩いて向かう。
「こういう時、町に移動用の家が欲しくなりますね」
「うちの実家登録する?」
「小屋で良いので庭に立てさせて貰えれば嬉しいですね」
「お父様に相談するわ」
「お願いします」
「箱庭師はそれがあるから便利だよなぁ」
「そうですね」
「新居用とか言われて家を貰っても困りますが」
「うーん、それは否定できないわ」
「ですよね」
思わずファーボさんが「新居だ新居だ!」と騒ぐ姿が想像できて苦笑いが出てしまう。
それでも早めに出てきた事もあり、ミルキィの実家に寄ってファーボさんに町へ降りる為に庭に小屋を建てていいかと聞くと、「新居を買おう!」と言い出した為、何度か断りを入れたが聞き入れない。
「ワシもね、君たちに様子を見て欲しい人形がいるんだよ。この町に家を持っていれば早いだろう? 直ぐに用意しよう。一軒家でいいかな?」
「ええ、もうお父様がそうしたいならすると良いわ。でも余り私達お金出せないわよ?」
「ワシの持っている家が幾つかあるからそれを財産分与で渡そう」
「それならいいかしら?」
「そうですね」
「帰りに寄りなさい。掃除をして貰って鍵を渡すから」
「「ありがとう御座います」」
こうして一応町と俺の家との通路は出来そうだ。
この距離を歩くのは毎回いい運動にはなるけど雨の日とか大変なんですよね。
気候の良い町ではるけれど、春の嵐はやはり凄いのです。
数日家から出られない事もある為、春の嵐が来る前は保存食作りが主になる。
それも少し改善しそうでホッとする。
その後指定された一軒家に到着し、呼び鈴を鳴らすと一人の40代の男性が出て来た。
どうやら依頼主のカマンさんのようだ。
「ああ、待ってたよ。最近ファビリアの調子が悪くてね……見て貰えるかい?」
「失礼します」
「ファビー、ファビー! 君のメンテに来てくれたよ」
「うれしいわ。たすかります」
どうやら声を付けているようだ。
そっち系の人形に声を付けているなんて珍しいと思いつつ、早速メンテナンスを開始する。
背中に宝石を入れる場所があり、そこが心臓部なのだが、そこに手を当て魔素の詰まりが無いかを確認……いくつかの魔素詰まりがあったのでそれを流し、更に魔素の循環を良くさせて行くと「ああ……くるしかったのが楽になる」と呟くファビリア。
魔素の残量は……後5年程だろうか。
「診察の結果ですが、魔素詰まりが5つあったので取り除いています。後は魔素循環が悪くなっていたのでそちらも治しています。魔素の残量は……後5年程です」
「そうか……ファビーとは後5年しかいられないのか……。なぁ人形師さん。ファビーを俺は深く愛しているんだ。特注で作らせた人形だし、魔素が無くなってもまた心臓の核を入れ替えればファビーを使えるんだろうか?」
そうカマンさんが聞くと、ミルキィは少し困った顔で「それは……」と口にして言葉を発する。
「使えはするわ。でも記憶は保てないの」
「記憶が保てないのか……」
「俺の場合、記憶を保てるのは6割って所ですね。完全に記憶を持ってと言うのは賭けになりますが」
「おお、それでもいい。えーっとトーマ君だったかな? ファビーの寿命が尽きたらお願いしていいかい?」
「ええ。その場合俺は宝石を使わないやり方なので、一旦連れ帰る事にますが」
「構わないよ」
「分かりました。その時はお引き受けします」
――こうしてモグリの人形師としての仕事を終え、ファーボさんのいる家に戻ると……。
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